離れ離れの夜
ルーカスが道端で石と化している頃、レティンシアは勇者2人に挟まれて城の一角に連れ込まれていた。
「この棟は俺達が自由に使っていいんだ。君にも部屋をあげるからその部屋は自由に使っていいよ。但し、部屋の外に出るのは禁止。いいね?」
「……」
黙って俯いているレティンシアの手を引いて、1つの部屋の前に立つと扉を開けて中に入る。
部屋の中には既に侍女達が控えていた。
「こいつの面倒見ろ。ちゃんと着飾らせろよ」
「あとで逢いにくるから、待っててね」
口々に言ってレティンシアを部屋に置いて2人は出て行った。
居なくなった事にほっとしながらも、あとで来るという言葉を思い出して大きな溜息を吐いた。
「お嬢様、勇者様方のご命令です。湯浴みの準備を整えておりますのでこちらにいらしてください」
有無を言わせぬ丁寧な口調で、浴室へと連れて行く。浴室前の部屋で侍女たちが着ている服に手を掛けた。
「自分で脱げますし、お風呂にも自分で入れます」
服を押さえながら拒否する。冗談ではない。こんなに人がたくさんいる場所で脱ぎたくない。
「申し訳ございませんが勇者様のご命令です。命令に反すればわたくし達が罰せられるのです」
部屋の隅に追い詰められて服を剥ぎ取られたが、指輪やイヤーカフに触れられた時その手を振り払った。
「触らないで!これは…両親の形見なの」
「入浴の際には外されたほうがよろしいかと思います」
「大事な物なの。誰にも触られたくない。あと服も返して。お母様が仕立ててくださった大切な服なの」
「洗濯してお返しいたします」
「必要ない。そのまま返して」
絶対に引かないという態度で服を返せと訴えると溜息をついて、きれいに畳んで返してくれた。
隅に置かれているカバンに服を入れて、自分以外が見た時には服が見えるようにアイテムボックスを設定する。指輪やネックレスなどの装飾品(魔法具)もカバンに入れると、もういいだろうと浴室に追い立てられた。中に入ると浴槽にはお湯が溜められていた。
浴槽に身体を沈めると、すぐに侍女たちが群がって腕や足を擦られて磨かれていく。他人に身体を触られるのは嫌だが、あまり逆らうのも拙いだろうと大人しくされるがままになる。髪も丁寧に洗われる。
ようやく浴槽から上がる許可が出て浴槽の外に出るとそのままタオルを持った侍女に囲まれて髪や体を拭かれて、香油を擦り込まれた。香油を擦り込み終わると下着を渡されたので身につける。その後は再び侍女たち総出でコルセットやドレスを着付けられる。ドレスを着た後は髪を結いあげられて、化粧を施される。ネックレスやイヤリングなどの装飾品で飾り立てられた頃には、レティンシアは心底疲れましたという顔で椅子に座らされていた。
侍女たちは、美しいだとか可憐だとかいろいろと褒めてくれるが、そんなことより休ませて欲しい。
第一どんなに着飾っても見てもらいたいと思う人はここにいないのだから。
ぼんやりしているとノックもなく扉が開かれて2人の勇者が入ってきた。
ドレスを着て髪を複雑に結いあげられ、高価な装飾品を身に付けて薄らと化粧を施されたレティンシアは、浮かべている表情がどんなに疲れきっていても、とても儚げで可憐で美しかった。
勇者2人も予想以上の出来栄えに言葉が無いらしく、顔を赤くしている。
「きれいだ。すごく似合ってる」
「想像以上だよ。とても可憐だね」
勇者2人の賛辞に喜ぶでもなく俯いていると、膝の上に置かれていた華奢な手を左右から勇者達が手に取って膝を着く。
「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。なにがあっても俺が君を守る」
「僕はこの世界の勇者だ。何も心配しなくていいよ。必ず幸せにしてあげる」
熱っぽい視線を向けて甘い言葉を囁くがレティンシアが笑みをみせることはなく、ただ俯いていた。
結局今日はいろいろあって疲れてるだろうかゆっくり休むように、明日また来ると言って2人は部屋を出て行った。
一言も言葉を発する事も無く黙りこくっていたが侍女たちに休む為に着替えるように促されて立ち上がる。装飾品を外してもらい化粧を落とし髪も解いてもらう。ドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、シルクのネグリジェに着替えるとベッドに押し込められた。
「おやすみなさいませ」
侍女たちは一列に並んで頭を下げると部屋を出て行った。
しばらく寝たふりをして、誰も部屋に入ってこないのを確認すると急いでクローゼット中に入れてあったカバンから通信用の指輪とイヤーカフを取り出して身に着けてベッドに戻ると、頭まで布団を被って隠れてから指輪に魔力を送り『呼び出し』と囁いた。
「『レティ!無事か!?』」
繋がったと思った瞬間、ひどく焦った声のルーカスが聞こえた。
「大丈夫だよ」
ほんの少し離れていただけなのにルーカスと話が出来る事に安堵した。
「『本当?何もされなかった?身体にも触られてない?』」
「うん。手を握られたぐらいだよ。あとはドレスとか着せられただけ」
「『ドレス!?アイツらにか!!』」
「違うよ。お城の侍女の人達にお風呂に入れられてドレスを着せられたの」
「『そうか、女の人にか……よかった。逃げられそうか?』」
「明日探してみる。今は部屋に鍵が掛けられてて外に出れないの」
「『そうか…、気を付けろよ。アイツらになにかされそうになったら急所を蹴って逃げろ』」
「変質者に会った時の急所でいいの?」
「『そうだ。遠慮はいらない。思いっきり、手加減も必要ないからな』」
「うん。わかった」
「『俺は師匠達の情報を集める。レティは無理に動かなくていい。怪しまれると拙い。いいな』」
「うん。ごめんね」
「『気にしなくていい。まずは自分の身の安全を優先させるんだ』」
「うん」
「『無理はしなくていいけど、出来れば1日1回は連絡をくれ』」
「うん」
「『長くなった。また明日連絡待ってる。おやすみ、レティ』」
「おやすみなさい」
魔力を送るのを止めて通信を切る。途端に心細くなる。ルーカスがいない事がこんなにも寂しい。
「会いたいよ」
ポツリと零れた言葉は闇の中に消えた。
ありがとうございました。