王城へ
第1段階はクリアだな。
うまいこと街に入り込む事はできた。次は師匠達を探さないとな。
聞ける相手はギルド支部ならギルド長のマクレーンさんか受付のネイダさん、あとは武器屋の親仁さんと奥さん、踊るシルフ亭のおかみさんかご主人。あとは魔法薬屋のおばあちゃんぐらいか。
でも下手に接触すれば俺が生きている事が奴らにバレる。今それは避けるべきだ。
まずはこっそり様子を窺ってみるか。ここからなら踊るシルフ亭から行ってみるか。
「まずは師匠と先生の情報を集めよう。今から行く宿屋で隻椀の男を見なかったか聞いてみてくれ」
「うん」
道を歩きながら小声で段取りの確認をする。そして宿の近くまで来た時焦げくさい匂いが漂ってきた。
「なんだよ、これ………」
燃え残った残骸が転がるそこは間違いなく踊るシルフ亭があったはずの場所だ。火事でも起きたのか?じゃあ、おかみさんとご主人は?無事なのか?
「ルカ、ここにあった宿屋は20日ぐらい前に火事で燃えてしまったみたい。宿屋のおかみさんとご主人は行方不明だけど、身元の分からなかった遺体が2つ燃え跡から見つかってるから恐らくそれだろうって」
死んだ?おかみさんとご主人が?嘘だ!なんで!?
「ルカ、ルカ!」
小声でそれでも鋭く呼ばれて、声の主を見ると険しい表情で俺を見返してくる。
「まだ、あるの。あとルカの言っていた薬屋のお婆さんのお店も15日ぐらい前に強盗に入られて、おばあさんが殺されたって。強盗はもう掴まって処刑されたみたい」
嫌な予感がした。2件とも俺や師匠、先生が親しくしていた店だ。残っているのは…
「南門の武器屋は?」
「30日ぐらい前に魔法の暴発に巻き込まれて、お店ごと消し飛んだと私が聞いた人は言ってた」
俺の所為なのか?連絡の取れなくなった師匠と先生、そして死んだ人たちは全員俺と親しかった人たちだ。
俺の存在を無かった事にするために、俺と親しかった人達を殺した?
まさか、噂の勇者は俺の世界の人間で俺の事を知っている奴ら、もしくは知っている可能性がある奴らだったっていうのか?だから間違えて召喚した俺の事も殺そうとした。俺が存在していたこと自体を隠すために。やっと召喚できた勇者に余計な事を吹き込まれないように。
あと確認していないのはギルド支部の2人だけ。でもギルド支部に行けばバレる可能性は高い。
ギルドカードの提示を求められたらアウトだ。
「ルカ、どうする?ギルド支部に行ってみる?」
「…………いや、ギルド支部に行くとバレる可能性がある。まずは俺の知ってる2人が今いるか確認しよう」
ギルド支部に向かうと、建物の修理をしているところだった。
建物から出てきた冒険者にレティンシアが声を掛けている。少し話していたがお辞儀をしてパタパタと帰って来た。
「なんだって?」
「………謎の武装集団の襲撃があって、その時壊れた場所を修復してるんだって。ただ、その襲撃の時に…」
「マクレーンギルド長と冒険者ギルド受付のネイダさんが死んだ?」
レティンシアの頭が縦に揺れる。
間違いなく俺の事を隠すためだな。そんなに間違えて召喚された俺の存在が目障りだったのか?
存在したことすら消し去りたい程に。
「ルカ…」
気遣わしげに俺を見上げてくるレティンシアの頭を軽く撫でる。
「街を歩いて情報を集めてみよう」
「……うん」
スラム街まで探してみたが、師匠と先生の情報を掴む事は出来なかった。
隣で肩を落としているレティンシアの肩を叩く。
「今日探し始めたばかりだ」
「……うん。」
手の中にするりと滑り込んできた華奢な手を握って歩いていると、街の人達が同じ方向に歩いていくことに気付いた。
「なにかあるのかな?」
足早にどこかに向かう街の人たちの後を追っていくと、南門から王城に向かう道に沿って並んでいく。国王とか王女だとかでも通るのだろうか?
門の方に視線を向けるとそこには見知った顔があった。
(あれは、勘場と二宮、あいつらが勇者なのか?)
2人の後ろには兵士が付き従っている。勇者に護衛って必要なのか?
それとも訓練か何かの為に付いているのだろうか?
俺がそんな事を考えている時、レティンシアが勇者を見る為に手を離して前に身を乗り出していた。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げてレティンシアの体が前に倒れる。伸ばした手は間に合わず、勇者達の道を塞ぐようにして道に倒れこんでしまった。
動きかけたが、万が一顔を見られたら確実にバレる。その一瞬の葛藤で俺はレティンシアを助け起こすのに間に合わなかった。
転んだ時にフードが落ちて、淡いピンクの髪(念の為、更に髪の色を変えておいた)が見えている。
「大丈夫か?」
勘場がレティンシアに手を差し伸べると、戸惑ったようだがその手を借りて立ち上がる。怪我はないようだ。
「申し訳ありません。ありがとうございました」
俯きがちにお礼を言って後ろに下がろうとしたが、そんなレティンシアの腕を捕まえて顎をクイっと持ちあげる。
「君、かわいいね。もしかして俺の気を引きたくてわざと転んだのかな?」
「ち、違います。誰かに押されてしまって、お邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした」
勘場が身をよじって逃げようとするレティンシアの腰に手を添えて強引に抱き寄せる。
「ふ~ん。でも俺が君のこと気に入ったんだよね」
「光一、離してあげなよ。」
「なんだよ正輝、この子も恥ずかしがってるだけだ。じゃないとあのタイミングで、飛び出してくるかよ」
「僕と光一は横並びで歩いてたんだから、僕目当ての可能性だってある」
どっちの可能性もない。いい加減にレティンシアの腕を離しやがれ。
胸の中にどす黒い感情が広がる。
(触れるな。汚い手で俺のレティに触るな!)
飛び出そうとした時、レティンシアの目が合った。
その瞳が出てきては駄目だと訴えてくる。
「お邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。お手を離していただけないでしょうか?」
穏便に開放してもらおうとしているレティンシアを2人が嗤う。
「さっきもいったろ?俺が気に入ったの」
「僕も君の事気に入ったんだよね。だから離してはあげられない」
困惑した表情で見返してくるレティンシアを両側から捕まえると、引き摺るように連れて行く。
「待ってください。どこへ…」
勘場が厭らしい目でレティンシアを見る。
「どこって城に決まってるだろ。勇者の俺が気に入ったんだから」
「そうそう。勇者の僕達に気に入られるって光栄でしょ?」
後ろの兵士達も街の人たちも何も言わない。
レティンシアが髪を掛けながら、さりげなくイヤーカフに触れる。
歯を食いしばって、レティンシアに見えるように指輪に触れる。
微かに頷いて、勘場と二宮と一緒に城に向かって歩いていく。
城にはどうにかして忍び込む予定だった。師匠達が掴まってるとしたら一番可能性が高いのは城だ。街で情報が得られない場合、最悪な場合は城も調べるつもりだった。
レティンシアは師匠達の事について調べるつもりなのだろう。
でも、あいつらのレティンシアを見る目は『女』として見ている目だった。何もされなければいいが…。
勇者達と騎士の姿が見えなくなると街の人たちが家に戻る為に動き出した。
「可哀そうに。あの娘も勇者達の餌食か…」
「本当に、見境のない勇者だな。若い娘達をとっかえひっかえ食い荒らしあがって」
「散々弄んで捨てる。あいつらの所為で何人の娘達が…」
「あんなのでも『太陽の勇者』様だ。逆らえば殺される。諦めるしかない」
ぼそぼそと話がながら帰っていく会話を聞きながら、俺は後悔した。
あいつらがレティンシアに触れる。まだ誰にも触れられた事がないであろう場所にアイツらが触れる。
耐えられる訳ないだろ!!俺だって触ってないのにアイツらが触るなんて許せるか!!
追いかけかけて、ふと今思っていた事を思い返す。『俺だって触ってない』って触りたいって言ってるようなものだろ俺!?いや、もちろんレティンシアが嫌がれば無理やり触ったりしない。じゃあ嫌がらなければ?俺が触れるのにレティンシアが嫌がらなかったら俺は触るのか!?触りたいのか!?
自分の思考に愕然としてしまい、俺は日が落ちるまでそこで固まっていた。
読んでいただきありがとうございました。