召還魔法と送還魔法
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レティンシアを旅に連れて行く事は決まった。でも旅をするってどこに向かうかが問題だ。
「レティ、召喚魔法と送還魔法について話す事はできないんだよな。」
「ごめんなさい。」
どうしてもこの事についてだけは教えてもらえない。生贄が大量に必要だというなら仕方ないとは思う。
でもどうしても諦められない。
「理由だけでも駄目なのか?召喚魔法を創ったきっかけとか何かあったんだろう?」
レティンシアは貝のごとく唇を引き結んで答えようとはしない。
「レティンシア、一つ聞きたいんだが召喚と送還この魔法は国の中でどれぐらいの人が知っていたんだい?」
先生の問いにレティンシアが首を傾げる。レティンシアの国でどれだけの人が知っていたかなんて、その国が滅びた今関係ないと思うのだが。
「………魔法陣を知っていたのは1人だけです。魔法の存在は王家の血に連なる者しか知りません。」
「その1人は国王かな。そして魔法の存在を知っているレティンシアは王家に連なる者ということだね。」
レティンシアは魔法の存在は知ってはいても魔法陣は知らなかったのか。そうなると召喚魔法を漏らしたのは国王って事になる。
「レティンシア、これは私の想像だが創りたかったのは送還魔法で、召喚魔法は副産物ではないのかい?」
「………どうしてですか?」
「召喚することが目的なら送還魔法は必要ないだろう。」
目からウロコが落ちた。召喚することが目的なのだから送還魔法はいらない。確かにそうだ。折角召喚したのに帰してどうする。
しばしの沈黙後、大きな溜息がレティンシアの口から零れた。
「私は召喚、送還どちらも魔法陣は知りません。」
「魔法陣は知らない。では他のことは何か知ってるということだね。」
「っ!…知りません。」
「どうして創ったのか理由だけでいいんだ。教えてくれないか?」
迷うように瞳が揺れる。
「絶対に他言はしないと約束する。もちろんルカもアンドリューも他言したりしない。信じてくれないか?」
「………………………理由しか話せません。」
長い沈黙の末にレティンシアが折れた。
「ありがとう、レティンシア。」
瞳を閉じるとレティンシアがゆっくりと語り始めた。
「昔、私たちの国に見知らぬ人、タロウが突然現れたそうです。」
危なかった、飲み物飲んでたら吹き出してた。タロウって絶対に日本人だろ!?
「言葉が全く通じなくて、私達の使っている言葉を教えてやっと意思の疎通が出来るようになったそうです。言葉を交わせるようになって、どこから来たのかと聞くとタロウは『別の世界から来た。元の世界に戻る為に協力してもらえないか。』と言ったそうです。街を治めていた領主は話を聞いて故郷の世界へ帰れるように協力する事を約束しました。そしてタロウを元に世界に帰すために送還魔法を創り出しました。ギャレット先生のおっしゃる通り、その過程で転移魔法と召還魔法が創られたそうです。」
レティンシアの膝の上でギュッと手を握りしめた。大きく息を吸って口を開く。
「時間は掛かりましたがやっと送還魔法が完成して、タロウを元の世界に帰す日が来ました。その場には沢山の人が見送りに来ていたそうです。送還魔法を使う為に限界まで魔力を込めた沢山の魔包石を準備して望んだ送還魔法は初めて発動させたものでしたが、タロウの世界への門を開き道を繋いで、無事にタロウを元の世界へと帰すことができました。でも、道を消し門を閉めた直後、その場にいた人たちの殆どが死んでしまいました。助かったのは子供と若者だけで、生き残った者が王都へ救援を要請してすぐに王都から救援が向かったそうですが、早くて次の日、長くて10日後には街の者たちはみんな死んでしまいました。みんな眠るように死んでいったそうです。死因は分かりませんでした。ただ、用意してあった魔包石や住人全員の魔力が全て無くなっていたそうです。それから送還・召還の魔法は禁忌とされました。私の国が使用したのは、それが最初で最後です。」
誰も何も言えなかった。純粋にただ困っていたから、元の世界に帰りたいと言われたから魔法を創りだして送り帰した。でもその代償は街の住人全員の命だなんてあんまりだろう。
「レティが俺に理由を言わなかったのは、創ったきっかけが異世界人だったからか?」
「・・・・・・・。」
視線を落として何も言わないが、きっとそうなのだろう。
召喚魔法は迷い込んだ異世界人を帰す送還魔法を創る過程で偶然出来た魔法。送還魔法は異世界人を元の世界に帰してやったら街の住人は全員死亡しました、なんてお前らの所為で召喚されたんだって言ってる奴に言えないよな。
「レティンシア、その時どのぐらいの人が亡くなったのか知ってるかい?」
「…218人です。」
「召喚魔法と送還魔法どちらの方が魔力を必要とするんだ?」
「送還魔法です。召喚魔法は送還魔法の1/4の魔力で発動できると思います。」
師匠と先生が険しい表情を浮かべている。
「多いな。」
ぽつりと呟いたのは師匠だった。なにが多いんだろう?
「ルカが召喚される前、国が生贄を集めているという噂があった。その中に生贄は1000人いるという話を聞いた事がある。おかしいだろう。レティンシアの話が事実なら60人、自分達の身の安全を考えて100人もいれば十分だろう。それを10倍の1000人も集めるなんて多すぎる。」
全員の視線がレティンシアの向けられる。その視線を受けて溜息を零しながら口を開いた。
「魔力量の問題もあると思います。大陸で行われた召喚では魔力量が少ない者、もしくは持っていない者も含まれているのかもしれません。1人1人の魔力量が少なくても、人数が多ければ補う事はできます。それか、異世界の門を開くのに別の何かが必要でその為に集めているのかもしれません。」
別の何か、即死しなかった人もいるなら寿命とかだろうか?送還魔法は召喚魔法の4倍の魔力が必要。だとすると送還魔法には4000人分の魔力と命が必要と言う事になる。正直他人の命を犠牲にしてまで帰りたいかと聞かれると、ものすごく後味悪いし後悔しそうだから嫌だ。
「俺は沢山の人の命を奪って元の世界に帰るのは嫌だ。異世界の門を開くのにどうしても命が必要だというのなら俺は…。」
脳裏に両親の顔が浮かんで『諦める。』という言葉が喉に引っ掛かって出てこない。
帰りたい。でも、沢山の人の命を奪って帰るのは嫌だ。
諦めるのか?
俺は元の世界に帰りたいだけだ。
他人の命を使って門を開くか?
嫌だ。
なら諦めるのか?
それも嫌だ。俺は帰りたい。
ならば生贄を捧げて門を開くか?
嫌だ。絶対に後悔する。
何度自問自答しても堂々巡りだ。どうしたらいいんだよ!
自分の思考に没頭していたら突然柔らかな温もりに包まれた。
驚いて離れようとしたが、更に強く頭を抱きこまれる。
そして聞こえてくる心音、服越しでも伝わってくる温もり、顔に当たる柔らかな感触。
……柔らかい?自分のすぐ傍にいたのが誰なのかを思い出すと同時に顔に当たってるモノの正体に気付いた。
どうしたらいいのか分からず固まっていると優しい声が上から降ってきた。
「探そう。誰も犠牲にしないで帰れる方法。みんなで探せばきっと見つかるよ。だから、一緒に探そう?」
あるのだろうか。そんな方法が。誰も犠牲にしないそんな方法が本当にあるのか?
「私の知っている伝承では月の巫女は全ての門を開く力を持っていたと伝わっているの。全ての門を開けるなら、異世界への門も開く事が出来たのかもしれない。だから月の巫女について調べれば何か分かるかもしれない。」
勢いよく顔を上げると、優しい笑みを浮かべているレティンシアと目が合う。
「一緒に探そう、ルカ。私も協力する。だから諦めないで。」
諦めなくてもいいのか?帰れる可能性があるのか?
レティンシアが立ち上がって俺に向かって手を差し出す。
「ルカ、一緒に行こう。連れて行ってくれるんでしょう?」
約束した。一緒に行こうと、連れて行くと約束した。
立ち上がってレティンシアの差し出している手を掴むと、レティンシアの笑みが深まる。
(こういうのを花笑みっていうんだろうな。)
繋いでいる手を強く引っ張ると、簡単に腕の中に納まった華奢な肢体を抱きしめて耳元で囁く。
「ありがとう、レティ。」
驚いて硬直していた身体から力が抜けてクスクスと楽しげな笑い声が聞こえきた。レティンシアの細い腕が背中に回されて抱きしめ返される。
「どういたしまして。」
柔らかな温もりを手放しがたくて抱きしめていると、殺気交じりの視線と咳払いが聞こえてきた。
そちらに目を向けると師匠がしかめっ面で咳払いをして、先生が人を殺せるんじゃないだろうかと思う目で睨んでいるのでしぶしぶレティンシアを腕の中から解放する。
解放されたレティンシア本人は抱きしめられた事は問題にならないらしく平常通りだ。
先生に呼ばれて何やら小言を言われてしょげているレティンシアに思わず笑ってしまうと、ムッとして睨んでくる。
「ルカも来なさい!」
怒気を孕んだ先生の声に呼ばれたので、諦めてレティンシアの隣に並ぶ。
先生の説教はそれから1時間ぐらい続いたのだった。
ありがとうございました。