レティンシアの所有物
洞窟内は静けさに満ちていた。誰も何も一言も喋らない。
俺も喋る気にはならないのでレティンシアが目を覚ますのを待つ。顔色は大分と良くなってきたからそろそろ目を覚ますだろう。
「んっ…るか…?」
「ここにいる。」
瞼が震えて銀色の瞳が覗く。ぼんやりと何度か瞬きしてたけど、覗き込んでいる俺に気付くと安心したのか
ふんわりと笑う。
「レティ気分はどうだ?」
「もう平気。ありがとう。」
起き上ろうとするのを肩を押さえて止める。
「大分顔色は良くなったけど、もう少し横になっていた方がいい。」
「………わかった。」
身体から力を抜いたのを感じて、肩から手を離す。
そういえば今何時ぐらいだろう。
「レティ、ペンダント貸してくれないか?」
「うん。これはルカが持ってて、私は導のペンダントがあるから。」
ペンダントを首から外して俺に渡してくれる。これは便利なので貸してもらえるのはありがたい。
「ありがとう。」
レティンシアに借りた時と羅針のペンダントを首に掛けて魔力を流しながら時間と念じる。すぐに石が淡く光って石の中に数字が浮かび上がる。
「もう11時か。」
眠いし今日は動かないでここでゆっくりした方がよさそうだな。
「ルカ、それはなんだ?」
師匠と先生が食い入るようにペンダントを見ている。
「レティンシアに借りたペンダントですよ。」
「それは見ていた。そうではなくて、そのペンダントは魔具なのか?」
先生がペンダントから視線は外さないまま聞いてくる。
「そうですよ。名前は時と羅針のペンダント、時刻と方位を教えてくれる魔具です。」
「少し見せてくれないか。」
バシッ
先生の手がペンダントに触れそうになった時、先生の手が弾かれた。
「なんだ!?」
そういえばこのペンダント、レティンシアが認めた人しか使えないんだっけ。触るのも駄目だったのか。
「これはレティンシアのですから。彼女が認めないと触れないし使えないみたいですね。」
2人の目がレティンシアに向けられるが、そんな条件があるなんて知らなかったと思う。
突然目を向けられた本人は、そろそろと毛布を引き上げて隠れてしまった。
「この魔具の効果って珍しいんですか?」
「珍しいな。俺は見た事が無い。」
「私も見た事は無い。過去の文献でそんな魔法があったという記述はあるが実際に見るのは初めてだ。」
一応懐中時計もコンパスもあるから廃れたのだろうか?でも結構高くて買えないし、メンテナンスも大変だって聞いたから俺は持ってない。
「見せてくれないか?」
「先生、これはレティンシアのペンダントで俺は借りているだけです。本人に頼んでください。」
横で毛布の塊がビクリと震えたが、せめて会話ぐらい普通に出来ないと困るのでここは頑張ってもらおう。
頭があるであろう場所を軽く叩く。するとレティンシアは毛布に隠れたまま起き上り俺の腕にしがみ付いてきた。
「レティ、これから一緒に旅をするんだから頑張って慣れた方がいいよ。食事の量についても口を出さないし、襲ってきたりしない。あの顔が普通だから怒ってる訳でもない。怖い顔は生まれつきだから、そんなに怖がらなくていいよ。」
「本当?怒ってない?」
「怒ってないから、毛布から出ておいで。」
不安そうにしているが毛布からは脱皮してくれたが、腕は離して貰えない。押し付けられている柔らかい感触が嬉しいような辛いような複雑な気持ちだ。
「レティ、腕も離して貰えないか?」
お願いしてみたけど、悲しそうに眉を下げて見上げてくるので諦めた。頑張れ俺、負けるな俺。
「レティンシアさん、ルカに貸しているペンダントを見せてもらえないだろうか?」
先生がお願いしているがレティンシアは俯いている。やっぱり嫌なのだろうか?
「見るだけなら、ルカが信頼できる人ならいいです。」
一応レティンシアの承諾を得られたので、先生にペンダントを渡すと早速調べ始めている。
でも、このままだとかなりギクシャクした旅になりそうで嫌だな。
「レティ、あと1時間ぐらいでお昼になるけど食べれそうか?」
「…スープぐらいなら食べれると思う。」
スープは材料もあるから問題ない。
「師匠達はパンとか持ってないんですか?」
「黒パンとチーズぐらいならもってるぞ。」
よし、じゃあお昼はスープとパンでいいか。
「レティ、俺も手伝うからスープ作ろう。」
「使っていいの?」
アイテムボックスの事だろう。師匠達なら使っても問題ないだろう。
「師匠と先生の前では使っていいよ。火はそこの焚火でいいだろ?」
「うん。じゃあカバン取ってくるね。」
レティンシアがテントにカバンを取りにいったので、俺は焚火の周りに置いてある石を積みなおして鍋を置けるようする。少しするとレティンシアが戻ってきた。
自分にクリーンの魔法を掛けてカバンから、調理台とまな板、包丁、芋、肉を取り出していく。師匠達の口がぱかりと開いてるけど気にしない。
「ルカはお肉を切ってもらえる?」
レティンシアにお願いされたのでザクザクと肉を切っていく。彼女は横で芋の皮を剥いている。肉を切り終わったので彼女が剥いた芋も適当な大きさに切る。
「ありがとう。あとは1人で出来るわ。」
カバンから大きめの鍋を取り出して火に掛けると肉を投入して炒めはじめた。その様子を見守っていると肩を掴まれた。
「どうかしましたか?師匠、先生。」
言われる事は分かってはいたが、すっとぼけてみた。
「おい、あれはまさかアイテムボックスか!?」
師匠が肩を揺さぶりながら小声で聞いてくる。
「そうですよ。俺も気付いた時にはびっくりしました。彼女にとってもは珍しい物ではなかったようですけど。」
ちらりとレティンシアを見ると鍋に芋を投入しているところだった。こっちの事はまったく気にしていない。
「念の為に言っときますけど、アイテムボックスは魔力と名前を登録した所有者しか使えませんよ。」
「………見たいだけだ。」
「俺も見せてもらいましたけど、俺には何も入っていない普通のカバンにしか見えませんでした。見ても面白くはないですよ?」
レティンシアは鍋に魔法で出した水を投入している。魔法で出した水を直接鍋に自分が必要な量だけ入れて料理できる奴なんていないよな。どうやって制御してるのか不思議だ。
「アイテムボックスなら俺も持ってますから見せていいでけど、あげませんよ。」
「「なんでルカまで持ってるんだ!?」」
きれいにハモリましたね。
「レティンシアに貰いました。大陸ではかなりの価値があるものだという事は教えたんですけど、それでもくれると言うのでありがたく貰いました。優しいですよね。」
そんな話をしていたら後ろから服を引っ張られた。引っ張るのは当然1人しかいない。
「どうした?」
「お昼はスープだけでいいの?」
「師匠がパンとチーズを持ってるから、スープだけでいいよ。足りなかったら肉か魚を焼くから。」
量が少ないと心配したらしい。ホントいい子だよな。
「そう。…ルカ達は何のお話ししていたの?」
「アイテムボックスだよ。レティに貰ったって話してたんだ。」
「大陸では珍しいんだよね?」
「俺もレティに貰うまで見た事無かったしな。」
「持ってないの?」
レティンシアの視線がちらりを師匠達に向けられる。
「師匠も先生も持ってないよ。すっごく高価で希少な物で、売ったら遊んで暮らせるぐらいのお金になるって説明しただろ。」
「……どうして大陸にはアイテムボックスがないの?」
レティンシアにしてみれば無い事の方が不思議なのか。身近にずっとあったんならそうだよな。
「作れる人がいなくなったからだろ。」
「…………いつ、いなくなったの?」
「俺が聞いた話では2,000年ぐらい前らしいよ。」
レティンシアの目が大きく見開かれる。
「そんな昔にいなくなったの?」
「うーん。正確な事は分からないけど、少なくても1,000年前にはいなくなってるんじゃないか?1,000年も経ったら、壊れたり失くしたり、所有者が譲渡前に亡くなって使えなくなったりして残存数も減るだろうしな。」
「……そう、だね。」
「レティンシア、ちょっといいか?」
今度は師匠がレティンシアに話しかけた。
「はい、何でしょうか?」
目を合わせるのは怖いらしく俯きがちだが逃げないだけマシだろう。
「アイテムボックスをルカにあげたらしいが、価値を分かってるのか?売ればものすごい金になるんだぞ?」
「…ルカが持ってないって言ったし、使ってないのがあったから。」
「大金持ちになれたんだぞ?本当に良かったのか?」
「………宝石も持ってます。ルカに見てもらったらお金に替えられるそうなので、それを売ります。」
レティンシアが持ってるのは宝石だけじゃなくて、魔石や金塊も持ってるのでそれだけでもかなりの財産で、余程贅沢しなければ遊んで暮らせるだろう。
「ルカ、私お鍋の様子見てくる。」
「よろしく。レティの作るスープは美味しいから楽しみだな。」
「行ってくる。」
恥ずかしそうに頬を染めたレティンシアが鍋の側に戻るのを見送る。
「レティンシアは宝石以外にもいろいろ売れそうな物を持ってますし、お金にも執着心はありませんから『アイテムボックスを売れば金になる』っていわれても、売ったりしませんよ。」
師匠と先生が羨ましそうに俺を見るが、俺のはあげませんよ。
それより、もしかしたらレティンシアはかなり長くあの結晶に中にいたのかもしれない。少なくても彼女の国があったころは、アイテムボックスは身近だった。それを考えると最低でも1000年ぐらいはあの結晶の中に閉じ込められていた可能性がある。自分でもどれだけの時間閉じ込められていたのかも分からないみたいだしな。でも仮にそうだとしたら1,000年もの間、魔法を維持させてた事になる。そんな事可能なのだろうか?
ありがとうございました。