誘拐と奪還
置いて行かれてしまった。
「勝手にしろ。」
そう言ってルーカスは出て行ってしまった。置いて行かれた。連れて行ってくれると約束したのに。
胸が痛くて苦しい。ルカが他の世界の人だなんて思いもしなかった。それも、召還魔法でこの世界に連れてこられただなんて…。召還・送還魔法は厳重に封印されて一族でもただ一人にしか伝えられない魔法。絶対に漏らしてはいけない門外不出の魔法。どうして大陸の人間が知ってるの?
置いていかれてしまったのが辛くて、悲しくて、ただその場に蹲って泣いていた。
どのぐらいそうしていたのか分からない。気が付いた時には目の前に見知らぬ男が6人立っていた。
「おい、こんなところに女がいるぜ。」
「おっ!なかなかの上玉じゃねえか。楽しめそうだな。」
「まだガキじゃねえか。」
「珍しい髪の色だな、こいつは高く売れそうだ。」
「その前に味見ぐらいはするんだろ?」
「おい、喋ってないでさっさと捕まえろ。」
代わる代わる喋る男たちを見上げていたけど、私を見る男達の目が気持ち悪い。頭の中で警鐘が鳴っている。危険だと、早く逃げろと訴えている。
震える足を叱咤して立ち上がると、男達の横を走り抜ける。でも、腕を掴まれて引きずり戻された。
「離して!」
にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべながら私を見ている。
「へえ、声も可愛いな。どんな風に啼くか楽しみだ。」
全身に鳥肌が立った。必死に男の手を振りほどこうとしても、力が強くて振りほどくことが出来ない。
「おい、早く縛れ。」
ロープを持って別の男が近づいてくる。
「いや、離して!いや、いや、ルカ!」
思わず出てしまったのは私達の一族の所為でこの世界に連れてこられてしまった優しい人。もうここに居てはくれないのに…。
「ルカ?……おい、口を塞いでさっさと縛れ。」
「へい。」
口の中に布を押し込まれて更に吐き出せない様に口を塞がれ、ロープできつく腕と上半身を縛られてしまう。
「よし、行くぞ。」
「味見はしないんですかい?」
残念そうに何か言ってるが意味がよくわからない。でもこのまま連れて行かれるわけにはいかない。
ロープを握ってる男に思い切り体当たりする。私がそんな事をするとは思っていなかったようで、ロープから手を離した隙に部屋の外に飛び出そうとしたけど、外に続く扉の前に別の男が回り込んで塞がれてしまう。
「見かけによらず元気なお譲ちゃんだな。」
一番偉そうに指示を出している男が近づいてきて、腕を掴まれる。
「連れもいるみたいだし暴れられても面倒だ。しばらくおねんねしてな。」
言い終わった直後、強くお腹を殴られた。息が詰まって目の前が真っ暗になっていく。駄目だと意識を失ってはいけないと思うのに、私の意識は闇の中に引きずり込まれていく。
完全に意識を失う直前浮かんだのは私の手を取ってくれた人。
(ルカ、ごめんなさい……)
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レティンシアが行ったのであろう道を走っていると何かが聞こえた気がして、足を止めた。
耳を澄ましていると微かにだが複数の男の声が聞こえる。嫌な予感がしたが気配を殺して静かに近づく。
気配は6つ、こいつらこんなところで何してるんだ?
「それにしても、銀色だなんて珍しい髪色っすね。」
銀色の髪!?レティンシアか!男達に近づこうとしたとき、別の男が口を開いた。
「きれいな顔してるし、いい値で売れそうですね。」
……何がいい値で売れるって?
「売る前にじっくりと調べて、ついでにいろいろ教え込んでやらないとな。顔は幼そうに見えるが身体は意外と育ってるようだから十分楽しめそうだ。」
何をじっくり調べて、何を教え込んで、何が意外と育ってて、何を楽しむって?
「リーダー、俺らにも触らせてくださいよ。」
何を触りたいって?
「わかった、わかった。お前らにも楽しませてやるからさっさとこの女の服を脱がせろ。」
何をどう楽しむために、誰の服を脱がせろって?
沸々と腹の底からさっきとは比べ物にならないほどの怒りがこみ上げる。
剣だと、血しぶきで彼女が汚れる。棍なら思い切りやってもそう簡単には死なないし彼女も汚れないだろう。アイテムポーチから棍を取り出すと、気配を殺すのを止め猛然と走りだした。
一番手前に居た奴の胴に一撃目を入れる。そのまま思い切り振り抜くと男は勢いよく壁に激突した。
まず1人、残りは5人。
「なにしやがる、このクソガキ!」
男が斬りかかってくるが、それをあっさりとかわし、逆に急所を一撃して昏倒させる。
「『なにしやがる』はこっちのセリフだ。汚い手で彼女に触れるな。」
意識がないらしいレティンシアの服に手を掛け、彼女の肌に触れようとしている男を睨みつける。
「お前が『ルカ』か。あんなところに女を置いてるのが悪いんだよ。これはもう俺達の獲物だ。可哀そうにな。泣きながらお前を呼んでたぜ。」
にやにやと笑いながらレティンシアの身体に触れる。
「さっきも言ったが、汚い手で彼女に触るな。」
「はっ!ガキのくせに生意気だ。おい、殺すなよ。目の前でゆっくりとこの女を可愛がってやる。」
その言葉に頭に血が上り目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを覚える。誰が誰を可愛がってやるだと!?
汚れた手で彼女に触れただけでも許せないのに、その身を穢させる事など絶対にさせるか。
襲ってくる下っ端を一撃で沈めて、リーダーらしき男と打ち合う事数回、最初は余裕の表情を浮かべていたが、徐々に焦り始めた。
弱い。どうしてこんな奴らにレティンシアが掴まってしまったのか分からない。優しいから攻撃を躊躇ってしまったのだろうか?もっとしっかり教えておくべきだった。レティンシアの容姿がとても優れている事を、この手の輩は死なない程度に反撃していい事も理解させないといけなかったのに。
レティンシアは優しいから攻撃出来なかっただろうが俺は容赦はしない。一切手加減をすることなく奴を叩きのめして『男』を殺した。
他の奴らも同様に今後一切、こんな事が出来ない様に『男』を殺しておいたので、被害に遭う女性は少しは減るだろう。
沈んでいる男達を放置して、レティンシアを拘束しているロープや猿轡を取り払って抱き上げると地上を目指して歩きだす。
完全に沈める前に出口についても訊いておいたので道順も問題ない。もし嘘だったらもう一度叩き潰してやる。
2時間ほど歩いて、ようやく地上に出る事が出来た。どうやら森の中にある遺跡のようだ。
レティンシアは未だ目覚めない。その事にも怒りが沸々と湧き上がる。どんだけ強く殴って気絶させやがった。どこかでゆっくりと休ませてやりたいが、この遺跡からは離れたい。
「ごめん、レティ。すぐにゆっくり休ませてやるからな。」
しっかりとレティンシアの身体を腕に抱きなおして適当に歩きだす。ここがどこか分からないのだから、どちらに行けばいいのかもわからないのだ。まずはここを離れるのが先決だろう。
レティンシアの身体に負担が掛からない程度の速足で森の中を移動する。途中で川を見つけたので川沿いに歩いて行くと途中で洞窟を見つけた。
中は結構広く、魔物もいなかったので今日はここで休むことにした。
アイテムポーチからレティンシアに借りていた布製テント中を取り出す。天井が高く、広さも十分にあるお陰でテントが使えるのはラッキーだった。
このテントの大きさは大人が楽に4人寝れるぐらいの大きさだ。中はぶ厚い絨毯が敷かれていて、そのまま寝転がってもいいのだが、折角布団が用意されているので布団を敷いてレティンシアを寝かせてから、俺は外に出る。洞窟内をもう一度確認して何も居ないのを確かめてから洞窟を出て川辺で歩いてる途中で見つけて狩っておいた鳥やウサギを捌く。川を見てると魚が泳いでいたので、これも数匹捕まえて捌いておく。下拵えが終わった獲物をアイテムポーチに収納して、洞窟から離れすぎないよう気をつけながら食べ物を探していると、『アプ』というリンゴのような食感の果物を見つけた。他にも食べられる野草が見つかったので、採取して急いで洞窟に戻った。
そっとテントの中を覗くとレティンシアはまだ眠っていた。ここまで目を覚まさないという事は薬かなにかを嗅がせたのかもしれない。顔色は悪くないので、薬が抜ければ目を覚ますだろう。
暗くなってきたので火を熾して、さっき捕まえた魚と鳥を焼いて食べていると人の気配を感じた。誰か近づいてきている。食べかけの肉を口の中に押し込み、剣を抜いて構える。
近づいていた気配も俺の気配に気づいたらしい。慎重に警戒しながら近づいてくる。
どうやら2人組のようだ。まさかあの遺跡で伸した奴らの仲間だろうか?
そして現れた人達を見て俺は思わず叫んでしまうのだった。
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