転移陣
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「レティ、ここで間違いないのか?」
「うん。王都はここだよ。」
俺達は漸く王都に着いた……らしい。
「何も無いんだけど……?」
「埋まっちゃったのかな?」
何も無い。辺り一面変わり映えのしない雪と氷ばかりだ。王都があった場所には見えないし、レティンシアが『王都に着いたよ』と嬉しそうに言わなければ気付かなかっただろう。
「なあ、なんでこれを見てここが王都だって分かるんだ?来た事も無かったんだろ?」
雪と氷しかない場所を見て、ここが王都だと確信できる何かをレティンシアは持っているのだろうか?
すると、服の中からなにかを引っ張りだして見せてくれた。
それはトップに濃い緑色の石が付いたペンダントだった。大きさは500円玉ぐらいの大きさで半球の濃い緑色の石が、2周り程大きな銀の台座に嵌めこまれている。台座の縁には中央の石を囲むように蝶や花が彫られていて左側に小さな黄色の石、右側に小さな半透明の白い石が埋め込まれている。
「これは『導のペンダント』。これで今いる場所が分かるの。」
レティンシアがペンダントを手のひらに乗せると中央の石の色が薄くなっていき、地図が現れた。
島の形からみても、間違いなく今いるこの島が表示されているようだ。その中で小さな青い点が明滅している。レティンシアがペンダントを指先で叩く度に表示されている地図が拡大されていく。それと同時に表示される点も増えていく。大きさの違う黒い点が所々にあって、一番大きな黒い点と重なるように青い点が明滅していた。
「この青い光が私たち、この一番大きな黒い点が王都よ。位置が重なってるからここが王都なのは間違いないわ。」
「へえ、すごいな。なんで今まで使わなかったんだ?」
「使ってたよ。王都を目的地に設定しておいたから、目的地に着いたらペンダントが熱くなって、きれいな音がするの。間違えた時はビリビリするのと大きな音で教えてくれるんだって。」
「ペンダントが反応しなけれな間違えてもいないし、目的地でもない。だから見る必要は無かったってことか。」
「うん。」
その時、地図の端に赤い点が3つ現れた。こっちに向かってきていることから生き物であるのは間違いないだろう。
「レティ、この赤いのはなんだ?」
「なんだろう?説明の紙には黒が街、青が所有者としか書いてなかったよ。」
可能性として一番高いのはアレだよな。
「こっちに来るみたいだし待ってみるか。」
「そうだね。」
5分後
「やっぱり魔物だったか。」
足元にはホワイトベアが転がっている。
レティンシアのペンダントを見てもそこには黒い点と青い点しかないので、この魔物が表示されていたのは間違いないだろう。目視できる距離になった時は赤く点滅してたし、警告もしてくれるみたいだ。
魔物がここに来るまでの5分間、ペンダントを調べて分かった事もある。
魔物はペンダントで地図を見たときだけ表示されるし警告もされる。ただ首にかけている時は反応はしないといことだ。索敵可能な範囲もそんなに広くないので、使い勝手がいいとはいえない。
メインは地図で索敵はおまけなのだろう。
「ごめんね、ルカ。私全然気付かなかった。」
しょんぼりと肩を落としているレティンシアに文句を言う気は無い。
中途半端な説明書を書いた奴に文句は言いたいがな。もっとまともな説明書を書きやがれ!
「中途半端な説明書を入れた奴が悪い。レティが気にする事無い。」
「…うん。」
「ただ、レティが言いたくない事は言わなくてもいいけど、俺に話せる事だったら教えてくれると助かる。」
「うん。分かった。」
素直に頷くレティンシアの頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。やっぱり女の子は笑顔が一番だな。
「それにしても、この状態じゃ転移陣は無理そうだな。」
転移陣のあった場所すら分からないのでは探す事も出来ない。いや、出来なくは無いが果てしなく時間がかかるだろう。
「大丈夫。転移陣のある場所は分かるわ。」
「!?本当か!」
「『時と羅針のペンダント』とこの指輪があれば分かる。」
レティンシアにペンダントを返すと、彼女はそれを首に掛けた。
指を組んで目を閉じると小さく何かを呟くとレティンシアの胸元から光が溢れた。そしてその光は一筋の光となった。
「この光の先に転移陣があるわ。」
「便利だな。」
とりあえず転移陣の場所は分かったので、光の指す先へ向かった。
「この下ってことか。」
光が指す先は雪の中だった。まあ当然と言えば当然だろう。建物の中にあったんだから、建物が埋まれば転移陣も一緒に埋まる。
場所が分かってるんだから地道に雪掻きして、建物が出てきたら穴を開けて中に入るしかないだろう。
「ファイヤーサークル。」
足元の雪を眺めて、どうやって雪掻きしようか考えていたら隣でレティンシアが魔法をぶちかました。
「レティ!?何やってるんだ!!」
「えっ?雪が邪魔だから溶かして蒸発させてる。」
俺が驚いた事にレティンシアが驚いているが、俺はもっと驚いた。
当たり前のように炎属性の魔法使われたら驚くだろう。水、風、雷、光の4属性にプラス炎の5属性持ちだったなんて、驚くなというのが無理な話だ。
「いや、雪が邪魔なのは判るけど、炎適性も持ってたのか!?」
「うん。あるみたい。」
至極あっさりと頷いているが、5属性持ちなんて滅多にいないんだからな!
「あっルカ、屋根が出てきたよ。」
俺の様子など全く意に介さず嬉しそうに報告してくる。レティンシアは果てしなくマイペースだった。
魔法を使うのを止めて、屋根を見下ろしている。
ちょっと待って、屋根までの距離を測ってるけど飛び下りる気じゃないよね!?
「ちょっ!?レティ!!レティ、ちょっと待て!!」
急いでレティンシアを捕まえたが、本人はいたって普通だ。
「今、飛び降りようとしてなかったか!?」
「駄目なの?」
「当り前だろ、怪我したらどうするんだ!」
叱るとへにょりと眉を下げてしょんぼりしてる。こいつ本気で飛び下りる気だったな。
「飛び下りなくても風魔法を使えばいいだろ。」
「ルカは飛び下りられるでしょう?」
「飛び下りられるけど、屋根が脆くなってると危ないから飛び下りないよ。」
レティンシアを説得して風魔法で屋根まで下りる。危なかった。
「光はここの下を指してるけど、このすぐ下に転移陣があると思うか?」
「ううん。王都の転移陣は地下にあるって聞いたわ。」
「ならここを壊しても大丈夫だな。」
遠慮なく魔法で屋根を壊して中に入る。レティンシアの言った通りそこには何も無かった。
部屋を出てひたすら階段を下りて行く。途中崩れたところもあったが、通れるぐらいに穴を開けたりしながら地下に向かった。
長い長い階段を下りた先に大きな扉のある部屋に着いた。
レティンシアが触れて扉を開ける。
部屋の中には沢山の魔法陣があった。どの魔法陣も人が10人は入れそうな大きさだ。レティンシアはそれには目もくれず、何もない壁に歩み寄る。レティンシアの胸元で揺れているペンダントも壁を指していた。
しばらく壁を見つめていたが、壁の一部を触るとガコンと音がして、重い音をたてて壁が左右に分かれた。
進んだ先にはひと際大きな魔法陣があった。躊躇い無く魔法陣の中に足を踏み入れるレティンシアの後を追って、俺も魔法陣の中に入る。
「転移陣に問題は無いみたい。どうする?すぐに飛ぶ?」
「あぁ、頼む。」
「分かった。魔力を注ぐね。」
カバンから魔包石を5つ取りだして、転移陣の内側に置いて行く。
「転移」
次の瞬間、床に置かれた、魔包石が眩い光を放つ。床に描かれている転移陣も光を放ち始め、視界を真っ白に染める。
「ルカ、着いたよ。」
レティンシアの声に目を開けると、いつの間にかさっきまでいた部屋とは違う場所にいた。
石で造られた部屋だ。正面に扉が1つある。
「転移、出来たのか?」
「魔力は十分足りたみたい。予想してたより少なくて済んだからこのまま大陸まで転移する事も出来そうだけど、どうする?」
確か魔力が足りないと転移に失敗する可能性があるんだよな。
「魔力確実に足りそうなのか?」
「私の魔力もあるから大丈夫。」
なら問題ないか。最悪俺の魔力もあるんだしな。
「じゃあ、頼む。」
「こっちに来て。」
レティンシアが正面にある扉を開けて中に入っていく。
中にある転移陣の大きさは今まで見た転移陣と同じぐらいだったが、びっしりと文字が書かれている。大きさは同じなのに殆どを文字で埋め尽くされていて転移できる人数は5人ぐらいのようだ。
さっきと同じように魔包石を置いて魔法陣の中央にレティンシアと手を繋いで立つ。
「……転移。」
転移陣の光が強くなっていく。やっと大陸に帰れる、きっと心配しているだろうから早く合流しないとな。大陸に戻った時の事を考えていると、手を強く握られた。
「さよなら。」
微かに聞こえたレティンシアの声はとても寂しげだった。大丈夫だと、1人にはしないと伝えたくて、レティンシアの手を強く握り返す。
「ありがとう。」
光が部屋を埋め尽くし、唐突に消えた時にはその場には誰もいなかった。
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