レティンシアの『普通』
旅は順調だった。レティンシアも頑張って歩いてくれている。ロッドを持っているので休憩中に棒術を教えたりとかもしているのだが、レティンシアの呑み込みは速い。それにおっとりして見えるが運動神経もかなりいい。もっと慣れたら体術と投擲も教えようと思っている。
心配なのはこの2日間、一度も魔物に襲われないのだ。あの神殿への襲撃はかなりの数だったからこの辺り一帯の魔物がいなくなってるのかもしれないが、このままじゃ食料が尽きる。
今はレティンシアが持ちだしていた食料や保存食で凌いでいるが長くは持たないだろう。早く獲物を見つけないとな。
今日で旅は5日目を迎えた。
相変わらず魔物は見つからない。だが俺達は食料に困っていなかった。理由はレティンシアだ。あのカバンにどうやって詰め込んでいたのか毎日普通に食料を取り出して食事を作っている。食料だけなら1週間分ぐらいは入るだろうが、彼女がカバンに詰め込んでいるのは食料だけではない。鍋、フライパン、まな板、包丁を各1つ、深皿、平皿、フォーク、スプーン、コップを各2つ持っていた。それらの入ったかなりの重量のありそうなカバンを平然と下げて歩いているのも不思議だ。
そして今、レティンシアは絶対にそのカバンには納まらないだろうという大きな肉の塊を出している。どう見てもレティンシアのカバンの倍はある肉。重たかったらしく、カバンから出したところで雪の上に落とした。一生懸命持ち上げようとしているが、持ち上げる事は出来ないらしい。今までどうやって持ってたんだ。
「大丈夫か?」
レティンシアが落とした肉の塊を拾い上げて宙に放ると剣で4等分に斬り、更に落ちてきた肉をキャッチする。横で嬉しそうにパチパチと手を叩いているが、俺は君が不思議でしょうがない。
4等分にしたうちの1つをまな板の上に置いてやる。
「それ1つで足りるだろ?」
「うん。ありがとう。」
「どういたしまして、この肉はどうする?」
「片付けるからここに置いてもらえる?」
レティンシアが指定した雪の上に残りの肉を置くと、カバンの口を開いて近づける。
瞬きしている間に肉が消えていた。
「………?レティ、肉、どうしたんだ?」
「?片付けたよ。」
「どこに?」
「?カバンに仕舞ったよ。」
俺の質問の意味が分からないのか首を傾げているレティンシアを見て、一つの可能性に気付いた。
「そのカバン、アイテムボックスなのか?」
「うん。ルカのポーチもアイテムボックスでしょう?」
マジか!!
「まさかレティのポーチ、全部アイテムボックスなのか?」
「そうだよ?」
その顔にはどうしてそんな当たり前のことを聞くの?と書いてある。
思わず地面に膝をついた俺を不思議そうに見ていたが、包丁を握り肉を切り始めた。鼻歌を歌いながら慣れた手つきで料理を作っている。俺の事はほっとくことにしたらしい。
「ルカ、そこはお料理するのにちょっと邪魔だからあっちで待ってて。」
鍋にスープを作りながら、邪魔だと言われ離れた位置で膝を抱える。
もっと早くに気付くべきだった。アイテムボックスは持ってないのが当たり前だって思っていたから、レティンシアが持っている可能性についてはまったく考えていなかった。レティンシアはアイテムボックスは皆持ってて当たり前だと思ってるみたいだ。
「ルカ、ご飯出来たよ!」
ぐるぐるとレティンシアの『普通』が普通じゃない可能性について考えていたら、呼ばれたので食べに行く。早く食べないと冷めてしまうので、黙々と食べて食事を終える。
「レティ、ちょっと聞きたんだけどいいか?」
後片付けを終えたレティンシアに声を掛ける。
「大丈夫だよ。」
「確認だけど、レティは俺が聖堂に置いといた肉も全部その中に入れてるのか?」
「うん。ちゃんと持ってきたよ。」
「毛皮とか牙とか爪も?」
「持ってきた。」
「そのカバンの中、他に何が入ってるんだ?」
「食材と調理器具、あと調合に使う道具一式、他にもいろいろ入ってたけどテントも入ってるみたい。」
テントってまさかアウトドアで使うあのテントか!?
「なんでテントを出さないんだ!?」
「使っていいの?」
「なんで使ったらだめだと思ってたんだ?」
「この『かまくら』?を作るのが普通じゃないの?」
少しでも寒さを凌ぐ為に旅の初日から作っているかまくら。まさかこれが普通だと思われていたなんて!?
「テントがあればテントを使うんだよ。」
「そうなの?」
脱力しながら説明するときょとんとした顔で俺を見る。
「そのテント出せる?」
「うん。」
外に出るとレティンシアがカバンからテントを取り出した。
「!!っこれがテントなのか!?」
「実物を見るのは初めてだけど『テント』はこれよ。」
そこにある『テント』だという物は、想像していたテントとはまるで違った。レティンシアが『テント』だと言って取り出した物は元の世界だとモンゴルとかの遊牧民の人が使ってる移動式住居に似ている。しかも組立済みだった。
「テントってこんなに大きいのね。」
ニコニコと笑っているレティンシアには後でこれは一般的なテントではないことを教えておこう。
「入ってみてもいいか?」
「うん。」
扉を開いて中に入って俺は言葉が出なかった。
「わあ、すごいね。ベッドもあるしテーブルとイスもある。あっお台所もあるよ。」
入り口で固まった俺を余所に、レティンシアはパタパタと見て回って楽しそうに報告してくる。
違う。これ、絶対テント違う。
「テントって凄いんだね。ごめんね、ルカ。私、テントのことよく解ってなくて…。」
レティンシアはテントがどういう物なのか知らなかったことを恥ずかしいと思っているのかモジモジと頬を染めて俯いている。
「レティンシア、ちょっと座ろうか。」
レティンシアと向かい合って座る。
「まずこの『テント』だけど、普通のごく一般的なテントとはかなり違う。普通のテントはもっと小さいし、こんなに丈夫な作りでも無い。木や金属の骨組みと布地で作る簡単な物なんだ。これはテントというより移動式住居だな。」
「そうなの?」
「大陸に行ったら大陸のテントを見せてあげる。ただこれが普通のテントではない事は覚えておいて。」
「分かったわ。」
よし、とりあえずこれが普通じゃない事は分かってくれた。テントについてはこれでいいな。
「次にアイテムボックスだけど、俺はアイテムボックスは持っていない。」
「えっ?」
「大陸では、アイテムボックスはものすごい希少品で、持っていないのが普通なんだ。持ってるのはごく僅かな特権階級の人間ぐらいだ。」
「…………。」
「レティの持ってるカバンやポーチがアイテムボックスだと知られると盗まれる可能性がある。だから、アイテムボックスである事は、他の人に喋っちゃ駄目だ。」
「アイテムボックスは登録してある所有者にしか使えないのに盗まれるの?」
登録ってなんだ?名前を書いた人しか使えないとかなのか?
「どういうことだ?」
「アイテムボックスには所有者の魔力と名前が登録されているの。魔力と名前が一致しないと取りだす事はできないし、アイテムボックスとして使う事も出来ないわ。」
「盗んでも登録している所有者以外にはただのカバンにしかならないってことか。」
「だから盗んでも意味がないと思うのだけれど…。」
「それでも、最悪レティも一緒に浚って中の物を出させたり、アイテムボックスと一緒に売られたら困るだろ?」
「分かったわ。誰にも言わない。」
「よし、約束だからな。」
アイテムボックスについての口止めはこれでいいな。それにしても複数のアイテムポーチを持ってるって凄すぎだろう。
「ルカはアイテムボックスは持ってないのよね?」
「ああ、俺は持ってない。…なあ、レティは腰のポーチには何を入れてるんだ?」
「一つは武器とか防具が入ってるみたい。もう一つは薬とか包帯とか、最後の一つにルカが持って帰って来た毛皮と魔物が入ってるわ。」
「!?魔物まで入れてるのか!」
「要らなかった?毛皮とか爪を取るのかと思って持ってきちゃった。」
『持ってきちゃった』って可愛く言っても駄目だ。でもちょっと待てよ。もしかして…
「あの牛みたいな魔物も入ってるのか?」
「……うん。」
マジか。いや、でもアイテムボックスの中ってどうなってるんだ?腐ったりしないのか?
時間経過についてレティンシアに訊いてみた。
「アイテムボックスの中では時間は進まないよ?」
「温かい物を入れて次の日に取りだしても温かいままってことだな。」
「うん。だから腐ったりしない。」
俺が何を心配してるのか気付いたらしい。
それにしても本当に便利だな、アイテムボックス。
そんな事を考えていたらレティンシアがポーチを2つ差し出してきた。
「誰も使ってないからルカの魔力と名前を登録だけで大丈夫だよ。」
「……まだ持ってたのか……。」
「うん。」
何個持ってるんだよ、アイテムボックス……。
「いいのか?さっきも言ったけど大陸じゃ凄い希少品で売れば一生遊んで暮らせるぐらいの価値があるんだぞ。」
「私の分はもうあるもの。まだ予備もあるし、これはルカにあげる。」
だから何個持ってるんだよ、アイテムボックス…………。
「貰っていいのか?」
「うん。ルカも持ってた方が便利でしょう?」
「ありがとう。」
レティンシアからポーチ型のアイテムボックスを貰った。普通こんなに気軽に貰ったりあげたり出来る物じゃないんだけどな。でも、貰えるならありがたく貰っておく。
レティンシアに登録の方法を教えてもらい登録を済ませた。
思いがけず俺はアイテムボックスを手に入れた。早速持っていたポーチの中身とポーチをアイテムボックスに入れて、手を入れてみる。すると頭の中に中に入っている物のリスト現れた。リストにあるポーションを指定すると手の中に何かが現れたので掴んで手を引き抜いてみると、俺の手にはポーションが握られていた。
「すごいな。便利だ!」
「入れた物をしっかりと把握してれば、すぐに取り出せるよ。」
「分かった。レティ、ありがとうな。」
「どういたしまして。」
レティンシアが嬉しそうに笑うのを見て、俺も自然と笑みが浮かぶ。
「そろそろ休もう。明日も沢山歩かないといけないからな。」
「今日も交代で寝るの?」
「念の為な。交代の時間になったら起こすから、レティは先に休んで。」
「うん。それじゃあ先に休ませてもらうね。」
レティンシアがベッドの一つに近づくと、自分にクリーンの魔法を掛けてからマントや上着を脱いでベッドに入る。
しばらくすると、穏やかな寝息が微かに聞こえてきた。レティンシアは本当に寝つきがいい。
今日あった事を思い浮かべると笑いが込み上げてくる。
「レティには驚かされてばかりだな。」
ひとしきり声を殺して笑ってから、これからのことを思う。
王都までまだ距離はある。それでも前には進んでいる。俺は絶対に王都にたどり着いて大陸に戻ってやる。
読んでいただきありがとうございました。