魔物の襲撃
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遠くから聞こえてきた魔物の咆哮にレティンシアが怯える。
「今のは、なに…?」
「魔物だ。神殿近くに来てるみたいだ、転移陣に急ごう。」
レティンシアの手を引いて急いで階段を昇る。
「大聖堂に出て、反対側にある扉に向かえばいいんだな?」
「うん。あとは、階段を昇るだけ。」
息を弾ませながら道を教えてくれる。
(レティには体力作りしてもらおう。)
ドォーン!
「ウォォ――――――――――――ン!」
大聖堂へ出る扉の前に着いたところで、なにかが吹っ飛んだような音と、遠吠えが扉の向こう側から聞こえた。
「間に合わなかったか。」
レティは胸に手を当てて息を切らしている。走るのは無理そうだな。
「レティはここにいろ。出てきたら駄目だからな。」
レティンシアが頷いたのを確認して扉を開けて大聖堂側に出てすぐに扉を閉めた。この中にいれば安全だろう。
そして侵入してきた魔物と対峙する。そこにいたのはホワイトウルフとモコモコボアの群れ、真っ黒な毛並みに深紅の瞳、頭部には立派な角が2本生えた巨大な牛のような魔物だった。
怒涛の勢いで押し寄せてくるが、ここから動けば扉が壊されてしまう。
斬ったり、蹴り飛ばしたり、殴り飛ばしたりしながら、数を減らそうとするのだが次々と外から侵入してくるので減るどころか増える一方である。
(多すぎる。これじゃ詠唱するもできない。)
1体のホワイトウルフを斬り付けた直後、横からモコモコボア達の突進を受けて、撥ね飛ばされたしまう。
「!レティ、奥に逃げろ―――!!」
扉に魔物が群がり破壊された。そして、
「サンダ―ブレード!!」
レティンシアの声が聖堂に響いた。
扉の内側から迸った強力な雷撃は殺到していた魔物を一瞬で無力化し、直撃は受けなかった魔物も余波で痺れているようだ。
「嘘だろ……。」
唖然としていると倒れている魔物の隙間を縫うようにしてレティンシアが出てきた。俺に気付いてこちらに駆けてくる姿で我に返ると俺も急いでレティンシアの元に向かう。
「ルカ!」
「レティ、怪我は無いか?」
ざっと全身を確認したが怪我らしきものは見当たらない。それにしても、あんな強力な魔法が使えるなんて聞いてない。
「俺も大丈夫だ。それより、魔法使えたんだな。」
「魔法書を読んだ事はあるけど使ったのは今日が初めてなの。上手くいって良かった。」
いろいろ突っ込みたい部分が多いが、いまは置いておこう。彼女の魔法で1/3ぐらいは削れた。でも神殿にはまだ続々と魔物が侵入してきている。このままじゃまずい。
「レティ、俺が詠唱時間を稼ぐ。だから…!!」
痺れを切らしたのかホワイトウルフが1体襲ってきたのを皮切りに次々と襲ってきた。
「くそっ!」
「きゃん!?」
可愛らしい子犬のような悲鳴が聞こえたが、それにかまってる場合ではない。レティンシアを肩に担いで逃げる。どうにかしてレティンシアの詠唱時間を稼がないといけないのだがどうやって稼ぐかが問題である。
そんな事を考えながら走っていると、首に細い腕が巻きついてきた。さっきから上体を起こそうと頑張っていたのには気づいていたので驚きはしなかったが、首に回っている腕に力が篭ってるのは俺の気のせいだと思いたい。
「ルカ、高く跳んで。」
突然よく分からない指示をされてしまった。跳んでと言われても踏み台になるような物はない。幸い走っていてそれなりに勢いはあるので、そのまま壁を斜めに駆けあがる。重力に引かれて落ちる前に壁を蹴る。下をみるといつの間にか聖堂は魔物に埋め尽くされていて、どこに落ちても魔物の中だ。
「スプラッシュ」
レティンシアが左手は俺の首に回したまま、杖の先を下に向けてそう呟いた。
大量の魔力がレティンシアの持つ杖に流れ込み、大量の水が下に降り注ぐ。水の噴き出す勢いで、体が上に飛ばされる。天井近くまで飛ばされたところで、水の噴出は止んで落下が始まる。空中に留まる事は出来ないのだから落ちるのは当たり前である。
どうするつもりなのかと、レティンシアを見ると目を閉じて詠唱をしていた。この状態で詠唱出来るって意外と肝が据わっている。
「雷よ、我に仇なす敵に降り注げ、ライジングアロー」
さっきのスプラッシュで地面は濡れ、魔物たちも当然濡れている。そこに小さいが大量の稲妻が落ちればどうなるか?
答えは『感電する』だ。
光が縦横無尽に地面を駆け巡る様はとてもきれいだったが、あの中に落ちるのも勘弁だ。
頼みの綱のレティンシアを見ると既に次の魔法の詠唱に入っていた。今日初めて魔法を使っている人間には見えない。
「風よ、我らを守りたまえ、ウインドシールド」
風が俺達を包んでゆっくりと地上に降りて行く。俺達が地上に足を着けた時には既に雷魔法の影響は消え、大量の魔物の死体が転がっている。どうやら全ての魔物を殲滅出来たようだ。
レティンシアを降ろして、魔物の状態を確認する。
見た目からして一目瞭然なのだが、とてもよく焦げている。炭化している個体もいるようだ。
今でこれだけ使えるなら、十分に冒険者としてもやっていけるだろう。
「ルカ!!」
名前を呼ばれると同時に突き飛ばされて、レティンシアと一緒に倒れる。
倒れた俺達の上を黒い球体が通り過ぎる。
球体が飛んできた方向を見ると、そこにはあの牛もどきが血のように赤い目に怒りを滾らせて俺達を睨んでいた。
体を起して上にいるレティンシアを横に降ろして立ち上がる。
剣を構えると、俺は牛もどきに向かって走り出した。
走りながら眼であいつの情報を見る。
名 前 ブラックオックス(変異種)
レベル 60
耐 性 氷、雷
説 明 魔石をもつ変異種。
元は草食だったが、進化の過程で雑食になった。
肉は美味、皮と角と蹄は高価で買い取りしてもらえる。
備 考 危険。口から高密度の魔力弾を飛ばす。
退却も立派な戦法です。
死んだらこれ以上大きくなれないよ!
レベル60で魔石持ちの変異種か。牛っぽい見た目通り、肉は美味しいらしい。ステーキ用の肉を確保するようにしよう。
ブラックオックスが口を開けるとそこから魔力弾が飛んでくる。真っすぐ飛んでくるので、避けるのは簡単だ。接近して剣を突き立てようとしたが、固くて刺さらない。死んだ魔物達を蹴散らしながら突進してくるのを避け、すれ違いざまに斬りつけてみたが、これも駄目だった。頑丈な皮膚だな。
レティンシアの声が聖堂に響く。
「ホーリーランス!」
俺が突進を避けたタイミングで複数の光の槍がブラックオックスに突き刺さる。
「ヴォォォ―――――――!」
魔法は効果があるようだ。ブラックオックスは忌々しげにレティンシアを見ると標的を彼女に変更した。向きを変え彼女に向かって突進するのを許すわけにはいかない。魔法で傷を負った個所を狙って攻撃する。そして俺が足止めしている間に完成させたレティンシアの魔法『ホーリーランス』が再びブラックオックスを貫いた。さっきより槍の本数が多い気がするが気のせいだろう。
このままいけば仕留められる。剣を振いながら、勝利が見えた事に俺は安心してしまった。
それが隙となった。
「ルカ、危ない!」
レティンシアの警告直後なにかに殴り飛ばされたが、受け身を取ってすぐに立ち上がり俺を殴り飛ばした奴をみると若干焦げたホワイトウルフだった。
そして俺の攻撃による足止めが無くなったブラックオックスはレティンシアに向かって走り出した。
襲ってきたホワイトウルフを斬って蹴り飛ばして、ブラックオックスを追う。
足への魔力による身体強化を強め、ブラックオックスに追い付く。レティンシアの背中に角が刺さる直前でなんとか彼女と角の間に体を滑りこませる。
強い衝撃と同時に角が腹に突き刺さる。
「がはっぁ…。」
血が零れる。腹から、口から、血が零れていく。
「ル、カ、、いやぁ――――――――――――――――――――――――!!!」
レティンシアが悲鳴を上げた。突き飛ばされて転んでしまった彼女が後方を振り返って見たのは、角に貫かれ大量の血を流すルーカスの姿だった。
ブラックオックスは頭を振ってルーカスの体から角を引き抜く。地に落ちたルーカスを睥睨し前足を振り上げた。
レティンシアの銀色の瞳が限界まで見開かれる。
「あ…、いや、止めて、ルカ…ルカ!!」
ルーカスの頭部目掛けて、足が振り下ろされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
体を貫く痛みに飛びそうになる意識をなんとか引きとめる。聞こえてきたレティンシアの悲鳴に、早く逃げろと言いたいのに、口を開いて出るのは空気と血だけだった。
乱暴に体から角が引き抜かれ、体が地面に落ちる。
目の前にあるブラックオックスの足が降り上げられる。逃げたくても体はまったく動かなかった。
(情けないな、一緒に行こうと約束したのに、俺、死ぬのか、彼女を護る事も出来ずに……。)
沈んでいく意識の外で、レティンシアが俺を呼ぶ声を最後に俺の意識は深い闇に沈んだ。
拙い物語を読んでいただきありがとうございました。