レティンシアの決意
驚かされる事も多かったが謎が多いのはレティンシアだろう。昨日はあの芋だとか香辛料や調味料に気を取られてうっかり忘れていたが、彼女はどうやって俺の服をきれいにしたんだろう。実は魔法が使えるのかと思ったのだが違うといわれ、じゃあどうやったのかと訊いたら『洗う、乾かす。』と返され、今やって見せてと頼んだら『魔力、無駄。』と拒否された。仕方ないので今日帰ってきたら見せてもらう事を約束して、今日も探索に出てきた。どこを見ても見事に雪と氷しかないが諦める訳にはいかないのだ。俺は今日も雪の中を進む。
探索を開始して5日になる。毎日外に出て調べたが、人はおろか建物の残骸すら見つける事はできなかった。増えるのは素材と肉ばかりだ。レティが頑張って燻製やら塩漬けやらと作っているがなかなか減らない。流石に毎日肉では飽きるが、他に食べるものもないのだから仕方ない。
ただ意外なのはレティが毛皮や牙などの素材を丁寧に処理してくれる事だ。積み重なる肉と素材を前にもう必要ない事は分かってはいるのだが、捨て置くのも勿体なくて結局持ち帰っている。
そして今俺はレティと向き合って座って、この辺りには建物も人もいない事、魔物も大したことないので俺は大陸に戻る為に王都に向けて旅に出る事を告げた。
「レティは今まで外に出た事が殆どないから大変だし辛いと思う。もしかしたら命を落とすことになるかもしれない。でも、ここに1人残っても死を待つだけだ。だから、一緒に行かないか?」
俺の話をじっと聞いていた彼女は俯いて、膝の上で手を握りしめている。
「俺は明日の朝、ここを発つ。だからレティもそれまでに答えを出してほしい。」
小さく頷いて立ち上がると自分の部屋に入っていく。
これはレティが決める事だ。そっとしておこう。大きく息をつくと俺も使っている部屋に戻る。
レティの返事がどんなものでも、明日ここを発つ事に変わりはない。早めに寝よう。
ベッドに寝転がり目を閉じる。
ゆっくりと意識が闇の中に沈んでいく。完全に意識が飲まれる寸前に脳裏に浮かんだのはレティンシアの少し悲しげな笑みだった。
翌朝目が覚めて居間を覗くといつも通りレティンシアが朝食の準備をしていた。
「おはよう、レティ。」
振り返ったレティが、悲しそうに寂しそうに笑う。
席について一緒に朝食を食べて、一緒に片付けをする。そして俺が声を掛けるより早く自分の部屋に戻ってしまった。
脳裏を過ぎるのは、さっき見た悲しそうな、寂しそうな笑みだ。
「行かないってことなのか?レティンシア……。」
レティの部屋の前でしばらく待っていたが、彼女が部屋から出てくる事は無かった。
頭を軽く振って、俺は部屋に戻ってここを発つ準備をする。準備といっても剣と防具を装備してマントを羽織る。忘れ物がないか確認して部屋をでた。
最後にもう一度会いたくてレティの部屋の扉を叩こうとした時、扉が開いた。扉の前に俺がいると思っていなかったのか、大きな瞳をまん丸くしている。扉が開くと思っていなかったので俺も驚いたが、俺が一番驚いたのはレティの服装だった。喉元まで隠す白い詰襟のシャツの上に踝近くまである濃い藍色の上着、下は上着よりも少し色の薄い藍色のズボンに編み上げのブーツを履いて腰には左右に一つずつ小さなポーチを着けている。髪は両サイドをゆるく三つ編みにして垂らし、後ろの髪も緩く1つに結んでいる。右耳には箱の中に入っていたイヤリングとイヤーカフスを着けていた。そして、左肩には大きめの肩掛けカバン、右手には漆黒のマントと背丈ほどもある長い杖とを持っていた。
俺がパカリと口を開いたまま突っ立っていると、自分の恰好を見下ろして首を傾げる。
「変、かな?お父様とお母様が準備してくれた服なんだけど……。」
恥ずかしそうに俯き加減で聞いてきた。
「いや、似合ってる、よ?」
うん、似合ってる。服装に問題はない。濃い色だから汚れだって目立ちにくいもんね。髪も結んでれば邪魔にならないし、ポーチだってカバンだってあった方が便利だ。全く問題ない。
「そう?良かった。」
この服装から考えても一緒にここを出る事に決めたのだろう。それはいい。俺が一緒に行こうと言ったんだから、一緒にここを出る事も問題ない。それよりも今問題なのは、、、
「レティ……首輪は?」
「首輪?外したよ。」
さも当たり前のように外したというが、今まであの首輪の所為で喋れなくて困ってたんじゃないの?
「外せたのか?」
自然と低くなる声に、レティの雰囲気が変わった。
「黙っててごめんなさい。私が普通に話せると知ったらルカはもっといろいろ聞いてくると思って、わざと外さなかったの。ルカがここを発つと聞いてやっと決心がついた。……ルカ、私の話を聞いてくれる?」
「……話を聞く。後のことはそれから決める。」
レティは頷くと、居間のテーブルの上に荷物を置いてからソファーに座る。俺がレティの向かい側に座ると俺の目を真っすぐ見て、ここで、この国でなにがあったのかを語りだした。
「最初にルカに話したことは本当。銀色の髪と瞳を持った私は禍の忌み子と呼ばれて、産まれてすぐにこの隠し部屋に閉じ込められた。私をここに閉じ込めたのは、ここの領主であり私の伯父でもあったロディオ・ラミレス。お父様とお母様には私のような存在が王都に知れたら殺されてしまう、殺されたくなければ隠すしかないと言ってて、二人は殺されるよりはいいと思って私を閉じ込める事を承諾した。それでも、私は幸せだった。お父様とは滅多に会えなかったけど、会いに来てくれた時には沢山遊んでくれたわ。お母様はお裁縫や編み物や料理いろいろ教えてくれた。調合もお母様が教えてくれたのよ。二人とも私の事をとても大切にしてくれたわ。ずっとそんな日々が続くと思っていた、だけど、私が14歳の誕生日を迎える少し前ぐらいから、気温が下がり始めたの。そして私の誕生日の前日、雪が降った。今まで雪なんて降った事がないこの大地に雪が降ったの。その日、伯父さまは私のところに来て言ったわ。『禍を齎す異端の子供。お前を生かしていたから禍が起こった。神を鎮める為にその命を捧げろ。』そして、14才の誕生日に神を鎮める生贄として湖に落とされた。落とされてすぐに意識を失ってしまったからその後の事はよく分からない。」
レティが一度大きく深呼吸をした。そしてまた話し始める。
「お父様とお母様が残してくれていたメッセージには、この国は既に滅びていて私以外に生き残りはいないという事、出来るだけ早く私を目覚めさせた人と一緒にこの国を離れるようにという事、そして、生きて幸せになりなさいと書かれていたわ。」
「ちょっと待て、レティはここには誰もいない事を知っていたのか?」
申し訳なさそうに眉を下げてコクリと頷いた。
「ごめんなさい。」
俺、何の為に連日歩きまわったんだよ。誰もいないと分かってたらもっと早くに王都に発ったのに…。
「それで、どうしてそれも黙ってたんだ?俺が生き残ってる奴を探して歩き回っていたことは知ってただろう。」
「この事を言ったらルカはすぐに王都に発ったでしょう?」
「当り前だろう。」
「ルカが早く大陸に帰りたいと願っているのは知ってるわ。もし簡単に王都に行く方法があると言ったら、危険でもルカは無茶をするでしょう?だから確実に飛べるだけの魔力を貯めてから話そうと思ったの。それに、私も考える時間が欲しかった。これからどうするのかをきちんと考えてから答えを出したかった。」
バン!
テーブルに手をついて身を乗り出した。
「簡単に王都に行く方法があるって本当なのか!?」
歩いていくしかないと思ってたのに、なにか移動手段でもあるのか?
「ルカは少し嫌かもしれない方法だけど…。」
「なんでもいい、どうやって王都に行くんだ?」
「……転移、するの。」
転移?転移ってまさかあの禁術を使うのか!?
「レティ、転移魔法は禁術だ。どこに飛ぶとも限らないし、五体満足で飛べる保証もない。」
首を傾げて不思議でならないという表情をレティは浮かべている。
「大陸の転移魔法は知らないわ。でもこの国の転移魔法は魔力さえ十分に用意しておけば大丈夫よ。」
「それは魔力が十分になければ危険ってことだろ?」
「昨日やっと全部の石に魔力を込め終わったの。後はここの魔抱石も持っていけば確実に王都まで飛べるわ。もしかしたら大陸への転移陣まで飛べるかもしれない。」
「?王都から大陸に帰れるんじゃないのか?、いやそれより、直接大陸に飛べばいいだろう?」
そうだ、転移魔法が使えるのなら、ここから直接大陸に帰ればいいじゃないか。わざわざ王都に行く必要はどこにもない。
「ここには王都への転移陣しかなし、大陸に行くには王都にある転移陣から大陸への転移陣のある場所に転移しないといけないわ。」
「その説明だと、ここから王都に転移して、王都から大陸への転移陣がある場所に転移、そこから大陸に転移。3回転移をしないといけないってことか!?」
レティが大きく頷く。なんか理不尽だ。俺は1回で飛ばされたのに。帰る時は3回も転移が必要だなんて。
「だから不思議なの。ルカはどうやって一気に転移して来たの?」
「さぁ、足元に石が大量に転がってきた石が光って意識を失って、次に目が覚めたらあの洞窟にいた。それより、転移陣って転移する為の魔法陣のことなのか?」
「うん。後は魔力を注げば指定してある転移場所に飛べるようになってるわ。」
「どこにでもは飛べないのか……。」
「転移陣は2つで1つ、対の魔法陣にしか飛べないわ。」
残念ではあるが、帰れる事に変わりはないのだからいいか。
「話はこれで終わりなのか?」
「うん、これでおしまい。黙っててごめんなさい。」
「いや、初めて逢った奴になんでも話せる奴なんていないしな。」
立ち上がってレティを見る。レティは座ったまま俺を真っすぐに見ていたがその目が不安そうに揺れていた。
「一緒に行くんだろう?」
手を差し出すと、レティの瞳が潤む。
「一緒に連れて行ってくれるの?私、、ルカに、酷い事…。」
俺の手をみて声を震わせながらそんな事を言う。そんなに気にしてたのか。
「一緒に行こう。レティンシア。」
俺の手にレティンシアの手が重なる。手を引いて立たせて笑いかけると、涙を浮かべながらも笑ってくれる。
俺がマントを羽織ると、レティもカバンを斜めに掛けて、マントを羽織る。そこまでしたところで、なにか思い出したのかパタパタと台所に入っていく。
まさか鍋を持って行きたいとかいいださないよな。
すぐに戻ってきたレティは何も持っていなかった。カバンに入るぐらいの小さい物だったのだろうか?もしかして調味料や香辛料を持ってきたのかしれない。
「忘れ物はないか?」
「うん。全部入れてきたよ。」
忘れ物がないか確認して、一緒に隠し部屋をでる。そして魔法陣があるという最上階に向かおうとした時だった。
俺達以外には誰もいないはずの神殿内に咆哮が響き渡った。
ありがとうございました。