目覚め
結晶の中に広がる長い髪と翻るヴェールとドレス。花嫁のような衣装に似合わない手枷と首輪を見に着けている。
ようやく硬直から復活した俺は、吸い寄せられるように結晶に近づく。
結晶の中央に眠るように瞳を閉じた少女は、とてもきれいだった。
もっとよく見たくて結晶に手を着いた。その時だった。
ピシリッ!
驚いて結晶から手を離すと、俺が手を着いた場所に亀裂が入っていた。亀裂は結晶全体に広がっていく。
パリン!
甲高い音を立てて結晶が砕け散った。そして視界に入る白に思わず腕を広げる。
ドサリッ
腕の中に少女がいた。恐る恐る顔を覗き込むと先程まで結晶の中にいた少女で間違いなかった。
そっと身体の向きを替えて、少女の胸元に顔を近づけようとして、ふと周りを確認する。当然自分達以外誰もいない。
「やましい気持ちは無い。念の為、生死の確認をするだけだ。」
誰にしているのか分からない弁明をしてから、少女の胸元、正確には心臓の位置に耳を当てる。柔らかい感触も感じるが、気にしない。俺が確認するのは心音だ。
……………………トクン………………………………トクン………………………………
かなりゆっくりとだが、心音がする。つまりこの少女は生きている。結晶の中にいてどうして生きてるのか不思議ではあるが、死んでるよりは生きてる方がいいのでその疑問は遠くに放り投げておく。
さすが異世界、不思議な事が沢山ある。いちいち気にしていてはやってられない。
この子は生きてる。とりあえずはそれでいい。
マントを脱いで床に敷くと、その上に少女を寝かせる。ジャラリと手に着けられている枷の鎖が鳴り、眉を顰める。どうしてこんな物をつけられてるんだろう?
辺りを見渡しても砕け散ったはずの結晶の欠片は一つも見つからなった、その代わり地面に箱のような物が転がっていた。拾い上げて蓋を開けようとしたが、鍵も無いのに開かない。
開かないとなると、尚の事開けたくなるのは仕方ないと思う。なんとか蓋を開けようと悪戦苦闘しているとジャラリと鎖が鳴る音がした。箱から顔を上げると、少女が俺を見ていた。
手を着いて身体を起こそうとしている少女に近寄り手を貸そうとしたら、酷く怯えられてしまった。俺を見て震える姿に、いけない扉を開いてしまいそうになる。そっちの扉も開いちゃ駄目だ俺。
屈んで少女と視線の高さを合わせて話しかける。
「俺はルーカス、君は?」
怯えたように震えていた少女が俺の目を真っすぐと見返す。小さな唇が動く…が、声は出なかった。
「声が出ないのか?」
少し首を傾げてから、首輪を示して首を振る。
「その首輪の所為で喋れないのか?」
首を縦に振って俺の問いを肯定する。喋れないとなると筆談だろうか?
生憎、紙とペンは持ってないし地面は氷だ。ナイフ持たせてって、腕細いし、削れるだろうか?
悪いとは思うが、視させてもらうか。
少女をじっと見つめるといつもの画面が現れた。
…………………………………………なんだこれ。
名 前:※※※※※※※※※※※※※※※※
年 齢:乙女の秘密
性 別:女
レ ベ ル:1
状 態:
魔法適性:内緒
ス キ ル:マル秘
耐 性:非公開
称 号:非表示
説 明:省略
備 考:女の子の秘密を覗くのは感心しません。
背が伸びなくなっても知りませんよ!
どんだけ隠したいんだよ。そして備考よ、前半については俺も申し訳なく思っているが、後半は余計な御世話だ。
溜息をついて少女を見ると困惑した表情で俺を見ている。俺も黙って見返す。しばらく見詰めっていたが、先に視線を逸らしたのは少女の方だった。彷徨っていた視線が俺の手の中にある箱で止まる。
「これ、何か知ってるのか?」
ふるふると首を横に振ったが、試しに渡してみた。
渡された箱と俺の顔を交互に見て逡巡していたが、そっと蓋に手を掛けて……普通に開けた。
どうやって開けるのかと見ていたのだが、普通にパカリと蓋を開けたのだ。あれだけ悪戦苦闘して開けられなかった箱をとてもあっさりとパカリと開けられてしまった事にショックは受けたが何が入ってるのかは気になるので俺も一緒に中をみる。中に入っていたのは、鍵と指輪、丸い石が付いたペンダント、イヤリングとイヤーカフスが一つずつ、入っていた。少女はその中でイヤリングとイヤーカフスを取り出してジッと見ている。
「それ、知ってるのか?」
所有者を知っているのかという意味合いも込めて聞いたのだが、伝わったのかコクリと頷いて何かを呟いた。どこか不安げにイヤリングとイヤーカフスを見詰めている。
残りの物に聞いたら首を横に振るので知らないらしい。が鍵は大きさからみて恐らく手枷か首輪の鍵だろう。鍵を取り出して少女の手に嵌められている枷にある鍵穴に差し込んで回す。
カチリ
音がして枷が手首から外れた。やはり枷のカギだったようだ。反対側の枷も同じように外して、首輪は残念ながら鍵が違うらしく外せなかった。
これで話が出来るようになるかと思ったのに残念だ。鍵を見て溜息を吐いていると服の裾を引っ張られた。少女に視線を向けるとおずおずとドレスの裾を持ち上げて足を出す。その細く白い足には手首に着けられていたのと同じ枷が嵌められていた。足枷の鍵穴に鍵を差し込み回すとカチリという音と共に足枷がゴトンと重い音を立てて外れた。
「・・・・・・・・・。」
とりあえず先にもう片方の足枷も外したが、こちらも重い音を立てて地面に転がった。
少女はほっとしたように足を撫でている。足枷を持ちあげてみると結構重い。これなら落下音も納得できるが、こんな物を足に着けられてたら、重たくて歩くのすら大変だろう。俺は走れるけど、この子が走る事は出来ないだろうな。
枷はもう用はないので放り出し、残りの指輪とペンダントを取り出して見てみる。指輪は少し全体的に花と蝶がデザインされていて中央に花に見立てたピンクの石が埋め込まれている。明らかに女の子向けだ。ペンダントはトップに透明な石が付いているシンプルな物だ。でも、これだけ見れば嫌でも分かる。この箱の中に入っている物は全てこの少女の為に用意された物だろう。
少女に指輪とペンダントを差し出すと、首を傾げて俺を見上げる。
「この箱に入っているのは全部、君の為に用意した物だと思う。だから君が持っていたほうがいい。」
戸惑うような表情を浮かべていたが、素直に受け取る。そして、指輪は左手の中指に、ネックレスは首に掛けようとしているが、上手く留められないらしい。苦戦している。
「留めようか?」
そう申し出ると、コクリと頷いてペンダントを俺に渡してきた。そして、髪とヴェールを横に避けて項を露わにする。
真っ白な項にどきりとしながら急いでペンダントを留めて、視線を外す。なんか見たらいけない物を見てしまった気がするのはなぜだろう。
少女が振り返って軽く頭を下げる。
「いいよ、これくらい。それよりここがどこか知ってる?」
その問いに首を傾げて考えていたようだが、首を横に振る。
「本当に、分からない?」
確認するように聞くと、唇を動かすが声は出せない。もどかしげな表情で見返してくる。
「分かった。俺も飛ばされてきたから出口がどこか分からないんだけど、一緒に来る?」
手を差し伸べて問うと、僅かな逡巡のあと恐る恐る俺の手に自身の手を置いた。そんまま手を引っ張り立たせる。ふと、少女の足元に目をやる。そういえば裸足だったな、この子。
流石に裸足じゃ冷たいだろうが、俺も着替えとか入れてたカバン置きっぱなしで持ってないしな。
少し考えて結論を出す。まずは敷いていたマントを拾い少女に羽織らせてお姫様だっこする。突然抱きあげられて驚いたのか、固まってしまったが暴れられるよりはいいのでスルーしとく。
そして俺は少女を連れて、出口を目指して歩き出した。
ありがとうございました。