強制転移
森の中をひたすら走る。後ろから追ってくる複数の気配を感じながら、どうしてこうなったのかを考えていた。
クリュスタ出立して、国境の町ゴルヌイから国境を越えて隣国ドミニオンに来た。ドミニオン側の国境の町ベルンに5日程滞在して、目的地である遺跡に向かっていた。
そして森に入って2日目の夜襲撃を受けている。しかもこいつら魔物まで嗾けてきたのだ。大勢の襲撃者達と大量の魔物、お陰で師匠達と分断されてしまった。だが一つ分かった事があった。こいつらが狙っているのが俺だという事。どうして俺を狙うのかは全く分からないが、それは後でゆっくりと聞けばいい。まずはこいつらを片付けるのが先決だ。
近づいてきた奴から順番に片付けながら進んでいると、目の前に少し開けた場所が見えた。
足を止め追って来ていた襲撃者達を迎え撃つ。時間はかかったがなんとか全員を片付ける事が出来た。まだ息のある奴に近づく。
「おい、どうして俺達を襲った?」
そう問いかけた俺に、奴は嗤った。
ざわりっ
鳥肌が立った。その時、足になにかがぶつかった。俺の足元にはいつの間にか沢山の透明な石が転がっていた。嫌な予感がしてその場から離れようとした俺の足を、男が掴む。その手には転がっている物と同じ石が握られていて、その石は光を発していた。しまったと思った時には既に遅く、強くなった光に飲み込まれて俺の意識はそこで途切れた。
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「おい、どうして俺達を狙った?」
それぞれ違う場所で師と弟子は襲撃者に同じ質問をしていた。
襲撃者は愉快そうに嗤っている。
「…答えろ。どうして俺達、いや、ルカを狙った。」
襲撃者の胸に足を乗せ体重を掛ける。
それでも襲撃者は嗤っているだけでなにも答えない。
更に体重を掛けてルカには向けた事のない冷徹な瞳で襲撃者をみる。
「ぐぁっ、こ、わい、目、だな、、、ガキが、み、たら、な、くぞ。」
「ルカがこれぐらいで泣くか。余計なこと喋ってないでさっさと吐け。」
足の下でミシミシと骨が軋む音がする。もう少し力を入れたら骨が砕けそうだ。
それでも襲撃者は嗤っていた。
「あ、のガキは、死、んだ、よ。」
「ルカがそう簡単に死ぬわけねえだろ。死体も無いし、そろそろ戻ってくるだろう。」
「は、はは、あ、た、りま、え、だ。…と、ばし、たんだ、から、な。」
「飛ばした?」
「待て、まさか転移魔法を使えるのか!?」
黙って冷めた眼差しで男を見ていたギャレットが話に割り込んできた。
「転移魔法?なんだそりゃ?」
「一度行った事がある場所なら一瞬で移動が出来る魔法の事だ。」
「それはまた便利な魔法だな、ギャレットは使えるのか?」
「使えない。魔力を大量に消費するのと、転移先の指定方法が分からないので、禁忌魔法に指定されている。そして今までに使用した者は、全員死んでいる。」
「はっ、、さすが、よ、くごぞ、んじだ。」
「こいつらはその転移魔法でルカをどこかに飛ばしたっていうのか?」
アンドリューとギャレットは憎々しげに男を見る。
「この男が言ってる事が本当だとしたらそうなる。」
アンドリューは胸の上に置いていた足をどけると、男の胸倉を掴み揺さぶる。
「どうやってルカを飛ばした!」
男は何に反応もしない。口元にうすら笑いを浮かべたまま息絶えていた。
「アンドリュー、もう死んでいる。」
「っっくそが!」
乱暴に男の体を放り出す。
「とにかくルカが最後に居た場所を探そう。なにか分かるかもしれない。」
「・・・・・・・・・・・・分かった。」
アンドリューとギャレットはルカが最後に居た場所を探す為に痕跡を追う。
襲ってきた者達を一顧だにせず、二人は立ち去った。
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真っ暗な闇の中に突然沢山の光の粒子が現れた。光がその場を明るく照らしだす。そこは氷に覆われた洞窟のようだった。縦横無尽に洞窟内を飛び回っていた光がある一点に集束していく。光は集まるごとに強くなっていく。それはまるで小さな太陽のような光。全ての粒子が集まり一つの光となった時ひと際強く輝いた。それはほんの一瞬のことだったが、その光は洞窟の最奥にまで届く程の光であった。
光は現れた時と同様に唐突に消え、洞窟内は元の闇を取り戻した。
そして、光が集束した場所には今までは無かった大きな塊が落ちていた。
冷たい感触にゆっくりと意識が覚醒していく。
俺、生きてる…のか?
目を開けたつもりだったが、真っ暗でなにも見えない。とりあえず手をついてゆっくりと身体を起こす。手のひらから伝わってくる冷たさに体が震える。冷たいし、寒い。
手を上げてゆっくりと立ち上がる。俺が手を上げて立ち上がっても、どこにもぶつからなかった。今度は横、前後に手を広げてみるが、これもどこにもぶつからない。かなり広い場所のようだ。
少しは目が慣れてきたのか微かに見えるようにはなってきたが、まだ十分でない。完全に目が慣れるまでもう少しかかりそうだ。それまでは動けない。
「俺、どうしてこんなとこにいるんだ?」
野営してたら襲撃者に襲われて全員倒した。足元に転がってきた石が光って目の前が真っ暗になって、目が覚めたら、なんか知らん場所、声が反響したから洞窟っぽいとこにいるらしい。
「まさかとは思うけど転移魔法か?師匠は禁忌魔法に指定されているって言ってたけど…!?」
可能性を口にしたところで、どうして転移魔法が禁忌魔法に指定されているのかを思い出した。
慌てて全身を確認する。足は2本、腕は2本、指も10本ある。首、頭も1個ある。身体は問題ないようだ。 良かった。
前に先生に転移魔法について訊いてみたら、それはそれは恐ろしい事を言われた。いわく、転移しようとしたら、上半身だけどこかに転移したとか、首だけ転移したとか、右半身だけが転移したとか、とにかく身体の一部だけが転移したという事例、あとは、全身で転移できたけど、そのまま行方不明になったり、壁の中から発見されたり、空から落ちてきたりとまともな場所に転移できた事例がまったくない。
転移魔法で飛ばされたのだとしたら、5体満足で地に足が着いており、息ができる場所にいる時点で奇跡だろう。無事に師匠達のところに戻れるかは別として、これで生涯の運を使い果たしたと言われても納得するぐらいには奇跡だ。
そうこうしていると目が慣れたのが、大分辺りが見えるようになった。やはり洞窟のようだ。魔法で明かりを出せればいいのだが、身体からごっそりと魔力が無くなっていてそれも無理だ。転移魔法の時に俺の魔力も吸い取られたんだろう。自分の目だけを頼りに出口を探す為に歩き出す。
出口を探し始めて3時間ぐらいは経っていると思うのだが、かなり複雑な構造になっているらしく出口を見つける事はできない。壁に自分がつけた傷を見つけて溜息が零れる。諦める訳にはいかないのだ。まだ傷のない通路を選んで歩き続ける。そうして選んで歩いてきた道は行き止まりだった。
だが、俺はその場から動く事は出来なかった。
薄らと紫がかった結晶の中に真っ白な少女がいた。
ありがとうございました。