これでいいのだ!
ステラギルド長からの説教と説得からやっと解放されて宿に帰って来た。徹夜の経験はあるので、別に徹夜が辛かった訳ではないが、精神的にきつかった。
部屋に入ると、最初に決めておいたベッドに俺達はそれぞれ潜り込む。
ショックだった。せめて俺だけは一般的な『普通』の感覚を大事にしようと思ってたのに、普通じゃなかったなんてショックだ。
目を閉じてそんなことを考えている内に俺は眠りに落ちて行った。
とてもスッキリと目が覚めた。外を見るとまだ暗い。寝た時間を考えれば、それでも良く寝た方だろう。師匠達はまだ寝ていたので、剣を取ってそっと部屋をでる。
いつものトレーニングをしながら、ふと思った。もしかしてこのトレーニングを普通にしている俺はもう手遅れなのではないだろうか?最初のころは絶対に無理だと思ってたけど、今は少し増やしてもいいかなとか思っている。
「俺ってもう手遅れなんじゃ…。」
いや、まてよ。でも師匠も先生もこの『普通』で今まで生きてこれたんだし、師匠と先生と同じ『普通』の感覚をもつのが一人ぐらい増えても問題ないんじゃないだろうか。
「うん。問題ないな。」
そもそも普通の基準は人それぞれ、十人十色それでいいじゃないか。いいことにしよう。
1人納得していると後ろから声が掛かった。
「問題大ありよ!」
「おはようございます。ステラギルド長。」
「昨日の私の説明はなんだったの。あんなに一生懸命説明したのに!」
「大変申し訳ありません。無駄でした。」
こういう事はハッキリ言っといた方がいいだろう。
「無駄…そんな、手遅れだったなんて……。」
「トレーニングの続きがあるので失礼します。」
茫然とギルド長が立ち尽くしているが、そっとしておいてあげよう。きっと諦めてくれるよな。
俺はトレーニングの続きを行う為に街の外に出た。
周囲が明るくなってきた頃、ランニングを終えて帰ってきてみるとギルド長がまだ立ち尽くしたままになっていたが、そっとしておいた。お腹も空いたから早く宿に戻ろう。
部屋に戻ると既に、師匠と先生が起きていた。
「おはようございます。師匠、先生。」
「おはよう、ルカ。トレーニングに行ってたのかい?」
「はい、先生。あと、俺気付いたんです。昨日ギルド長に俺達の感覚は一般的な『普通』ではないと言われました。でも、それでいいと思うんです。人は人、俺は俺、先生は先生、師匠は師匠の『普通』があって、人それぞれの『普通』があっていいんだと俺は思います。だから、俺の『普通』はこのままでも問題ないとやっと分かりました!」
「そうだ。分かってくれたんだな、ルカ。」
「はい、これからもよろしくお願いします。」
「もちろんだ。今日は思う存分稽古をつけてやる」
こうして師と弟子の絆を確かめ合った俺達は朝食を食べた後、稽古をつけてもらう為に街の外に向かった。途中まだ立ち尽くしたままのギルド長を見かけたが、やっぱりそっとしておいた。
旅の途中も多少の稽古はつけてもらうが、やっぱり街に滞在している時の方が思い切り稽古をつけてもらえるので嬉しい。今日は夕方までみっちりと稽古をつけてもらうんだ。
「ルカのランクがBランクになってしまった事以外は概ね予定通りですね。」
「そうだな。だが、噂になるかもしれん。予定より早くこの街を発った方がいいだろう。」
今の俺達の旅の目的地は実はこのクリュスタではない。1つ前の街で興味深い話を聞いたのだ。なんでも、隣国の深い森の中に遺跡があって、その地下深くに謎の魔法陣があるそうだ。魔法陣はかなり大きくて複雑だったらしい。なにか手がかりになるかもしれないと考えた俺達は、その遺跡に行く事にした。
ついでに、国境に程近く王都からは一番遠いこの街クリュスタで俺の冒険者ランクを上げることにした。Bランクに上がってしまったのは誤算だが、俺達は近いうちにこの国からも離れる。人の噂も75日、噂の元がいなければ万が一俺の事が噂になっても、早々に消えるだろう。
クリュスタへの滞在は1週間を予定していた。折角、海の幸をたっぷり食べれて、修行もたっぷり出来ると思っていたのに、残念だ。
「いつ発ちますか?」
出立の予定を聞いてみる。せめてあと2日ぐらいは滞在したい。
「そうだな。………明後日ぐらいにしておくか。ギャレットはどう思う?」
「私は明日でもいいと思う。」
先生の目的は遺跡だろう。話を聞いてた時、ものすごく目が輝いてたもん。
「…やっぱり明後日にしよう。クリュスタはルカが楽しみにしていた街でもあるからな。」
「ありがとうございます。師匠。」
先生が残念そうにしてるけど、遺跡は逃げないので我慢してほしいと思う。
今後の予定が決まった後は夕方まで稽古をつけてもらい、宿に戻った。最近は稽古をつけてもらっても、ボロヨレにならなくなってきたし、もっと頑張らないとな。
街に戻って、宿に向かって歩いてるとギルド長が体育座りをして落ち込んでいるのと見かけたが、そろそろ誰か回収に来るだろうと師匠が言うので放置しておいた。
宿に戻り、夕飯を食べてベッドに横になる。今日はとてもとても充実した一日だった。大満足だ!
次の日の朝、昨日と同じくトレーニングに向かったがギルド長の姿は無かったので、きっと誰かが回収してくれたのだろう。でも、回収するならもっと早くに回収してあげればいいのにと思い、トレーニングの後に師匠に聞いてみたら、最後に見た状態になる前に回収するといろいろと大変なんだと言っていた。どう大変なのかも聞いたのだが、知らない方がいい事もあると言われたので諦めた。
そして、この日も昨日と同じく夕方までたっぷりと稽古をつけてもらった。良い1日だった。
今日は出立の日、ステラギルド長には迷惑も心配も掛けたので一声かけておこうと思ったのだが、体調を崩して寝込んでいると言われたので、お礼とお見舞いを秘書の人に渡して俺達は街を出発した。
そして、今、無事に国境を超え森の奥にあるという遺跡を目指して旅をしていた俺達は、謎の集団に襲撃を受けていた。
第1章はこれで終わりです。次からは第2章に入ります。
ありがとうございました。