勉強の成果と魔法の禁止
ギルドの罰を受けていた10日間、師匠にいろいろと教えてもらった。この世界の文字、地図(国、地名、町、村、ダンジョン含む)、種族、歴史、伝承や剣術、体術、投擲、師匠の教え方はとても分かりやく熱血だった。この10日間で知識と基礎は完ぺきに叩きこまれた。比喩ではない。本当に叩きこまれたのだ。文字の書きとり、音読を間違えれば1回につき腕立て伏せ30回追加され、国の名前や村の名前を間違えると腹筋30回追加され、種族名を間違えるとスクワット30回追加され、歴史や伝承を間違えると素振り30回追加される。後半になるにつれこの回数は増えていき、7日目で100回になった。これ以外に、基本の筋トレと剣、体術、投擲の修行もあるのだ。間違える訳にはいかない。死ぬ気で覚えた。人間極限まで追い込まれるとできるようになるものである。元の世界に戻ったら、もう少しまじめに勉強しようと思う。
そして俺は今、師匠と一緒にギルド長の部屋に来ている。
「もう、文字が読めるようになったのか。」
文字の読み書きや国の名前や位置などを覚えたことを伝えるととても驚かれた。
「はい。少し読むのは遅いですけど読めるようになりました。」
「ふーん。アンドリューの教え方はどうだった?」
「とても覚えやすかったです。」
「……よく耐えたな、お前。」
ボソリとつぶやかれた言葉に顔が引きつりそうだった。まさか、有名なのか。師匠の教え方!?そして俺以外脱落してる!?!?
「……(スパルタ教育)有名なんですか?」
「かなりな。お前が初めてだぞ。」
俺が特別教育だったんじゃなくて、これが師匠の普通だったのか!
「俺の教え方がどうかしたのか?」
「いや、初級の奴らがことごとく逃げ出したお前の指導を、よく耐えたと思ってな。」
「普通だろう?他の奴らが軟弱だっただけだ。」
師匠!師匠の普通の基準が俺には分かりません。
「……でも、10日で文字、地図、種族を覚えるのは大変だっただろう?」
「?いえ、覚えたのは文字、国、地図、種族、歴史、伝承あと、剣術、体術、投擲の基礎です。」
「………………すまん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ。」
「文字、地図、種族、歴史、伝承あと、剣術、体術、投擲の基礎を覚えました。」
「10日でか!?」
「人間死ぬ気になればなんだって出来ると実感しました。」
ギルド長が信じられないものを見たという目で俺を見ているが事実だ。俺もよく覚えられたなと思う。
「アンドリュー本当なのか?」
まだ信じられないようで師匠に確認しているが無駄だと思う。
「文字、種族、歴史、伝承、地図は国や地名、地図に載っている街や村、遺跡やダンジョンの位置も覚えさせました。剣と体術は多少できていたので、俺が教えたのは実戦で必要な動き、有効な技、投擲は基礎から教えました。」
「どうやって10日で教えたんだ!?ルーカスお前もどうして10日で覚えたーーー!?」
どうしてって言われても困るんだけど。師匠を見ると師匠も困ったように首を傾げている。
ギルド長はしばらくの間項垂れていた。10日で覚えたことにそんなにショックを受けるとは思わなかった。項垂れている間、小さな声で『前例が…』とか『異常だ…』とか呟いていた。
「ルーカス、お前の今後について話をしよう。」
ようやく復活したギルド長は師匠の教え方や、俺が覚えたことについて触れないことにしたらしい。
「俺はお前に冒険者を辞めろと言ったが…」
「続けます。」
ギルド長の言葉を遮り、冒険者を続けることを告げた。
「お前には向いていない。」
「俺は俺の目的の為に冒険者を続けます。そう決めました。」
ギルド長の目をしっかりと見てもう決めたことだと伝える。
「はぁーーー。自分で決めたんだ。しっかりやれ。」
「はい。」
「ところで、どうして魔法は勉強しなかった?」
「……火事になるといけないと思ってしませんでした。」
師匠が嫌がったからとはいえないよな。
「苦手だから教えなかったんじゃないのか?」
バレてた。
「………ルカの魔法の威力が分からなかったのもあります。」
「初心者のファイヤーボールに威力があるわけないだろう。せいぜい焚火の火種、火種にすらならん場合もある。」
ブラッディーウルフの口の中を焼けたし、俺のファイヤーボールは火種にはなると思う。
「ルカはファイヤーボールでブラッディーウルフに致命傷を負わせています。」
「………どうやって?」
「口の中から体内に直接ファイヤーボールを打ち込んだと。」
「……街の外にでる。ついてこい。」
突然、街の外に行くと言いだしたギルド長に引きずられて、街から少し離れた草原にやってきた。
「ルーカス、俺に向かってファイヤーボール打ってみろ。」
「ギルド長に向かってですか!?」
「水魔法で障壁を作るから心配するな。」
そうだよな、元S級ランクの冒険者だし俺のファイヤーボールで怪我する訳ない。つまり、
「遠慮する必要もないってことだよな。『炎よ集え、ファイヤーボール!!』」
俺の突き出した手の前にピンポン玉ぐらいの大きさの火の玉が出来て、次々とギルド長に向かって飛んでいく。なんか想像してたのと違うな。もっと大きいのが1個出来ると思ってた。ゲームで見たのを思い出してたら、大きな火の玉が出来て飛んでいく。ファイヤーボールって連弾だったのか。
「ルカ止めろ!!」
次々出来ては飛んでいく火の玉を見ていたら、師匠から制止がかかった。
……どうやったら止まるんだろう?止め方聞いてない。
「おい!ルカ!」
「師匠!どうやって止めるんですか?」
「どうやってて、詠唱をやめろ!」
「詠唱してません!」
「馬鹿か!詠唱してないのにどうして連弾で打てるんだ!?」
「どうしてですか?」
「俺に聞くな!」
どうやら普通のファイヤーボールは連弾じゃないらしい。じゃあこのファイヤーボールはなんだろう?
「おい!馬鹿な冗談言ってないでさっさと止めろ!」
ギルド長が怒ってるが、その姿は水蒸気でよく見ない。そして冗談は言ってない。
「ギルド長!どうやって止めるんですかー?」
「お前、本当に詠唱してないのか!?」
「詠唱してたら喋れません!」
「…それもそうだな。」
口は一つしかないのだから、喋ると詠唱は出来ない。当然のことだ。
その時、今まで順調?に出来ていた炎の球が突然消えた。
「止まった?」
「止まったんじゃない。おそらく魔力切れだ。」
いつの間にか師匠が近くに来ていた。
「魔法の練習、街中でしなくて良かっただろう?」
その言葉には同意する。これは間違いなく火事になるレベルだ。草を踏む音がしたのでそちらを見るとギルド長だった。そして俺は後悔した。見るんじゃなかった。
「ルーカス。」
抑揚のない静かな声だが、俺には分かる。ギルド長、すっげえ怒ってる。
「お前、当分魔法は使用禁止。」
「……………はい。」
「俺が教えられればいいが、流石にそんな時間は取れん。魔法ギルドに誰かいい奴がいないか聞いてやる。完璧に制御できるようになるまで、絶対に魔法は使うなよ。」
魔法使用禁止を言い渡された後、ギルド長の部屋に戻ると魔力制御の訓練方法を教えられ、俺の毎日の訓練に魔力制御の項目が追加された。
魔法の先生か。教えて貰えるのは嬉しい。でも次は普通の先生がいいな。特別教育は勘弁してほしい。
『普通の先生がいい。』俺の、このささやかな願いが通じなかったのを知るのは7日後のことである。
ありがとうございました。