決めた事
鳥の鳴く声で目が覚めた。目を開けた先には既に見慣れてしまった天井があった。喉の渇きを覚え、水を飲む為にベッドから降りようとしたのだが、身体が異様にダルい。上半身を起しただけで、激しい頭痛と目眩に襲われた。
「水…。」
「ほれ。」
頭を押さえ目眩と頭痛に耐えていると、目の前に水の入ったコップが差し出された。ともすれば、後ろに倒れそうになる身体を支えるのが精一杯で、ベッドから降りるどころではなかった俺は、ありがたく水を受け取り飲み干した。
冷たくておいしい。生き返る。水ってこんなにおいしかったんだ。水のありがたみをしみじみと感じていたところで、ふと疑問が浮かんだ。ここ、俺の借りてる部屋だよな?
俺が借りている1人部屋である。部屋の中に自分以外が居るはずないのだ。じゃあ、この水は?
空のコップを握りしめ、考えていると
「まだ飲むか?」
とても聞き覚えのある声に、顔を上げるとアンドリューさんが立っていた。
「なんで、アンドリューさんがいるんですか?」
疑問がそのまま口から転がり出た。
「水は飲むのか?飲まないなら寝ろ。」
「…飲みます。」
もう一杯水を貰い飲み干すとコップを取り上げられ、横になるように言われた。起きているのも限界だった為おとなしくベッドに横たわると、アンドリューさんの手が俺の額に載せられた。
「まだ熱いな。」
「?」
トントントン
控えめに扉を叩く音がして返事をする間もなく扉が開く。入ってきたのはおかみさんだった。
「アンドリュー、ルーカスの具合はどうだい?」
「起きてるぞ。熱はまだ下がらないがな。」
おかみさんがベッドに近づいてきた。
「良かった。目が覚めたんだね。昨日は全然目を覚まさなかったから心配したんだよ。」
「俺、どうしたんですか?」
「昨日、アンドリューがルーカスの部屋の前で騒いでいてね、あたしが呼んでも返事がないから鍵を開けて中に入ったら床に倒れてるんだもの。熱も高いし、本当に心配したんだよ。」
昨日?そういえば意識が無くなる直前誰かがドアを叩いていたような気もしたけど、あれはアンドリューさんだったのか。そして、俺は約一日眠ってた。
「すみません。ご迷惑をおかけしました。」
「いいんだよ。それよりなにか食べれそうかい?スープがあるよ。」
あまり食欲は無いけど、スープなら飲めそうだ。
「スープ貰えますか?」
「準備してくるから寝ないで待ってるんだよ。」
急ぎ足で部屋を出ていくおかみさんを見送る。そしてまたアンドリューさんと二人きりになってしまった。
「いつから具合悪かったんだ?」
ベッドの傍の椅子に座ったアンドリューさんがポツリと呟いた。昨日の朝、起きた時は体調に問題はなかった。ギルド支部から帰って来た時も不調は感じてない。心当たりはあるけど、これをいうと叱られる。絶対に、すっごく叱られるので絶対に言いたくない。
「自覚症状はありませんでした。倒れたのもあまり覚えてません。」
「そうか。だが、体調管理は冒険者の基礎だ。気を付けろ。」
「はい。心配と迷惑掛けて、すみませんでした。」
トントントン
再びノックの音が聞こえ、アンドリューさんが扉を開けに行った。
「ルーカス起きれるかい?」
おかみさんがスープを運んできてくれた。身体を起こそうとしているとアンドリューさんが身体を支えてくれ、壁と背中の間に余分にあった毛布を丸めて挟んでくれた。実に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。アンドリューさんってなんかお母さんみたいだ。むしろ、お母さんより優しいかもしれない。
「ありがとうございます。」
二人にお礼を言って、スープを飲む。全部飲み終わると、アンドリューさんが食器を下げて、緑色のドロドロした液体の入ったコップを渡してくる。
「ばあさんに作ってもらった熱冷ましの薬だ。」
アンドリューさんの顔と、コップの中身を交互に見たが、免除してはもらえなさそうだ。目が『早く飲め!』って言ってる。諦めて飲むしかない。思い切って一気飲みしたが、ものすっっっっっごく苦かった。飲み終わってすぐ水を飲んだが、苦味がなかなかとれなかった。薬を飲んだ後は横になっておくように厳命されておとなしく寝ている。
横になっていると次第に瞼が重くなってきた。
「昨日、ギルド支部から帰ってきてから、なにかあったのか?」
「なにもありません。」
そう、なにもなかった。水被って、部屋に戻って、これからのことを決めた。うん。なにもない。
「本当か?」
「うん。」
眠い。あの薬眠くなる成分でも入っていたのだろうか?
「じゃあ、ギルド支部を出たあとどこに行った?」
「踊るシルフ亭。」
「まっすぐ部屋に戻ったのか?」
「裏の、井戸に行った。」
「何しに?」
「汚れてたから、洗った。」
「………なにを。」
なにを?洗ったのは…
「パンツ。」
「………………」
いや、パンツはついでだった。洗ったのは…
「全身?」
「全身洗ったのか?どうやって?」
どうやって?えーと、どうやったんだっけ…。ああ、そうだ。
「水、被った。」
「ほう、冷たかったか?」
「うん。」
そう、水を被って洗った。冷たかったし、寒かったし、叱られるから内緒。
「どうして黙ってた?」
「………叱られる。だから内緒にする。」
「そうか。」
「うん。」
「起きろ!ルーカス!」
耳元で突然大きな声で呼ばれ目が覚めた。目の間にはアンドリューさんが満面の笑みがあった。但し、目は笑っていない。ものすごく怒気をはらんだ目で俺を見ている。
「この時期に、井戸水で、全身洗っただと!何を考えている。」
どうしてバレたんだ!?
ガチャリ
ドアノブを回す音がして扉が開く。
「病人のいる部屋でなに大声出してるんだい。」
おかみさんが目を吊り上げて入ってきた。
「まだ熱だって下がってないんだから、ゆっくり寝かせてやらないと駄目だろう。」
「おかみ、こいつがこんなに馬鹿だとは俺は思っていなかった。」
大変お怒りであるアンドリューさんをみていれば、真実を知ったおかみさんがどんな反応をするかは、たやすく想像できる。そろそろと布団を頭まで引き上げようとしたが、凄まじい目つきで、睨まれて動けなくなってしまった。
「こいつ、この時期に、井戸水で、全身洗いやがった!!」
「!?」
おかみさんが、信じられないって目で俺を見る。そして否定しない俺をみて真実だと悟ったらしい。
「なんてことしてるんだい。身体壊すのも当たり前だよ!」
「ごめんなさい!」
とっさに謝ったが、当然許して貰えなかった。その後も説教は続き、昼食、夕食まで続いた。とっても長い説教だったが、就寝前にようやく解放された。まさか、ポーション飲まされてまで、説教されるとは思わなかった。怪我だけかと思ってたら、疲労回復・体力回復の効果もあるらしい。
水浴び2度としないと心から誓った。
次の日、スッキリと目が覚めた。身体の不調もなにもなく、起き上ってもなんともない。薬がよかったのか、それとも説教の合間に飲まされたポーションがよかったのかは分からないが、なにはともあれ良かった。健康とは大切な物であると心から思った。
身体を解す為、軽く柔軟体操をしていると扉を叩く音がした。
「おはようございます。アンドリューさん。」
「もう平気なのか?」
「はい。ありがとうございました。」
「飯食いに行くぞ。」
一緒に食堂に向かう。
食事が終わったら、アンドリューさんにきちんと話そう。
「おはよう、もういいのかい?」
「おはようございます。はい、大丈夫です。ありがとうございました。」
おかみさんにも大分と心配を掛けてしまった。これからは気を付けよう。
朝食を食べ終わったあと、アンドリューさんに時間があるかを聞いたら大丈夫とのことだったので、一緒に俺の部屋に戻った。
アンドリューさんに椅子を譲って、俺はベッドに座る。そして、俺は倒れる前に決めたこれからのことについて話した。俺の話が終わるまでアンドリューさんは黙って聞いてくれた。
「分かった。魔法以外は俺が教えてやる。」
「アンドリューさんが、ですか?」
「なんだ?おれじゃ不満か?」
「いえ、………呆れられてると思ってたので。」
まさか、買って出てくれるとは思わなかった。
「呆れてはいるぞ。この時期に水浴びなんざする奴呆れられて当り前だろうが。」
「すみません。…本当にいいんですか?」
「元々お教えるつもりだった。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「あと、名前ルカって呼んでいいか?」
ルカって呼ばれるのも久しぶりだな。そう呼ぶの父さん達だけだったし。
「はい。俺もアンドリューさんの事『師匠』って呼んでいいですか?」
「好きにしろ。じゃあ文字から始めるか。」
「よろしくお願いします。」
全ては元の世界に帰る為、誰になんと言われようと俺は冒険者は続ける。その為に必要な事は何だってやってみせる。絶対に諦めてたまるものか。
読んでいただきありがとうございました。
今日から1話ずつの投稿に戻ります。これからもよろしくお願いします。