自白~これからのこと アンドリュー視点
遅い。いつまで寝てるんだ、あいつは。
宿の1階にある食堂で、ルーカスを待っているが降りてくる気配はない。昨日の事があるから顔を合わせたくないのかもしれないが、ギルド長の呼び出しを無視するわけにはいかない。
仕方なく腰を上げると、ルーカスの部屋に向かう。
トントントン
「ルーカス、起きてるか?」
声を掛けてみるが中からの応えはない。何度か呼びかけてみるがまったく反応がないのだ。ドアノブを回してみると、なんの抵抗もなく扉は開いた。鍵が掛かっていなかったのだ。不用心だろうと思いつつ、室内に足を踏み入れる。
「おいルーカス、サッサと起き……。」
ベッドの中は空っぽだった。部屋の中にもいない。隠れられるようなスペースもない。ベッドの上には汚れたクシャクシャのシャツとズボンが放り投げられている。上着やマント、カバンは無い。つまり、
「あいつ、一人で行きやがったな!」
沸々と込み上げてくる怒りを抑え、投げてあるシャツとズボンを持つと部屋を出た。1階に下りてすぐにおかみに鍵とシャツとズボンの洗濯を頼むと、急いでギルド支部に向かった。
ギルド支部に着くと冒険者ギルドのカウンターに向かう。
「おい、ルーカスは来てるか?」
挨拶もせず、確認すると既にギルド長の部屋に通されている事が分かった。案内を断り急いでギルド長の部屋に向かう。
ドンドンドン
扉を叩くと誰何の声が聞こえた。
「アンドリューです。失礼します。」
名乗りを上げ、返事を待つことなく扉を開けて室内に入る。ギルド長の正面にある椅子にルーカスは座っていた。
「おい、俺は許可を出してないぞ。」
ギルド長が文句を言ってくる。
「申し訳ありません。」
謝罪して、ルーカスの傍に立つ。
「ルーカス。」
名を呼ぶと僅かに肩が揺れた。だが返事はない。
「ルーカス。」
苛立ちを抑え、再度名を呼んでも、ルーカスは返事をしなかった。もう一度名を呼ぼうとした時、ギルド長が口を挿んできた。
「アンドリュー、落ち付け。お前がここに来るように言ったんだろう?」
「俺は、朝飯を食ったらギルド長のところに連れていくと言ったんです。一人で行けとは言ってません。」
会った事のない相手に一人で行けと放り出すような事はしない。それに、ルーカスの秘密がばれる可能性もある。それを防ぐためにも、一人で行かせる気はなかったのだ。
ルーカスは黙り込んだままだ。声を掛けようとした時、
「お前ちょっと黙ってろ。」
黙ってろとはどういう事、反論しようとしたが
「どう…」
「いいから、黙ってろ。」
再度命じられ、仕方なく口を閉じた。
ギルド長は立ち上がり、ルーカスの正面に立つ。
「顔見せろ。」
ルーカスの肩がビクリと揺れ、ギシギシと音がしそうなぎこちない動きで目の上に置いていた布をどかすと、ゆっくりと目を開いた。
目元にはまだ赤味があり、泣いたのがよく分かる。泣いた原因はおそらく俺だろう。
「少しはマシになったな。それで、アンドリューと喧嘩でもしたのか?」
喧嘩ではない。いつまでの終わった事をウジウジというアイツに腹が立ったから、言いすぎてしまった。突然知らない世界に連れてこられたのに、人違いだと放り出され、元の世界に帰りたくて剣を持った。特に、昨日はいろいろありすぎて感情が高ぶっていたのだろう。人が傷つき、死ぬ事が当り前じゃない世界から来たのだからそう簡単に気持ちの整理が出来る訳もなかったのだ。もう少し考えてやるべきだった
ルーカスも首を横に振り、否定した。
「じゃあなにがあった?」
「……アンドリューさんの、腕の、ことで、おれが…。」
「その時お前はその場にいなかったんだろう?」
「俺が、剥ぎ取りの仕方が分からないっていったら、アンドリューさんが教えてくれるって、昨日と一昨日一緒に森に行ったんだ。俺が剥ぎ取りの仕方を知らないなんて言わなければ、森に行かなかった。」
結論からいうと、ルーカスがいなくても森には行っていた。ルーカスには教えていなかったが、あの森の奥に、温泉があるのだ。近くには小屋もある為、そこに行くつもりだった。ルーカスがいなければ、俺は一人で行って死んでいただろう。
「お前、冒険者を辞めろ。」
言われると思った。このままでは近い将来、命を落とすだろう。それが分かっているから冒険者を続けさせる事はできない。おそらく、ルーカスはなぜ辞めろと言われたのか分からないだろう。驚いて、目を見開いているその表情からよく分かる。どうしたものかと思っていた時、かすかな声が聞こえた。
「俺が弱いから、俺が偽物だから、俺が『本物の勇者』じゃないから…」
「っ!?ルーカス!!」
慌てて、名前を呼んだが遅かった。口に出していたつもりはなかったのだろう。驚いて俺を見ていたが、ビクリと身体を震わせて、そろそろと正面に顔を戻した。ギルド長の顔を見た瞬間、背もたれにめり込む勢いで、後ずさっていたが当然逃げられる訳ない。
「『偽物』とか『本物の勇者』ってどういうことだ?」
ルーカスをは真っ白な顔で俺を見上げてくる。自覚は無かったようなので、教えてやる。
「声に出てたぞ。」
「おい、質問に答えろ。どういうことだ?」
ギルド長の顔を見たルーカスが視線を逸らそうとしたが、頭を鷲掴みにされて固定されてしまう。
「言いたくないなら言わなくてもいい。だがな、頭、砕かれたくないだろう?」
諦める他ないだろう。幸い、口は堅いし吹聴する事は無いだろう。
「ルーカス、諦めろ。ギルド長も他言しないと約束してください。」
「約束しよう。他の者には言わん。」
ギルド長も他言しない事を約束し、ルーカスは全てを話した。
「噂は本当だったのか。それにしても異世界とはな…。強制的に異世界から連れてこられたのに、人違い。元の世界には帰せないと言われ、殺されはしなかったけど、50,000ソルと僅かな服だけ持たされて城から追い出され、元の世界に帰る方法を見つける為に冒険者になったが、買い物先の武器屋で呪いの腕輪を押し付けられたって、お前呪われてるんじゃねえの?…あぁ、呪われてるんだったか。ところで、本当に目だけか?俺が知ってる限りお前で10人目だが、前の9人には男はみんな同情した。詳しく知りたいか?」
返事は早かった。
「いえ、遠慮します。」
よほど知りたくないらしい。若干うんざりしているように見えるのは間違いではないだろう。
「そうか。ところで、お前隠してる事は他にはないだろうな?」
その言葉に、ルーカスはかすかに顔をひきつらせた。コイツまだなにか隠してやがる。
「ありま…」
頭。」
隠しておくつもりだったようだが、俺にバレたのだ。ギルド長が気付かない訳がない。そして、呟かれた一言で勝負はついた。本当に隠し事が下手な奴だ。
「………あります。」
「アンドリューにも話してないのか?」
ちらりとアンドリューさんの顔をみて頷いた。モゾモゾと居心地悪そうにしている。いったい何を隠していたのだろう?
「なに隠してた?」
「魔法属性と呪いの効果です。」
「アンドリュー、お前の知ってるこいつの属性はなんだ?」
「火と土です。」
「ルーカス、本当の魔法属性は?」
「火、土、雷、光です。」
「「・・・・・・・」」
4属性、しかも光属性だと!?いや、きっと対応色を間違えて覚えているのだ。
「ルーカス、対応色は知ってるか?」
「?火が赤、土が茶色、雷が黄色、光が白、ですよね。」
不思議そうに言った対応色は間違えていなかった。
「透明と白は違うぞ?」
「知ってますけど…。」
ギルド長の問いにも、どうして当たり前の事を聞くのだろうという表情で見ていたが。途中で勘違いしていると思われている事に気付いたらしい。少し涙目になってる。
「本当に白だったんだな?」
「間違いなく白でした!見間違いでも勘違いでもありません!」
ギルド長の念押しにも、ハッキリと答える声は泣きそうな声だった。少しかわいそうだったかもしれない。
「誰にも言ってないんだな?」
「はい。俺以外に知ってるのはアンドリューさんとギルド長だけです。」
「分かった。光属性の事は神殿の奴らに絶対に知られるなよ。」
神殿の危険性とを説明すると素直に誰にも言わない事を約束した。なぜ、魔法属性を隠したのかも理由を聞けば、納得できるものだったのでこの件は許すことにした。続いて聞いた、呪いの詳細も信じられなかったが、ギルド長の誰も口にしない二つ名を知っていたので、信じた。
ルーカスの自爆から始まった暴露劇も終わり、カウンター破壊の罰も決定した。 要件はこれで終わりなので、一緒に帰ろうとしたが、ギルド長に引き留められた。
ルーカスが出て行き、扉が閉まった。
「アンドリュー、お前いつ知ったんだ?」
「昨日です。」
「じゃあ、あいつの世界の事はなにも聞いてないのか?」
「魔物のいない、魔法のない世界だと言ってました。」
魔物がいない、魔法も無いというのは想像できない世界ではある。どうやって生活しているのか興味もあるので、いつか訊いてみようと思っている。もちろん、ルーカスが嫌がらなければの話だが。
「まさか『勇者』じゃない奴が光属性を持ってるとは思わなかったんだろうが、王家も勿体ない事をしたな。」
「本当に『勇者』ではないのですか?」
「なにか気になる事でもあるのか?」
「ブラッディーウルフですが、1体はルーカスが一人で倒しました。」
そう、一番の疑問はこれだ。Gランク冒険者が一人でブラッディーウルフを倒した。しかも魔石持ちを変異種をだ。普通はありえない。
「俺は、お前が4体倒したと聞いていたが?」
「注目され、王家に目を付けられても厄介だと思い、俺が隠させました。」
「あいつの事情を考えれば、仕方ないか。おい、本当にもう隠してる事はないだろうな?」
「ありません。」
しばらく考えたあと、ギルド長が口を開いた。
「お前はどうする?」
「俺はルーカスが嫌がらなければ、文字や、この世界の事を教えたいと思っています。」
「10日後、もう一度連れてこい。その時、これからどうするか聞いてその話によっては協力してやる。」
「協力とは?」
「その時教えてやる。もう帰っていいぞ。」
協力の内容について今話す気は無いらしい。許可も出たし帰るとするか。
「分かりました。10日後、連れてきます。では、失礼します。」
10日後の約束をして部屋を出ると急いで外に出る。途中でアプルを2個買って宿に帰ると、ルーカスの部屋に行く。
トントントン
「ルーカス、俺だ。」
呼びかけてみるが返事はない。
ドンドンドン
「おい!アンドリューだ。ルーカス開けろ!」
部屋の中は静まり返ったままだ。まさか、まだ避けてるのか!?
ドゴンドゴンドゴン
「ルーカス!いい加減にしろ!」
「アンドリュー!何やってるんだい!」
扉を叩きながら、ルーカスを呼んでいるとおかみがやって来た。
「ルーカスが出てこないんだ。…おい!ルーカス!!」
「他のお客さんの迷惑だよ。静かにしな!それに、本当に帰ってきてるのかい?」
「先に帰したんだ。いるのは間違いない。」
「あんたはちょっと黙ってな。……ルーカス、どうしたんだい?居るのなら返事ぐらいしておくれ!」
おかみが呼びかけても、返事は帰ってこなかった。
「おかしいねぇ。…ルーカス、開けるよ?いいね?」
おかみがポケットから鍵を取り出して扉の鍵を開ける。
ガチャ!
鍵が開いた瞬間、扉を開けて中に入る。
「ルーカスいい加減に!?おい、ルーカスどうしたんだ!おい!」
俺と顔を合わせたくなくて、ベッドにでも潜り込んでいるのであろうと思っていたルーカスが床に倒れていた。慌てて肩を掴み揺さぶるが反応はない。
「アンドリュー、ちょっとどきな。」
俺に続けて部屋に入ってきていたおかみが、俺を押しのけてルーカスの傍に屈むと額に手を当てた。
「すごい熱じゃないか!はやくベッドに寝かせな。床の上じゃ悪化するだけだよ。それと、薬屋のおばあちゃんに熱冷ましの薬を貰って来ておくれ。」
おかみに言われて、ルーカスをベッドに移動させると、薬屋のばあさんに熱冷ましの薬を貰いに行った。薬を貰い、部屋に戻る。おかみは宿の仕事もある為戻ったが、かなり心配していた。
結局一晩中看病をして、翌朝目を覚ましたルーカスを問い詰めたところ、この寒空の下水浴びをした事を白状した。俺とおかみから説教されたのは言うまでもない。
読んでいただき、ありがとうございました。




