冒険者ギルドのギルド長からの呼び出し
「おい、起きろ!」
乱暴に肩を揺す振られ目が覚めた。
目を開けると、目の前にアンドリューさんがいた。
「おはようございます。」
どうして、アンドリューさんがいるんだろう?寝起きの頭で考える。一緒に森に行って、そして……。ハッとしてアンドリューさんの右腕を見る。
「夢じゃなかったんだ。」
やはりそこに腕は無かった。
コンコンコン
ドアをノックする音する。慌ててベッドから降りて扉を開けに行こうとしたら、その前にアンドリューさんが扉を開けてしまった。俺の部屋なのに…。
部屋に入ってきたのは、おかみさんだった。そしてその手には湯気を立ててるシチューの皿が二つとサンドイッチとサラダが載ったお盆を持っていた。
お盆をテーブルに置いて、ベッドの上に座り込んでいる俺を見る。
「ルーカスもお腹が空いただろう。食べ終わったら食器は下に持ってきておくれ。」
「分かりました。」
他の事には触れずにおかみさんは出て行った。
「腹減っただろう。食うぞ。」
イスに座り、早速食べ始めたアンドリューさんを見て俺もシチューに手を伸ばした。
しばらく無言で食べていたが、アンドリューさんが口を開いた。
「明日、朝飯食ったらギルド支部に行くぞ。」
ギルド支部…行きたくない。
「行きたくないって顔してるが、冒険者ギルドのギルド長からの呼び出しだから諦めろ。」
冒険者ギルドのギルド長ってことは、冒険者ギルドの責任者だろう。そういえば、責任者出せって怒鳴ったな。
「あと、もう少し力加減を覚えろ。ギルドの備品を過失で壊したら罰がある。腹が立ったからってカウンターに穴開けるんじゃない。」
「カウンターに穴ですか?」
素手でカウンターに穴なんて開けられるわけない。勘違いされてるんだろうか?
「気づいてなかったのか?きれいに穴が開いてて、ギルド長も呆れてたぞ。」
「だって……。」
アイツら冗談だって言って笑ったんだ。許せるわけない。
「とにかく、明日はギルド支部に行く。分かったな?」
「…………………はい。」
なんとか夕飯を流し込み、食べ終えた食器を下に持っていく。
部屋に戻ると、テーブルの上には金貨が積まれていた。
「今回の討伐の報酬だ。総額3,489,200ソル、俺が2,610,000ソル、お前の取り分は残りの879,200ソルだ。」
いらない。討伐報酬なんて俺はいらない。
「『いらない』なんていうなよ。これはお前の取り分だ。俺は下級ランク冒険者の報酬を譲られるなんて御免だ。ブラッディーウルフ1体分の討伐報酬と素材、お前が倒して剥いだ素材を売った金だからお前の正当な報酬だ。受け取れ。」
俺の前に金貨8枚、小金貨7枚、銀貨9枚、小銀貨2枚を置く。
「ごめんなさい。俺が、俺のせいで、」
俺が剥ぎ取りの仕方が分からないなんて言ったから。俺がアンドリューさんの好意に甘えてしまったから。森に行かなければ、こんな事にならなかったのに。
「何度も言わせるな。お前のせいじゃない。」
「でも、俺が剥ぎ取りの仕方が分からないなんて言ったから!」
「俺が勝手に教えると決めて、俺がお前を森に連れて行ったんだ。」
「でも!!」
ガタン!
「分かった。もういい、勝手にしろ!」
アンドリューさんは勢いよく立ち上がるとそのまま部屋を出て行ってしまった。
怒らせてしまった。勝手にしろって、俺は見捨てられたのか。
呆然と扉を見ていたが、ふとテーブルの上を見ると俺の取り分だと言ったお金が置いたままになっている。力が抜けてそのままベッドに倒れこむ。
見上げていた天井が不意に歪んだ。目が熱い。
「ふっ…うぅっ……」
心の中は滅茶苦茶だ。後悔、怒り、悲しみ、いろいろな感情が渦巻いている。枕に顔を押し付けて声を殺す。今日は泣いてばかりだ。小さい子供じゃあるまいし、本当に情けない。
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そっと部屋に忍び込む者がいた。ベッドで俯せで眠っているルーカスの顔を覗き込み、ため息をつく。テーブルの上に広げられたままのお金を見て懐から小さな袋を取り出した。音を立てないよう、慎重に袋に仕舞うと口を閉じて、枕元に置く。そして入ってきた時と同様に、そっと出て行った。
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顔に当たる光で目が覚めた。体を起こし部屋を見渡す。テーブルの上に置きっぱなしにしていたお金が無くなっている。驚いてベッドから降りようとした時、チャリッという音がした。見てみると、枕元に小さな袋が置かれていた。中を見てみると、お金が入っていた。全部出して確認してみたら、昨日アンドリューさんが置いて行ったお金が全額入っていた。俺は袋に入れた記憶はない。1人思い当たる人物はいたが、そんなはずない。迷惑を沢山かけて、呆れられて、見捨てられたのだから。
頭を軽く振って、思考を中断する。カバンからタオルを取り出し、水差しに残っていた水で濡らして顔を拭く。体も軽く拭いて替えの服に着替えて、1階に降りる。いつもの時間より早いせいか誰もいなかった。食欲もなかったので、そのまま外に出てギルド支部に向かう。いつもより時間をかけてたどり着いたギルド支部の建物の中に入る。冒険者ギルドのカウンターを見るとネイダさんがいた。
「おはようございます。」
俯き加減でネイダさんに話しかける。カウンターに目を走らせると穴が開いている箇所があった。確かに、あの辺りを殴った気もするが、よく思い出せない。
「おはようございます。ルーカスさん。どうされたんですか?どこか具合でも悪いんですか?」
心配そうに聞かれるが、みっともない顔をしてるからなんて言えるわけもない。
「大丈夫です。あの、冒険者ギルドのギルド長に呼ばれたんですけど、どこに行けばいいですか?」
「ギルド長に呼ばれたって、何をしたんですか?」
無言でカウンターの穴を指差す。
「あれ、ルーカスさんがやっちゃったんですか?」
コクリと頷く。
「アンドリューさんのお連れの方はルーカスさんだったんですね。昨日は新人の子が酷い事を言ったと聞きました。本当にごめんなさい。でも、だからといって備品を壊したら駄目です。これからは気を付けてくださいね。」
昨日の奴は許せないけど、器物破損はよくないので素直に謝る。
「はい。ごめんなさい。」
「ギルド長から呼び出されたんでしたね。案内します。ついてきてください。」
案内してくれるというネイダさんに連れらて2階に上がる。右に折れて、あとはそのまま真っ直ぐと進む。そして一つの扉の前で足を止めた。
コンコンコン
「だれだ?」
中から、男の人の声がした。
「ネイダです。カウンター破損の件でお呼びしたルーカスさんをお連れしました。」
「…入れ。」
「失礼します。」
ネイダさんが扉を開けて中に入っていく。俺も続けて部屋の中に入った。
「ネイダ、お前は持ち場に戻れ。」
「はい。失礼します。」
会釈して、ネイダさんは部屋を出て行った。
そして扉が閉じられたのを確認して、ギルド長が口を開いた。
「俺はアーロゲント国冒険者ギルド長のマクレーンだ。」
「ルーカスです。カウンターに穴を開けてすみませんでした。」
怒られるかと思ったのだが自己紹介から始まったので、名乗るのと同時に謝罪もする。
「そこの椅子に座れ。アンドリューはどうした?」
「…っカウンターに穴を開けた罰があると聞きました。穴を開けたのは俺です。アンドリューさんは関係ありません。」
「そうか。おい、人と話す時は目を見て話せって言われなかったか?顔を上げろ。」
俯き加減で話をしていたのを咎められてしまった。失礼な態度だとは思うが、正直今の俺の顔は見れた顔じゃない。もう少し冷やすとかしてくれば良かった。今更後悔しても遅く、顔を上げてギルド長を見る。
俺の顔を見たギルド長はギョッとした顔をした。そんなにひどい顔なんだろうか?
「はぁーーーーー。」
大きな溜息をついて、置いてあった水差しの水で布を濡らす。
「これで目を冷やせ。なんだ?アンドリューに叱られたのか?あと、座れ。」
差し出された布を受け取り、椅子に座る。
「おい、俺が泣かせたみたいだから早く目も冷やせ。」
貰った布を目に当てると、冷たくて気持ちよかった。だが、罰を与える為に呼び出したんじゃなかったのだろうか?
「お前いくつだ?」
「15才です。」
唐突だな。罰となにか関係があるのだろうか?
「15か。親はどうした?この街にいるのか?」
「親は遠くにいます。この街にはいません。」
「田舎から出てきたばかりか?」
「はい。」
「金貨5枚、小銀貨3枚、銅貨3枚を二人で分けるとどうなる?」
「金貨2枚、小金貨5枚、小銀貨1枚、銅貨6枚、小銅貨5枚です。」
「嘘付いたな。」
「は……いいえ。」
危ないとこだった。
「田舎から出てきたってのは嘘だろう?」
「本当です。」
「あのな、田舎から出てきたばかりの奴がそんなに早く計算できると思ってるのか?」
「俺はできます。」
計算が出来る事は隠さないほうがいい。俺が文字を書けないのは知らないだろうし、怪しまれたりはしないだろう。
「勇者の伝説を知ってるか?」
「知ってます。争いが満ちた時、神より遣わされる者ですよね。」
「ほう、なら当然月の巫女の伝説も知ってるよな。」
月の巫女の伝説?そういえば、ネイダさんが初代月の巫女が最強だったとか言ってたような気がする。でも、月の巫女の伝説なんて知らない。
「勇者の伝説を知ってて、月の巫女の伝説を知らない訳ないよな。子供でも知ってる事だ。」
ダラダラと冷や汗が背中を流れる。どうしよう。
ダダダダダダダダッ
誰かが廊下を走ってくる音が聞こえる。その音は部屋の前で止まった。
ドンドンドン
ノックではなく、ドアを激しく叩く音が室内に響く。
「誰だ!」
「アンドリューです。失礼します。」
聞き覚えのある声と名前だ。その人物はギルド長が許可を出す前に部屋の中に入ってきた。
「おい、俺は許可を出してないぞ。」
「申し訳ありません。」
入ってきた人が俺のすぐ傍に立つ気配がした。見るのが怖くてタオルを目に置いたまま固まっていた。
「ルーカス。」
低い声が俺の名前を呼ぶ。怒ってる。
「ルーカス。」
怒りを堪えるような声に再度呼ばれても、俺は返事をする事はできなかった。
「アンドリュー、落ち付け。お前がここに来るように言ったんだろう?」
「俺は、朝飯を食ったらギルド長のところに連れていくと言ったんです。一人で行けとは言ってません。」
「お前ちょっと黙ってろ。」
「どう…」
「いいから、黙ってろ。」
「・・・・・・」
ギルド長がアンドリューさんを黙らせると、俺に近づいてくる。
「顔見せろ。」
ビクリと肩が揺れた。ギクシャクとしたぎこちない動きで目の上に置いていた布をどかす。
恐る恐る目を開けると、目の前にギルド長が立っていた。
「少しはマシになったな。それで、アンドリューと喧嘩でもしたのか?」
首を横に振り否定する。
喧嘩じゃない。俺が呆れられて見捨てられただけだ。
「じゃあなにがあった?」
「……アンドリューさんの、腕の、ことで、おれが…。」
「その時お前はその場にいなかったんだろう?」
「俺が、剥ぎ取りの仕方が分からないっていったら、アンドリューさんが教えてくれるって、昨日と一昨日一緒に森に行ったんだ。俺が剥ぎ取りの仕方を知らないなんて言わなければ、森に行かなかった。」
森に行った元々の原因は俺だ。
「お前、冒険者を辞めろ。」
突然の言葉に驚いてギルド長を凝視する。
(俺が弱いから、俺が偽物だから、俺が『本物の勇者』じゃないから)
「っ!?ルーカス!!」
焦ったようなアンドリューさんの声に驚いて、思わず見てしまう。訳が分からずにいたら、正面から鋭い視線を感じ視線の主をみる。ギルド長が怖いほど真剣な顔で俺を見ていた。思わず後ずさろうとしたが、背もたれが邪魔して逃げられない。
「『偽物』とか『本物の勇者』ってどういうことだ?」
ギルド長の問いに俺は目を見開いた。
ありがとうございます。