腕の治療
あの後なんどか休憩をしながら、ようやく街に帰ってきた。
「アンドリューさん。早く病院に行きましょう!」
「ルーカス、びょういんってなんだ?」
俺は固まった。この世界には病院はないのか?じゃあ怪我したり病気になったらどこに行くんだ!?
「病院ないんですか?」
「だから、びょういんってなんだ?」
「怪我や、病気を治療してくれるところです。ないんですか?」
「怪我は回復薬や魔法でで治せるし、病気はじっとしてれば治る事もあるだろう?」
この世界の医療技術はかなり遅れているようだ。
「じゃあ、どこにいけば…腕の治療をしてもらえるんですか?」
「回復薬を買えばいいじゃねえか。」
「・・・・・・!神殿は?たしか治癒の適性をもった人がいるって…。」
魔法ならと期待を込めてアンドリューさんを見たら、すごく困ったような顔で俺を見下ろしていた。
「ルーカス。魔法も、回復薬も、効果は変わらん。魔法で治療しても、元には、戻らない。」
小さい子供言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そう、ですか。」
期待した分、それ以上に気持ちが落ち込む。
「しょうがない奴だな。途中で回復薬買ってギルドに行くぞ。」
「はい。」
アンドリューさんが向かったのは、俺が回復薬を買ったおばあさんのお店だった。
「よう、ばあさん。生きてるか?」
「そういうお前さんこそ、まだ生きてたのかい。最近顔も見せないからとうとう死んじまったかと思ってたんだがねえ。」
「そう簡単にくたばるか。それより回復薬を10本くれ。」
「仕方ないねえ。ちょっと待ってな。」
おばあさんが奥の部屋に入っていく。回復薬を取りに行ったのだろう。
「ここの回復薬が一番質がいいんだ。お前の持ってたのもここの回復薬だろう?」
回復薬に違いなんてあったのか?不思議に思いアンドリューさんを見上げる。
「回復薬は作るやつの技術力で差が出る。同じように作っても、同じだけ回復するとは限らん。ばあさんの回復薬は、この街で売っている回復薬の中でも特に質がいい。お前も買うならここがいいぞ。」
そうだったのか。知らなかった。武器屋の親仁さんに感謝だな。
「世辞を言ってもまけないよ。回復薬10本だ。確認しな。」
「本当にそう思ってるんだがな。確かに10本確認した。」
アンドリューさんがポケットから小金貨を取り出して支払いを済ませると、早速1本飲み始めた。
「ざまあないね。右腕かい?」
「あぁ、喰われた。」
1本目を飲み終わり、2本目を開けながらあっさりと腕を失くした事を告げた。
「そうかい・・・・・・・・!喰われた!?」
「あぁ。」
おばあさんが驚いているが、まったく気にせず2本目を飲み始める。
「『あぁ。』じゃないよ!腕を見せな!」
血相を変えたおばあさんが、アンドリューさんのマントを剥いだ。
「ルーカスが、ばあさんの回復薬を持ってて助かった。」
本人はのほほんとしているが、そんなのんびりしている場合ではないと思う。
「傷はもう塞がってるが、腕の付け根から噛み千切られてるね。アンドリュー、なにがあったんだい?」
「ブラッディーウルフの変異種4体に襲われた。ルーカスは薪を拾いに行かせてたから無事だったんだが、流石の俺も変異種4体は厳しかった。ルーカスがいなきゃ死んでたな。」
その言葉で、後ろにいた俺にようやく気付いたようだ。
「一昨日、買いに来た腕輪の子だね。」
「はい。」
「腕輪の子?」
そういえば、アンドリューさんには呪いの腕輪の事言ってなかった。
「無事で良かったね。回復薬はまだ持ってるのかい?」
「あと1本残ってます。」
「おい、腕輪の子ってなんだよ?」
おばあさんはアンドリューさんを無視して俺に話しかけてくる。
「お前さんも買っとくかい?」
「おい!だから、腕輪の子ってなんだよ?」
回復薬1本しかないのも不安だから俺も買っておこう。
「あっ、じゃあ4本ください。」
「おい!!無視すんな。腕輪の子ってなんだよ!」
「持ってくるからちょっと待ってな。それと、アンドリューさっきからうるさいねえ。怪我人らしく静かにしてな。」
『腕輪の子』については触れず、静かにしろと言い放って回復薬を取りに行ってしまった。
置いて行かれたアンドリューさんの視線が俺に向けられる。俺は、そっと視線を逸らした。
「『腕輪の子』ってなんだ?」
そっと、アンドリューさんを見てみると笑っている。だがよく見ると、目が笑ってなかった。とても怖い。背中に嫌な汗が流れる。
「『腕輪の子』ってなんだ?」
繰り返される問いに奥に続く扉を見るが、おばあさんが戻ってくる気配はない。話し終わるまで帰ってこない気がするのは気のせいだろうか?無言の重圧を感じて、俺は諦めた。
「呪いの腕輪を知ってますか?」
「エムルが持ってる腕輪の事か?」
エムルって誰だろう?俺に腕輪を押し付けた奴の事だろうか?
「下半身関係の呪いと、呪いで新しい世界の扉を強制的に開かされた人ですか?」
「………いろいろ突っ込みたいとこもあるが、そうだ。」
「一昨日、武器屋に行ったときに腕輪を押し付けられたんです。」
「…………お前、ほんっっっっっっっとうに運が悪いな。」
そんなに力いっぱい言われると、本気でへこみます。
「それで、呪いは?…いや、お前にもプライドがあるよな。すまない。」
「いえ、大丈夫ですよ?俺の呪いは目の色が金色に変わる呪いですから。」
「…ホントか?」
「本当です。」
疑わしそうな目で見てますけど、本当ですよ。下半身に問題はありません。
「そうか、よかった、よかったな。」
そんなに(下半身の)心配されるとは思いませんでした。
「待たせたねえ。回復薬だよ。」
丁度いいタイミングでおばあさんが戻ってきた。聞いてたのか?
「ありがとうございます。」
回復薬を貰い、銀貨4枚を支払ったとき、
「本当に、よかったねえ。」
小さい声だったけど、ちゃんと聞こえました。おばあさん、しっかり聞いてたんですね。
でも、前の所有者の呪いがあんな呪いだったからって、みんなが同じ心配をするのはおかしい気もする。、歴代の所有者全員が下半身関係だったんだろうか?
「よし、じゃあギルドに行くぞ。」
「アンドリュー、これも持っていきな。」
おばあさんが小さな袋をアンドリューさんに投げ渡した。
「使い方は分かってるだろう。ちゃんと飲むんだよ。」
「ばあさん…。ありがとうよ。」
空中で捕まえた袋の中の物が何なのか、アンドリューさんにはしっかり伝わったらしい。驚きながらも、笑って礼を言っている。
「それじゃ、またな、ばあさん。」
アンドリューさんはそのまま店を出ていく。俺も急いで追いかけようとした時、
「アンドリューを助けてくれてありがとうよ。回復薬が必要になったらいつでもおいで。」
おばあさんがそう声を掛けてくれた。
だから、思わず聞いてしまった。
「憎くはないんですか?俺の事。」
「なぜだい?」
「俺は、何もできなかった。」
「持っていた回復薬を飲ませてやったんだろう?」
「でも、!」
「アイツはCランクなんだ。最下級ランクの冒険者がいたせいで怪我をしたなんてただの言い訳だよ。アンドリューの事を本当に後悔してるなら、次後悔しないように強くなりな。ほら、アンドリューが待ってるだろうから、もう行きな。」
一度頭を下げて、店の外に出る。壁に凭れてアンドリューさんが待っていた。
「行くぞ。」
他の事には触れず、ただ一言だけ告げて歩いていく背中を俺は追いかけた。
いつもありがとうございます。