前編
「頼む、我らが悠遠様の為に動く肉盾になってくれ!!」
「くたばれ!!」
私の不幸はその時から始まった。
世の中には不釣合いなカップルが意外と多い。
凪国しかり。
津国しかり。
海国しかり。
泉国しかり。
あれ?殆どの国がそうじゃねぇ?
これは、そんな国々と同じく、やはり不釣合いなカップルのお話である。
十二王家が一つーー風家。
その家が治めし風界にある大国ーー嵐国。
その名の通り、嵐を司るかの国は風界の中でも五指に入る大国として名を馳せる。
しかしその国の王は、嵐の名とは裏腹の儚く幽艶な美女だった。
年の頃は二十歳を少し超えたばかり。
気品がこぼれ落ちる様な風になびくプラチナの長髪、慈愛の色を宿す空色の瞳。
白い陶器のような艶めかしい肌と、対称的な紅い唇。
ほっそりとした中性的で蠱惑的な曲線が造り出す肢帯から滲み出る妖艶な色香。
天が造り出した完璧な美の化身。
と、ここまでならばどう見ても女性だが……。
実は、正真正銘男なのである。
名を、悠遠。
両親は共に、傾国として国を傾けた伝説の存在であり、自身も物心つく前から多くの国々の権力者達を翻弄した美しき至上の花だった。
男ながら、多くの権力者達の寵妃としてあった時期から可憐が服を着て歩いていた様な彼は、その性格も本当に可愛らしかった。男達、いや、女達の庇護良くをそそり、それこそ真綿で包むように、生まれたての雛に接する様に触れなければ。
といっても、それど同時に殆どの者達が彼に肉欲をぶつけていたが、王となった現在ではそういう輩はほぼ排除され、彼の傍には近づけない。
上層部から大切に大切に守られている彼は、王と言うよりは深窓の姫君の様な、聖域に住まう巫女姫の如き様で王宮の奥深くにある。
これであの千年に及ぶ暗黒大戦をくぐり抜けてきたとは到底信じられなかった。
いや、巷では彼ではなく、上層部達が軍を率いたと信じられている。
そうして大切に大切に大切にされ続けてきた、嵐国のお姫様。
そう、嵐国でお姫様と呼ぶのは悠遠王を除いて他にはいない。
そんなお姫様は今後も大切に上層部に守られ、民達に慈しまれながら日々を過ごしていく筈だった。
その縁談話が持ち上がるまでは。
「絶対に嫌っ!!」
貴族の娘として生まれたからには、政略結婚は義務だ。
そう言われて育ってきた私だが、これだけはどうあっても受け入れられなかった。
私の名は、佐保。
嵐国にて、地方領主を父に持つ一般的な貴族の令嬢だ。
嵐国には名高い令嬢達が多い中で、これと言った優れた面も無い私は自分自身をしっかりと理解しており、これからも日陰に隠れて一生を終えるはずだった。
とりあえず、先日十六にもなったので、領主である父の後を継ぐ様な婿養子でも迎えようと思っていた。
な・の・に
『あ、佐保? お前ちょっち見合い頼まれてくれない?』
と父の所に来た、父の知り合いである嵐国のイケメンダンディー宰相に命じられて渋々見合いに出向き。
『我が国の【お姫様】ーー悠遠王陛下でございます』
ちょっと待て
待て待て待て待て待て待てえぇぇぇぇぇぇっ!!
陛下を、嵐国で最も名高い美女を
守りたい美姫を
紹介された。
『今宵はお日柄も良く。ほんにお似合いのお二人ですなぁ。式も』
だが断る。
口に出したら反逆罪、侮辱罪だから心の中で叫んだ。
ボコろう、絶対に後でボコろう宰相を!!
宰相としてはあれでも、父の友神であるあのエセダンディーを殴っても罪には問われないだろう。
強く決意し、家に戻った私を待っていたのは父の泣き顔だった。
父の元には、すでに国王陛下との結婚が決定したと伝えられていたらしい。
『父様は驚いたよ、佐保』
私も驚きだよ。
ってか、一介の領主の娘がーーいや、貴族の端くれだけれど、それでも領主達の中では下の方で、それこそ辺境の地でこれといった旨味もない領主の娘を国王が娶るなんてあり得ないだろう!
王宮生活どうすんのよ!
ずっと引きこもってたから貴族としての神脈ないし!!
ってか、礼儀作法とか色々と無理だし!!
平民の娘に毛が生えた様な貴族の令嬢もどきが、麗しの国王の伴侶となるなんて絶対に無理だ!!
と、父の所に来たエセダンディーに詰め寄れば彼はハンカチで目元をぬぐった。
『嵐国の未来の為なんだ』
曰く。
悠遠王陛下はあまりにも美しく可憐過ぎたらしい。
風界でも名高い美女、美姫として名を馳せる王を妻として娶りたいという男色ホモ達は多いが、異性の皆様は皆無だという。
あんなに美しく可憐で理想の女性の様な悠遠王陛下の隣に立つなど出来ませんーー。
つまり、本物の女性よりも嫋やかで可憐な美しい陛下の隣に立つなんてプライドが粉々になると、女性側が固辞しているらしい。
有力貴族はもとより、他国の姫君達も。
ってか、他国の姫はまだ良い。
しかし、有力貴族の姫は陛下の臣下でもある。
愛国心でプライドを乗り越えろよ。
そう突っ込めば、お前がその第一神者になれば良いと言われた。
断固拒否する。
けれど、ここで断れれば後は無いとして、上層部は必死。
まるで大切にしすぎて行き遅れた一神娘の嫁ぎ先を探す親のような執念さだ。
ならばと低い身分やら、神脈の無さやら、王妃として立つには教養も何もかもが足りないと騒いでも。
『身分? 大丈夫だ。民間出身の王妃なんてザラにいる』
その後、厳しく過酷な王妃様修行と教育を受けさせられて生き残った方達ばかりですけどね!今のこっている王妃様達は!!
『神脈? 大丈夫だ。むしろ、あの陛下の隣に立つ事になったお前を心ある有力貴族達は勇者だと讃えている』
嬉しくない、嬉しくない。
むしろ自分の娘を勇者にしてほしかった。
そして心ない貴族達は認めてないと言っている様なものではないか。
『教養なんて、いくらでもたたき込める』
カモン、過酷な王妃修行と教育ーーって、いやじゃぁぁぁぁぁぁあああっ!!
私は、普通の同じぐらいの身分の男性と結婚して、細々と領地経営をしながら平凡で穏やかな神生を過ごすんだぁぁぁぁあっ!
しかし、そんな私の叫びを無視して帰ったエセダンディー宰相は、その後再びやってきて悪魔の宣告をしてきた。
「おいおい、諦めろ。もう準備は全部整ってるんだぜっ!」
「不幸になる! 絶対に不幸になるから! 下級貴族の娘をなめるな!」
一応、父は領主の中では子爵に該当する。
この嵐国では、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵という地位がある。
それは、西洋系の神々の影響が強いとか色々あるのだが、ここは割愛する。
この中で領主にあたるのは、子爵、伯爵、侯爵の三つだ。
男爵も領主と呼ばれる事はあるが、こちらは正式な領主としては認められておらず、自分の領地でそう呼ばれるだけである。
男爵は、領土的には一つの小さい町クラス。
子爵は、一つの町~小規模な市くらい。
伯爵は、大規模な市や郡くらいの領土。
侯爵は、小国レベル。
な感じで、領地の大きさに差がある。
父の場合は、小規模な市くらいの広さはあるが、これといった産業もないいわば捨て地。
周辺をぐるりと囲む侯爵、伯爵の領地からも利の無い場所として徹底的に捨て置かれている。
でなければ、とっとと取り込もうと縁談やら何やらがあるだろう。
因みに、父の子供は私だけなので婿養子であるのは決定だが。
というか、その領地の件からしても駄目だろう。
「大丈夫だ。お前の従兄弟に継がせるから」
「のぉぉぉぉぉっ! 領主乗っ取り?!」
確かに従兄弟は凄く優秀だけど!!
ってか、私が婿養子を取るよりも向こうに継がせろと言う話もあったけど。
しかし、これはあまりにも酷い。
もはや私が王宮に送られるのは必須事項?!
「頼む、我らが悠遠様の為に動く肉盾になってくれ!!」
「くたばれ!!」
女の子に向かって肉盾とは何事か。いや、もはやこいつは私の敵だっ!!
「ってか、そもそもどうして女よりも可憐な美女の隣に立たなきゃならないのよぉぉ! 絶対に嫌あぁぁぁぁぁっ!」
そんな私の叫びも、無情たる世の流れは許してくれなかった。
結局、クサレ宰相に売られていく子牛の様に引きずられていった私は、王宮にて挙げたくもない結婚式を挙げさせられたのである。
「って、なんで新郎が花嫁衣装を着てるのよ!」
「全国民のリクエストだ」
「ふざけんなぁぁぁぁあっ!」
腹いせで、新郎の服を着て国王陛下の隣にたった私はその後、『アニキ』と心ある有力貴族当主の胸を感動で打ち鳴らしたという。
そんな、あべこべな結婚式にて、悠遠国王が可憐な花嫁姿を披露して多くの招待客と国民の心を惑わせてから一年後。
「側室が必要だと思うの」
「いや、それお前の台詞じゃねぇだろ、正妃様」
妾だよね?妾だよね?ってか側室下っ端で良いから!!
そんな叫びもむなしく、正妃と言う名の地獄ロードを歩まされた私は、エセダンディー宰相を呼び出しそう告げた。
日々、あの可憐で麗しい美貌の王の隣に立たされ、諦観と落胆、驚愕と失意のため息をつかれ、比較される日々。
二度見、三度見は普通。
失笑も普通。
なら、お前が王妃やれよ!!と、叫びたかったが、たたき込まれた王妃スマイルで我慢した。
過酷すぎる王妃様教育も修行も必死に食らいついた。
ってか、どう考えても女扱いされていない自分に死にたくなったりもした。
何せここの上層部。
一に悠遠、二に悠遠、三に悠遠、四に悠遠と、とにかく全て悠遠悠遠と国王陛下が中心だった。
噂も当てにならないどころか、真綿に包みそれこそ生まれたての雛に対する様な扱い。
風にも当てず、深窓の姫君も顔負けの扱いに、私は彼らの執念を感じた。
そもそも、移動時はお姫様だっこってなんだ。
足の筋力が弱るぞ。
しかも王妃である私は徒歩。
というか、王を抱える上層部の足が速すぎて、私だけがおいて行かれる事も多々あるという始末。
しかし文句をつけたらどうなるか分らないから、黙っていた。
とにかく、顔はどうにもならないのだから悠遠王に相応しい教養をつけるように。
悠遠王と上層部に心酔する教育係達は、日々そう言って私と悠遠王を比較する。
悠遠王の方が素晴らしい、悠遠王の方が秀でている、悠遠王には適わないとーー。
つまる所、上層部の女性陣の足下にも及ばないらしい。
というか、上層部の女性陣の誰かが王妃になればよかったのに。
大戦を共に潜り抜けた彼女達は、誰も彼もが名高い美女揃い。
しかも聡明で文武に優れた極上な方々である。
悠遠王に勝る相手は居なくとも、私が隣に並ぶよりもよっぽど釣り合うだろう。
そしてそんな事は私が誰よりも分っていた。
分っていたから。
「お前は王妃という地位を勘違いしている。いいか? 王妃は子を産んでなんぼだ」
そう、王妃となったからには跡継ぎが求められる。
特に、強い力を持つ王の跡継ぎは何が何でも必要だった。
悠遠王は顔に似合わず、強大な神力の持ち主だった。
上層部もそれぞれに強い力の持ち主だが、それを遙かに凌ぐと言われている。
だから、出来れば王妃も強い神力の持ち主でーーというのが理想だったが、プライドが勝ったらしい。
それでいいのか、嵐国の貴族令嬢達。
しかし私は違う。
プライドを乗り越え、国の未来を思う。
なので、私は初夜から今日まで夜の生活を拒否した。
それは、多くの肉欲に晒されながらも汚れる事の無い清らかで清純な国王陛下を汚すなんて罪だーーという思いもあるが、それ以上にしっかりとした跡継ぎを残さなければという思いがあったからだ。
力の強い側室を迎え入れ、しっかりとこちらで教育して悠遠王の隣に立つ事をならしていき、子が産まれたらさっさと自分は王妃を退位する。
退位した王妃の行き先はと言えば、一生自由の無い修道院か神殿だろうが、ここに居るよりはマシだと本気で思っている。
平凡な結婚も、王と結婚した時点で諦めた。
子を持つ事も諦めた。
せめて、穏やかな老後を送らせてほしい。
「私は子が産めないの。だから、側室が必要なのよ」
「ちょっと待て。試しても居ないのに産めないとかどういう理屈だ」
「試してなくても予測は立てられるの。あのね、何でもかんでも経験してなければ無理っていうのはまずいわよ。経験しなくても想像出来ないと」
「正論だが、話がずれたぞ」
しっかりと指摘してくるエセダンディーに私は舌打ちをした。
「とにかく、挑戦すらしない不戦勝なんぞ俺は認めねぇ」
「何、そのスポコン。それに、私だって年頃の少女並に素敵な初夜を夢見てるんです」
そう、薔薇の花びらが散らばった寝台の上で横たわり相手を持つ悠遠王陛下ーー。
「ちょっ! おま、何してんだっ! いくら神でも死ぬぞっ」
ガラリと部屋の窓を開けて別世界に飛びだとうとする私を止める宰相。
ってか、どうして花嫁、妻の立ち位置が悠遠王となるのか。
くそっ!あの二十歳なのに二十歳に見えない幼妻め!!
いや、決してロリってるわけではない。
けれど、頬を赤らめ潤んだ瞳で見上げる様とか、仕草とか声の一つ一つが可愛らしすぎるとか。
その清楚可憐で儚げな美貌にお似合いだとか。
「誰か白馬の王子が浚っていってくれないかしらーー」
悠遠王陛下を
とりあえず色々あるが、それで全部上手くいくような気がした。
というか、側室よりも白馬の王子を探した方が良い、うん。
それから数日後、私は薔薇の花びらが舞散る寝台の上で新妻の様に待っていた悠遠王に、思わず扉を閉めかけた。
「おおっと! 手が滑ったあぁぁっ」
侍女も敵。
寝室に蹴り入れられーーってか足だろ滑ったの。
そのまま鍵を掛けられ、絶対絶命。
「佐保、待ちかねた」
待ちかねないでください。
そしてそんな怯えた小動物の様な目をしないでください。
「佐保が私との初夜を待ちかねていたと聞いてな……私は、その」
少し青ざめた様子でふるふると震える姿は、悪名高い国王の毒牙にかかろうとする麗しき姫君そのもの。
いや、魔王に捧げられる清らかな生け贄か。
長い睫毛と濡れた紅唇を震わせ、袖で口元を覆ってこちらを見上げる悠遠王の可憐さに消えたくなる。
「佐保……って、何を?」
開かないとわかりきっている扉をガンガンと蹴り飛ばす私に、悠遠が首をかしげた。
また扉の向こうでは、突然の予想外の行動に困惑する気配が伝わってくる。
「ここを開けて」
「な、なりませぬ! 今宵は」
「開けないと部屋に火をつけるわよ!!」
悠遠王に被害が!!と扉を開けたのが運の尽き。
悠遠王陛下の御身をどこまでも心配する侍女の脇を潜り抜け、私は部屋の外へと飛び出した。
「誰か! 王妃様がっ」
「王妃様をお止めしてっ!」
ガチャガチャと刀が揺れる音が聞こえ、兵士と言う名の『悠遠王陛下に身も心も奪われました悠遠王完全警護隊』の皆様が迫ってきた。
っていうか、その血走った目。
絶対に悠遠王を放置した私を殺る気だ。
「王妃、どうかお止まりをっ」
「王妃をお止めしろ!」
「足を狙え!」
「膝だ!!」
「どこも狙うな!」
叫びながら、王宮を疾走する。
良かった王妃様教育。
いざとなれば、王をお守りするべく強くあれと日々基礎体力作りと武術の訓練をさせられてきたが、それがここで役に立とうとは。
「さすがは王妃! 王の盾となり、いざとなれば数多の敵を蹴散らす魔王の如き存在っ」
「しかし我らも悠遠王陛下をお守りする為に生まれてきた身! 負けませぬぞっ」
誰が魔王だ。
ってか、やっぱり王妃と言う名の盾か。
ああ、離婚したい。
他の令嬢達が涙を流して拒否する筈だ。
驚く事に結婚してから知ったが、王妃の地位を狙う令嬢達も居るのだが、それは現実が分っていない。
悠遠の王の盾だよ、盾。
いざとなったら捨て駒です。
悠遠王陛下が誘拐されたら国を挙げての大捜索だけど、私が誘拐されても絶対に見捨てられるぐらいはするだろう。
現に、この前何度か神質にされて悠遠王の身柄と引き替えにされたが、全て却下されたのは記憶に新しい。
というか、私を神質にするより直接悠遠王を狙った方が面倒臭くなくて良いと最近は向こうも分かったのか、神質にされる回数が減ってきたのが幸いだが。
しかし、結婚しても悠遠王を妻にと望む輩は今だに減らない。
「王妃様、お止まりをっ」
止まれと言われて誰が止まる。
というか、このまま突っ切ってどこかで朝まで籠城しよう。
そして朝になったら即座に側室候補を。
「きゃっ!」
ドンッと曲がり角を曲がってすぐに、誰かにぶつかった。
そのまま、相手と共に床に倒れ込んだ私の後ろで兵士達の声が聞こえた。
「王妃様、捕まえましたぞっ」
「さあ、お部屋に」
「うん、この方は……っ?!」
兵士達から驚愕の声が聞こえてくる。
それに珍しいなと思いながらも、私は自分が下敷きにしてしまった相手の上から身を起こした。
「ごめんなさい、私の不注意で……」
「いえ、私もよく前を見ていなかったから」
侍女か誰かだろうか?
そんな事を考えていた私の後ろから、その叫び声が聞こえた。
「果竪后様っ!」
私は首をかしげた。
果竪后と言えば、私が知るのはただ一神しか居ない。
確か炎水界における大国ーー凪国の王妃……。
「え?」
なんで、そこの王妃様がここに居るの?!
そんな私の疑問は、ほどなく解決した。
嵐国と凪国は、それぞれ風と水と司るものは違うものの協力関係を結ぶ事は多い国柄である。
その為、定期的に会議を行うのだが、今年は五年に一度のその会議の年だという。
基本、会議は外交官同士で行うのだが、今回は嵐国で王妃を迎えたので王妃同士の交流をと思い、凪国王妃が極秘に訪問する事になったのだという。
ってか、そういう話を私は全く聞いていない。
つまり私抜きで決められたのだ。
あの凪国が国に打診をしてきていないという事はあり得ない。
嵐国、悠遠王、そして上層部に打診し、許可された。
だから、凪国王妃はここに居る。
そして一切知らされていない事に、私は改めて自分の立場の弱さを思い知る。
いつでも切り捨てられる地位、何も知らされる事なく駒のように動かされる軽さ。
そう……私は、王を守るための駒でしかないのだ。
それもどこまでも軽い駒でしかない。
「初めまして、佐保后様。私の名は果竪。どうぞ宜しくお願いいたします」
柔らかい笑みと共に、完璧な所作でそう言われ……とても、元は民間出身の王妃とは思えなかった。
「そしてこれは、今回の出会いを祝して」
大量の大根を贈られた事には疑問を覚えたけれど。
そしてその大根は、凪国側に没収されてしまった。
代わりに、凪国でとれた特産の宝石を差し出される。
「酷い! 私の愛する大根達は宝石以下とでも言うの?!」
先ほどの完璧な王妃様っぷりとは裏腹に、外交官ーー朱詩様と本気で大げんかする果竪后に思わず笑ってしまった。
「佐保后」
侍女長の窘めに、私は慌てて居住まいを直した。
「それで、この様な夜遅くになぜあんな所に」
そう問いかければ、果竪后の代わりに朱詩様が答えた。
妖艶な色香を纏った天使の様な可憐で麗しい美貌の男の娘。
悠遠王に張る美姫ーーと私は思わず見入ってしまった。
どうなら、この外交官を悠遠王にあてがえば……いや、駄目だ、美姫が二神、危険度が二倍になるだけだ。
それにしても、普通顔の果竪后を見ていると心が安らぐ。
ああ、ビバ普通顔。
普通顔の素晴らしさが身にしみる。
そうして思いの外、熱い視線を向けていたらしい。
「あの、佐保后?」
「素敵です果竪后様、貴方様は心の癒やし、私の宝物です」
その言葉が、どんな結果をもたらすかなんて考えもせず、私は思いの丈を告げていた。
同時に、ガチャリと扉が開く。
現れたのは、悠遠だった。
「失礼、ここに我が后が居ると聞いて参った」
登場としてはあまりにも遅い。
しかし、どうやら身だしなみを整えていたのだろう。
隙の無い王としての装いは、華美ではないが決して地味でもない。
品の良い衣装は着ている者のセンスの良さを表している。
「これはお久しぶりです、悠遠王陛下」
果竪后が王の美貌に息を呑むことなく挨拶をされる。
流石は凪国王妃--と私は更に尊敬の念を強くした。
悠遠王陛下も果竪后に完璧な挨拶を行うが、その様はどう見ても可憐な姫君。
王としての威厳よりも、姫君としての魅力を存分にまき散らす様に少しだけ嵐国の未来を憂う。
いや、全力で憂うべきか。
というか、色々とスルーしていたが、現在の時刻は午後十時過ぎ。
この時刻にそれぞれ既婚者とはいえ、他国の王と王妃が同じ部屋にいるというのは……まあ、嵐国王妃の私はここに居るし、侍女やら何やらと居るから二人っきりではないが。
しかし、時に侍女達はそこに居ないものとされる。
「話は明日にしましょう。妻を連れて帰ります」
というか、まず私と果竪后がこんな夜に一緒に居ることも非常識になるだろう。
悠遠王陛下は正しい。
だから私も抵抗する事なく悠遠に促されるままに部屋を出ることにした。
明日、また会いましょうと言う果竪后の言葉に頷くのは忘れずに。
部屋を出て、しばらく廊下を歩く。
そして王妃の私室と王の私室は離れた場所にあるから、この先の分かれ道で分かれる事となる。
私と、上層部である将軍に抱きかかえられた悠遠の前には、武官と侍女が。
後ろにも武官と侍女が居り、呼び出されたのか分かれ道では宰相が待っていた。
「悠遠、勝手に出歩くな。皆が心配すんぞ」
「すまない……」
ああ、やっぱりそうですよね。
予想に違わず宰相が悠遠王陛下に声を掛ける。
侍女長もまた、悠遠王陛下に優しい言葉をかけていた。
「全く……王妃も悠遠にあまり心配をかけるな」
それにしおらしく謝罪の言葉を口にし、私は部屋に一神戻ろうと分かれ道の右へと進む。
「王妃様、お待ちください! お一神で出歩かれてはならないとあれほど」
「……」
答えるのも面倒で、私は侍女長をおいてすたすたと歩き続ける。
そして疲れたからと部屋に入ってすぐに扉を閉めた。
「王妃様、王妃様っ」
部屋の外で侍女長が騒いでいるが、気にせず寝台に潜り込む。
本来ならあり得ないが、もう私が王妃である事自体があり得ない。
だから……だから、もう良いのだ。
明日になったら、今までのが全部夢だったとかそういうのが無いだろうか。
そんな事を考え、私は眠りの世界に付いた。
子供なんて産みたくない。
子供なんて……。
いっその事、子供なんて産めない体であれば良かったのに。
そうすれば、こんな思いをしなくてもすんだのに。
それから、やっぱり全部が夢--なんて事はなく、結局その後は果竪后と満足に話す事も出来ずに私は、見送りに出た正門から凪国の使者団の帰国を見守るしかなかった。
ただ--
また会いたいな--。
また会えるよ--。
そう呟いた私に、果竪后はにっこりと微笑んだ。
「今度遊びに来てね! 歓迎するからっ」
嬉しくて涙が零れた。
だが、私は言いたい。
確かに再会したいと願ったが、そんなジェットコースターの如き速さでの再会は願ってはいなかった!!




