打ち身にはアイシングです
こんにちは、また少し開いちゃいましたが、いつも読んでくれてありがとうございます。ノロノロ運転しています。
真っ暗な中で目が醒めた。天蓋の布が下りていて、暗かったみたい。
「天蓋……?」
ふとこの暗闇に既視感が沸く。おかしい、私の寝台に天蓋なんてついていないのに。
「ていうか、ここどこ?」
手をついて起き上がろうとしたけど、右の手に激痛が走った。
「いた――っ!!」
手をつくまで気付かなかった自分がどうかとは思うけれど、ぼんやりと思考の海を漂っていた私に怪我をしたという認識が薄かったのだ。
「大丈夫? ユキさん」
シイナさんが涙を浮かべている私に声を掛けてくれた。大人だから大丈夫って言いたいけど、言えないくらいに痛かった。
「シイナさん……痛い……」
「大丈夫、折れてなかったから! 三週間ほど安静にしたら治るって言ってたわよ」
「折れてないって。だって、レントゲンとかないのに……」
「なんていったの? なんだか聞き取れなかったわ」
「レントゲン……」
「変ね本当に聞き取れない……」
勿論この世界にレントゲンはない。だから翻訳ができないから音として成り立たないということに初めて気付いた。じゃあ……あのオッパイ星人はなんて……と思いつつ、なんでもないのといって寝台を抜け出した。
「この部屋……」
「シルヴィー殿下のお部屋よ。さっき熱が出てしんどそうだからってシルヴィー殿下が着替えさせて寝台を貸してくれたのよ」
「い、今なんて……?」
「ごめんなさいね、私が着替えさせようと思ったのだけれど、ユキさん嫌がって……。シルヴィー殿下だとジッとしていたから、やっていただいたのよ。大丈夫、下着は替えてないから!」
ウルウルと潤むのは、羞恥の涙だ。とはいえ、臭いのが嫌だと駄々をこねたのは私なので、シイナさんに文句も言えず、落ち込む。
「それでね、しばらく右手は動かしちゃ駄目なんですって……」
「それじゃ仕事が出来ないです! うーん、左手だけでボロ運べるかしら……」
多分無理だけど、どうしようと悩む。ここで無職は辛すぎる。
「それでね、シルヴィー殿下がしばらく殿下のお仕事を手伝えっていってるんだけど……どうかしら?」
シルヴィー殿下のお仕事ってハイソな感じがする。無理だ。残念ながら私は秘書課ではなかった。
「無理よ。だって。字、得意じゃないし……」
この世界にきて、文字はすこしづつ覚えてるけど、多分私の国語力は小学生並。絵本くらいなら読めるけど……。
「大丈夫よ、殿下はお優しいから(ユキさんには)。今日は目が醒めたら帰っていいって。熱があるから、ゆっくりしなさいって言ってたわ。もう昼ごはんの時間だから、そんなけ元気そうなら一緒に食堂にいって食べましょうか」
落ち込みながら、部屋を出た。
「リナンさんにこの事言ってこないと」
「ご飯食べてからでいいわよ。どうせ昼ごはん抜きだろうから何か差し入れしてあげたら?」
シイナさんは、少しだけ怒っているようだった。リナンさんと仲がいいはずなのに
どうしたんだろう。
「シイナさん怒ってる?」
「仕事をちゃんとしない人間を私は嫌いなの」
シイナさんからきつい言葉が飛び出して、正直私は驚いた。
「ご、ごめんなさい……」
思わず謝ってしまった。
「何故ユキさんが謝るのかわからないわ。あなたはちゃんと頑張ってるじゃない。こんな手になっても……」
こんな手というのは痛めた手のことじゃなくて、スコップを握って形の変わった掌のことだ。豆が出来て破れて、それをくりかえしていたら随分ゴツイ手になってしまった。
「綺麗な手だったのに……」
「ううん、平気よ。これくらいしかできることないしね。馬は好きなの……。リオの側にいさせてもらえるだけで安心なんだ……」
リオは、もうこの世界に馴染んで、恋人も出来たようだけどね。それでも私は違う世界からきたのだと信じられる存在があることにホッとする。
「ユキさんは、あの……好きな人はいるの?」
唐突にシイナさんが尋ねてきた。
「好きな人って……」
思い浮かぶのはシルヴィー殿下のことだけど、勿論そんな事はいえない。でも少し赤くなってしまったから、どうごまかそうと目線を彷徨わせた。
「あの、元いた世界で同じ仕事していた人……」
そうだ、あの人がいた。これっぽっちも残っていない恋心だけど、残り香くらいはあるだろう。
「え、そうなの? 好きな人が向こうにいたの?」
シルヴィー殿下もそうだけど、シイナさんも私が違う世界から来たと言ったら信じてくれた変わっている人である。私なら絶対信じない。というか救急車呼ぶよ、危ない人がいますって。
この世界は、優しい人が溢れている。
ときたま訪れる災禍のような人もいるけれど、それでもこの世界が、私は大好きだ。
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「リナンさん、トイレにいってるってごまかしといたけど、ごまかしきれた?」
シイナさんのチョイスで肉を挟んだサンドウィッチを食堂から持ち出して、厩舎で仕事を続けていたリナンさんの背中に話しかけた。
「あ、そうだったんだ。ごめん……、折角のいい訳だったんだけど正直に話さないといけないんだ」
振り向いたリナンさんが、私の手首をみて痛々しそうに目を細めた。
そして、私は顔の色が変わっているリナンさんに目を剥いた。
「リ、リナンさん! 顔が……腫れてます」
「ごめんね、ユキさん。痛かったよね」
同時にお互いの怪我を案じて声を上げた。
「リナンさん……ひ、冷やしてください。打ち身にはアイシングです」
「大丈夫、冷やしたよ。あ、それ俺に?」
持っている食べ物に反応している所が凄いなと思う。多分口を開けたら痛いだろうに。
「まさか、その顔はあの女の子が?」
実は空手の師範だったとかいうオチかと思ったが、違ったらしい。その人物の名前を聞いて、私は顎が外れるかと思うほどに驚いた。
「違うよ、王太子殿下だよ……」
職務怠慢だから仕方ないよねと言う。
職務怠慢というだけでこの顔になるのかと思ったら、私は明日からシルヴィー殿下の仕事をサボれば命がないかもしれない……。
なんてハードな職場に移動になってしまったのだろう。
私は暢気に「これ美味しいね」と腫れあがった顔で感想を述べるリナンに呆れ、明日を思って少しだけ震えたのだった。
最近周りで打ち身やら怪我やらが多発しております。馬に噛まれてもアイシングです。ええ、馬は結構噛んできます。ストレスたまっているんでしょうかね。私は馬の脚をアイシングしていて膝を曲げた馬の脚が顔に当たり、首をいわしました(笑)。いわすって大阪の方言でしょうかね。痛めました。首って弱い><。ただいまテーピング中。