クレープだけどクレープじゃない
ブックマークありがとうございます♪
白いシャツに赤いベスト、黒いズボン。いつもの格好だけど、こうやってみたら、結構仕立てがいい。赤いベスト着てる男の子なんていないんだけど、いいよね、それくらい。
「あれ、あれが食べたいです、シバ様!」
馬車から降りた途端に走っていきそうな私の行動を何故か察知したシルヴィー殿下は、私の襟首を掴んだ。
「猫じゃないんですから、そんなところをもたないで下さい」
恨めしげに見上げると、呆れたような顔で「シバに様をつけるな」と言われて、そうだったと思い出した。
「シバ、襟首は掴まないで下さい。シャツがズボンからめくれちゃう……」
ベルトの穴が足りなくて、ちょっとブカブカになっているのだ。
「お前、リオにばっかり食べさせてないで、自分がちゃんと食え」
怒られそうな気がしたから、ばれないようにしてたんだけど、ばれちゃった……。
「いえ、引き締まったんですよ。やせたんじゃありません。しかもリオの食べてるのって草じゃないですか……」
会社にいると食品関係だったから、ついつい食べちゃって、結構太ってきていたのだ。それが、ここでは馬の世話をするから動くのに、おやつはあまりなかったから……、いい感じに引き締まってきたと思うのだけど、残念なことに痩せたくない所まで痩せてきたのが残念だ。私の胸は、元々少ないのに痩せる時は胸から痩せるという悪循環。
「それより、あれ、食べたいです」
私の指した先にはクレープに似たものが売っているのだ。もう作ってあって、並べているんだけどね。
「ああ、クレープか」
「クレープ?」
「クレープですね」
一緒に着いてきているジークさんもそういう。ここに私の世界からやってきている人がいるのだろうか。クレープをクレープと呼ぶ人がここで広めたのか、それとも彼らは全く違う言葉を喋っているのに、私の脳がそれを勝手に翻訳しているのか……どっちかわからないが、どっちにしても楽だと思う。
「クレープ買ってきます」
半年で私のお金もかなり増えたのだ。馬の世話係りにしてはかなりいい給金ではないだろうか。それに衣食住をシルヴィー殿下に賄われているから、給料が丸々懐に……。二年もしたら街に家を買えるかもしれない。
三十歳で家持ち!
凄い~。私凄くない? と思いながら店の前に立つと、横に並んだシルヴィー殿下が「三つくれ」という。
「あ、私自分で払いますから」
自分で作った巾着ポシェットからお金を取り出そうとすると、シルヴィー殿下は目を眇めた。
「お前、私に恥をかかせる気か?」
「私男ですから、自分で払います」
「可愛くないな……」
可愛くないないと言われて、カチンとくる。男ってなんで払いたがるのかわからない。割り勘でいいのに、見栄張る男とかあっちの世界でも好きじゃなかった。
勿論、あっちでも私は可愛くなかった。払ってくれるっていうんだから、払ってもらったらいいじゃんと皆いうけど、払ってやったと思われるのが嫌なんだって……! と、っふと気付いた。
シルヴィー殿下はきっと払ってやったなんて思わないんだろうな。
何故かそう思った。
「お前は私のものなんだから、私が払うべきだろう?」
私が家の犬におやつを買うのと同じなんだろう。でも、私はうんと素直に頷けなかった。
「私が払います! 私は犬じゃないし。そういうのは、沢山いる婚約者候補にしてあげたらいいです!」
シルヴィー殿下は「犬?」と首を傾げる。そりゃそうだ。私の思考はシルヴァー殿下には聞こえないんだから。
「沢山いる婚約者候補?」
ジークさんが、ププッと笑った。ジークさんが何故笑ったのかわからないけど、確実に笑いの沸点が低い。
「どこかのお姫様みたいな人が沢山いるじゃないですか。そんな人にあげたらいいんです」
「婚約者候補は……一人しかいないんだが……」
半年のうちに一人に絞られたって事かと納得する。
「じゃあ、その人に優しくしてあげればいいんです。誰にでもいい人ぶってたら、いつかその人を怒らせて、後悔しますよ」
年上として、そこはしっかり教えてあげなくては。
「クレープを買うことがそんな重要なことなのか……? それにお前にクレープをかってやっても、婚約者候補は怒ったりしない」
きっと優しい人なんだろう。きっと太陽の光を集めたようなキラキラの金色の髪で、深い湖のようなしっとりとした緑色の瞳をしている美しい人なのだろう。
お姫様ってそんなのだと思うんだ。
「でも誤解したりするかもしれない……」
私を振った人は、いい人の顔をしていた。営業だったから口が上手いと後で気付いたが、私は誤解した。特別なんだと思った。仕事を円滑にまわすために美味しいと有名なお菓子を買ってくれたり、珈琲を差し入れしてくれたり、飲み屋で奢ってくれたいしていたのに、私は気付かなかったのだ。
告白して、「そういうんじゃないんだ」と言われてショックだった。
「誤解なんてしない。だから、安心して、私のものになっていればいい」
シルヴィー殿下は、タラシだと思う。なに、そのイケメンヴォイス。背中がゾクゾクしたわ。
ただ、なんだろうか、『私の犬になっていればいい』って聞こえるんですけど……。
「ご馳走になります……」
衣食住をシルヴィー殿下の好意で提供されているのに、クレープだけ拒否するのもばからしくて、頭を下げた。
「お前は、本当に馬鹿だなぁ」
グリグリと頭を撫でられて、本当に犬になったような気がする。
「いえ、馬鹿はシバだといますけど」
ジークさんが、小さい声でボソっと呟く。私にクレープを渡してくれて、「こぼさないようにね」と微笑む。ジークさんは、お兄ちゃんみたいな人だなと、多分年下だけど、そう思った。
クレープは見た目に反して、塩味だった。中身はジャムだけど、ミートボールみたいなものが入っていて、北欧の料理を思い出した。
クレープだけど、クレープじゃなかった。ただ、三人で歩きながら食べたそれは、懐かしくはないけれど、とても美味しくて私のお気に入りに入ったのだった。
お久しぶりに書けました。午後10でも書いたのですが、ちょっと体調が悪くて、なかなか更新できませんでした。
こちらは150行くらいといつも書いているより少なめで投稿なので、楽なんですけどね。またよろしくお願いしますね。