馬で走っていたらそこは雪国だった
はじめましての方もお久しぶりですの方もよろしくお願いします。
霜月維苑様主催『赤い糸で結ばれた企画』参加作品になります。
北海道の山を馬で走っていたのだ私は。秋の紅葉の中、馬の外乗をして、そのあと刑務所で有名なところでカニを食べる予定だったのに……、はい、えっとこれは所謂異世界トリップ? な感じですね。
「んなわけ、あるか――!」
私は、一瞬で北海道の山葡萄茂る山道をくぐり抜け、雪道を走っていたのだ。三人でいたのにだれもいない。馬のリオは仲間が急にいなくなったことに驚いたのか凄いスピードで走り続けていた。
寒さが半端ないものの、秋の北海道、暑いかなとは思ったが山の上は寒いよというガイドのおっちゃんの言葉を信じてダウンの上着、下はズボンだけど上に巻きスカート(防寒用)を穿いていたのが幸いした。なんとか人のいるところまで、と思うのだけれど、山道だからか人気はない。
ガイドのおっちゃんも友達のケイちゃんもいない。いるのは私の下で雪に負けず走っているリオだけだ。リオとだって一時間前に知り合ったばかりだというのに、もうなんか心の親友だ。
そのリオがツルッと滑って、私はそのぐらつきに耐えられず雪の上に叩きつけられるように落ちた。雪の上で良かった……と思いながら、私はそのまま意識を失った。
異世界トリップと聞いて、何を思い出すだろうか。
異世界からきた救世主の神子? 残念ながら、誰もあがめ奉ってくれなかった。
異世界からきた王子様の嫁? いや残念ながら王子はいたがお呼びじゃなかった。
では、後宮で悪役になる? 後宮……ないね。
お菓子作りして、異世界の味を普及する? うん、料理苦手なんだ。食べるの専門。
はぁ、と溜息をついてボロ(馬のウンチ)を拾う。
はい、私は今、馬の世話係してます!!
私を置いて走っていったリオは、走った先に馬を見つけて突っ込んで行ったらしい。王子様と供の群れに……。その後で道端で倒れている私を見つけてくれたのが、リーズ国王太子、シルビー様だ。
「あ、シルビー様、おはようございます」
ボロのはいったバケツを横に置いて頭を下げると、銀色の長髪に紫の瞳の王太子様が、私の下唇を摘んだ。
「だれが、シルビーだ。お前は、主の名前すらちゃんと呼べないのか。シルヴィーだ、シルヴィー」
「だから王太子様って呼ぶっていってるじゃないですか。私、日本人ですからヴとか無理ですって。シルビーで我慢するか王太子様で我慢してくださいよ」
この国の王太子様は、余程暇なのだろうか。毎日厩で世話をしている私をからかいにくる。
「だから、ヴィーだろ。ヴはいえているんだから、後はィーだけだろうが」
結構、神経質な人だと思う。
「ヴ、ィー」
「お前、馬鹿にしているだろう」
「あ、ばれちゃいました?」
テヘと笑うと、呆れたような顔をされた。
「食事はちゃんととっているのか?」
拾ったらちゃんとご飯を与えましょうと躾けられているのか、王太子様は道端で拾った私に住む場所と仕事を与えてくれた。感謝はしているのだが……。
「リオはちゃんとご飯食べてこんなに立派な……」
肥満体に……ゴニョゴニョと口篭ると、王太子様は私のない胸をポンと叩いた。馬の尻を触って体つきを調べるような厭らしさのない、なんというか馬鹿にされたような……。
「お前は全く成長してないな……」
無理です。だってもう二十八歳だもの。成長するもんなら成長してるわ! と思うが、そこは仕方がない。十八歳って言ってあるからね、えへへ。
この国は二十が成人なのだ。もう八年も前に過ぎているけどね。二十過ぎないと結婚は出来ない。そして、二十五過ぎると行き遅れといわれるらしい。それを聞いて、思わず十八だといってしまったのだが、この国の人は成熟度が日本人とは違うらしく、もっと下だろうと言われたのだ。まぁ、十六っていったら、日本の皆様にボコボコにされそうだけど、十歳くらいサバを読むなんて良くある事だよね。お母さん二十八から年とってないっていってたし。
「成長してますよ。昨日はザンの手入れをしたんですよ!」
ザンドルフは、王太子様の馬だ。真っ白いデカイ馬で、超凶暴な雌の馬だ(牝馬というのだけれど)、その馬の手入れをさせてもらったのだ。これは誇らしい。
「ザンの! 馬鹿かお前は!!」
王太子様は始終怒っている様な気がする。褒めてほしかったんだけど、目を吊り上げている所をみるとかなりご立腹だ。
「大丈夫ですよ。ちょっと噛まれたくらいで……」
「どこだ……?」
え、あっとどこって……言えない。
「えへへ、内緒です」
ごまかすように笑ってみたが、日本人じゃないからそういう笑いは許してくれない。徐に手首をつかまれた。
「手じゃないな……。どこだ……?」
所有物の管理はキチンと? いや駄目だろう。私は一応女の子だよ。女! なんだよ。見せれない場所にあるのだ。
ベストの釦に手を掛けたから「ギャーいやー変態!」と声を上げたら、目を剥かれた。
「大した傷じゃないし、平気だし……」
怒ってしまった王太子様は、ベストの釦を構わずブチブチと破壊した。
「ギャ――!」
「「殿下! おやめください。皆が見ております」」
双子の侍従、遅いよ……。もっと早く止めてよ……。
涙目になった私に気付いて、王太子様は「チッ!」と舌打ちをした。
これがなければ、品のいい王太子様なのに……。
「「殿下!!」」
「うるさい、聞こえている。侍女を連れて来い。それでこの貧相な身体のどこに傷ができたか調べて、手当てするように言え」
周りが何事かと集まってきたのをみて、王太子様は諦めてくれたようだ。
「シルビー様の意地悪……。シルビー様のエッチ」
果たしてエッチの意味がわかるかどうかと思ったが、言葉に不自由した事がないだけあって、ちゃんとわかったみたいだった。ほんのり目尻を赤くして、王太子様は、「ちゃんと手当てしろ。ザンドルフに触ることは許さん」と言って踵を返していってしまった。
ああ、大事なザンドルフに私ごときが触ったのが気に入らなかったのか……。なんでそんなに怒っているのかと思ったけれど、理由がわかってホッとしたような寂しいような……。
後で一緒に住んでいる王太子様の侍女であるシイナさんがやってきて、わき腹にできた噛み傷を手当してくれた。
「こんなに紫色になるなんて……女の子なんだから、気をつけてね」
メッ! と怒って、その後で飴をくれた。女の子って年でもないんだけどね、有難くもらっといた。
王太子様は過保護だなと、私はもらったイチゴ味の飴を食べながらシルヴィーのことを想った。
読んでくださってありがとうございます。
どうでしょうか、別に異世界にいかなくてもいいけど、短編の予定で書き始めたものだから、設定説明が楽で異世界になっております(笑)。
まだ名前もでてきていない主人公ですが、可愛がってくださると嬉しいです。