出会い
「ヤマヤン、森の怪物の噂って知ってる?」
ホームルームが終わると同時に、前の席のマー坊が話しかけてきた。マー坊はちょっとポッチャリ気味、いつも鼻声だ。反対に、話しかけられたヤマヤンはやせ気味で、身長が低い。
ヤマヤンは首を振った。
「知らないよ、なんだいそれは?」
「佐藤ばあちゃんの家の先にさ、森があるだろう? そこに最近、怪物がうろついてるらしいんだよ」
「うそだぁ」
「うん、僕も信じちゃいないよ。だからさ、本当か嘘か、今からトシ兄と森に確かめに行こうって約束してるんだ。ヤマヤンも来ない?」
「うーん」ヤマヤンは悩んだ。今日は家に帰ってテレビゲームをするつもりだった。だけど、森を探検するのも魅力的だ。
ヤマヤンは悩んだ末、森に行くことにした。
「オッケー! トシ兄にも言っとくよ。じゃあ、佐藤ばあちゃんちに集合だぞ」
ヤマヤンは急いで家に帰ると、お母さんにマー坊たちと遊びに行くことを伝え、家を出た。
待ち合わせ場所の佐藤おばあさんの家は団地の外れにある。おばあさんの家の庭は小さな公園くらいの草木が生えていない庭があって、よくヤマヤンたちは遊んでいた。
おばあさんの家に着いてみると、既に2人の少年が庭で待っていた。1人はマー坊で、もう1人の背の高い少年がトシ兄だ。ヤマヤンたちより1つ上の6年生だ。手に鉄バットを持っている。
「2人とも早いね。ところでトシ兄はなんでバットを持ってるんだい?」
ヤマヤンが尋ねると、トシ兄は胸を張りながら答えた。
「決まってるだろ、怪物を退治するためさ」
「えぇ!? 戦うの?」
「あたりまえじゃん! 町のヒーローになるチャンスだぜ?」トシ兄は嬉しそうに言った。
「僕もこれ、持ってきたんだ」マー坊はポケットから手の平大の水鉄砲を見せてきた。
「水鉄砲で戦うの?」
「ただの水じゃないよ、激辛ソースを混ぜてあるんだ」
ヤマヤンは怪物に辛いものが効くのか疑問に感じたが、マー坊があまりに自信満々であったため、あえて口に出さなかった。
3人が話していると、玄関から佐藤おばあさんが出てきた。トシ兄がどこかに行くのかと尋ねると、おばあさんは買い物に行くと答えた。
「あんたたち、ここで遊ぶのかい?」おばあさんが尋ねた。
「違うよ、森に遊びに行くんだ」トシ兄が答えた。
「森ねぇ、もうしばらくあの森には行ってないね。森に入る程には足腰に自信がないんだ。森林浴って言うのかね、やってみたいのだけどねぇ」
「こんなに広い庭があるんだから、木でも植えたら?」マー坊が庭を見回しながら言った。
「そんなお金はないよう。でも、そうだね、木があれば夏なんか日除けにいいかもしれんね」おばあさんも殺風景な庭を見回した。
「それじゃ、僕たち行ってくるから」トシ兄が他の2人を促し、道路に出た。
「気を付けるんだよ」おばあさんも少年たちとは反対方向に歩いて行った。
3人は雑草を掻き分け、森の中へ入って行った。
頭上の木々は生い茂り、周りは少し薄暗い。しかし、少年たちは何度かこの森で遊んだことがあったので、迷うことなく奥に進んでいく。先頭はトシ兄、真ん中はヤマヤン、しんがりはマー坊が務めた。
「この先の開けた場所で、他の奴らは怪物を見たんだってさ」トシ兄が振り返りながら言った。
3人は木が生えていない、開けた場所にたどり着いた。他の場所に比べて、明るい。以前3人が来たときに、ここに秘密基地を作ろうとしたことがあった。開けた場所の目の前には幹の太い木があり、ここにツリーハウスを作ろうとしたのだ。しかし、すぐに3人は無謀な試みだったと思い知らされた。少年たちはおそらく森の中で最も大きいであろうこの木を「森の主」と名づけていた。
3人は「森の主」の前で作戦会議を開始した。トシ兄は手分けして怪物を探すことを提案したが、マー坊が反対した。
「なんでだよ? 別れて探した方が早いだろ」
「いいや、もしも怪物に襲われたとき、1人だったら何もできないよ。僕はこの小さな水鉄砲だけだし、ヤマヤンなんか何も持ってないんだよ?」
「その辺に落ちてる枝を武器にすればいいじゃないか! まとまって探してたら、日が暮れてしまうよ!」
どちらも主張を曲げない。
「「ヤマヤンはどう思う?」」2人同時にヤマヤンに問い掛けた。
「僕は……」ヤマヤンが答えようとしたとき、「森の主」の裏から声を掛けられた。
「やあ!」低い声だ。3人は飛び上がって、「森の主」から離れた。
「主」の裏、高さ2mくらいのところから、大人の腕くらいの太さの枝が出てきた。枝先は5又に分かれており、人の手のようだ。次に下の方から、これまた人の足のような枝がでてきた。幹のような胴体が現れ、そしてとうとう、そいつは顔を出した。頭は切り株を逆さまにしたような形をしていた。根っこが角のように上を向いている。ちょうど、目、鼻、口の部分に裂け目があった。口の部分の裂け目をモゾモゾ動かし、木の怪物は再び声を掛けてきた。
「やあ、こんにちは!」あいさつしながら、怪物はこちらに近づいて来る。背の高さは2mくらいで、3人よりも遥かに大きい。
呆けていた3人だったが、一斉に悲鳴を上げた。マー坊は走って逃げようとしたが、足がもつれて盛大に転んだ。ヤマヤンは固まったまま動けずにいた。そしてトシ兄は、年下の少年たちにいいところを見せようとしたのか、勇敢にも怪物に向かって、バットを振り回しながら突進していった。
トシ兄は喚きながら、バットを振るった。木の怪物は顔を腕で守っている。
「わあああ! わあああ!」
「これ! 止めんか! この、チビ助!」
怪物は何かわからない言葉をしゃべり始めた。すると、頭上の「主」の枝がヘビのように蠢き、トシ兄のバットに巻き付いた。枝はバットを絡め取ったまま上に戻っていく。バットを持ったトシも同じく宙に浮いていく。トシ兄は足をバタつかせていたが、諦めてバットを離した。
怪物は3人の少年を見回し、怒鳴った。
「いきなり殴りつけてくるとは、ずいぶん乱暴ではないかね、チビ助よ!」切り株頭の根っこが逆立っている。
3人は恐怖のあまり固まっていた。その様子を見て木の怪物はため息を吐いた。トシ兄の方へ近寄って来る。
「そんなに怖がりなさんな、何も危害を加えようというわけじゃない。いきなり声を掛けた我が輩も悪かった」
怪物はトシ兄に手を差し伸べた。トシ兄は恐る恐る怪物の木の手を握った。怪物はトシ兄を引っ張り、立ち上がらせた。それを合図にマー坊とヤマヤンはトシ兄の元に駆け寄った。
3人は目の前のノッポな怪物を見上げた。
「あんた……何?」トシ兄が尋ねた。
「まずは自分たちから名乗るのが礼儀だろう……と言いたいところだが、まぁいい。いいか、一度しか言わんから、よおく聞きたまえよ……我が輩は偉大な木の精霊、ミモー!!」木の怪物は軽く会釈した。
「ミモー?」3人は声を揃えた。
「さよう、えー、お前たちの名は、チビ助ども?」
3人はそれぞれ名乗った。
「なんだ、変な名前だな!」ミモーはクスクス笑った。
「ミモーの方が変な名前じゃないか!」トシ兄が言い返した。
「なんと! ミモーとは我が一族に伝わる偉大な名前であるぞ!」ミモーが憤慨した様子で言った。
「一族? ミモーには家族がいるの?」ヤマヤンが質問した。
「もちろんだ。ここより遠く離れた国におるがな」
「ミモーはどこか遠くの国から来たってこと?」これはマー坊だ。
「あぁ、西の方から旅してきたのだ」
「どうやって?」
「まぁ、歩いたり、隠れて船に乗ったりもしたぞ。嵐に巻き込まれたときは腐ってしまうかと思ったぞ」
「旅のこともっと詳しく教えておくれよ」3人はミモーの話に、冒険の香りを嗅ぎとった。既に恐怖心は消え去っていた。




