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今夜また会いましょう

クリスマスのお話で悲恋とかすみません。

「そろそろ帰る時間だ。また来るよ」


日差しが傾くのはあっという間で気がつけば外は煌々とイルミネーションが点灯していた。


「もうそんな時間なの?じゃあ話の続きはまた今度聞かせてね」


彼の持ってきた彩り豊かな花束へと視線を落としちょっとだけ寂しそうに笑う彼女に次の約束を指切りする代わりにその柔らかな手に口付けをひとつ落とすと彼女の頬はぽっとバラ色に染まった。随分と気障なのねと恥ずかしそうに笑った彼女を満足そうに見つめてから彼は消毒液の清潔そうな匂いのする部屋から外へと歩き出した。


彼女の表情はくるくると変わっていくら見ていても飽きなかった。ケーキを食べては嬉しそうに頬を緩ませたり、恋愛映画を見ては隣で声も上げずに涙をぼろぼろとこぼしていたりそのゆたかな表情は入院してからも相変わらずだった。彼女と一緒に見た景色は今まで生きてきたどんなものよりも色付いて見えたけれど、そんな彼女がたった一度だけみせた綺麗な茜色に染まった空と海をただただまっすぐに見つめていた横顔は今まで見た中で一番綺麗だった。ただ、それは彼女が入院する直前にみせた姿だったけれど。


この時期になると街中が色とりどりのイルミネーションで彩られる。その幻想的な景色の中をぼんやりと歩きながらそれがいつの頃から始まったのかなど、とりとめもなく思ったが彼が過ごしてきた膨大な時間から見ればほんの刹那にも満たない時だ。


彼は死神だ。命を刈り取り無事にこの世からあの世に送り届けるのが仕事だ。その姿は絵画などで見るしゃれこうべではなく死者の望む相手の姿を映すのだ。親や兄弟などその人が会いたいと望む相手の姿になることで迎えが来たと認識させ死を受け入れやすくするのだ。一度あの恐ろしい姿で迎えにもいったが、相手が縮み上がるばかりでまったく仕事にならなかった。


彼の仕事は死神の持つ死亡予定者リストに載っている人物の元へ数日前に姿を現し、それから命が尽きたそのときにそれを刈り取るのだ。彼にとって呼吸をするのに等しい行為だが悠久にも等しい時間をそうして何度と繰り返して過ごしてきた。


それは唯の出来心だった。迎えの人間の姿はみな先に死した者ばかりで、生きている者の姿で迎えにいったことは一度たりともない。もし生きている隣人が自分の死に際に迎えにきたらどんな顔をするのかといったち興味だ。そんなちょっとした悪戯心ともつかない軽い気持ちで死亡者リストをぺらぺらとめくっていくと丁度彼女のものに目が留まった。それが彼女を選んだ理由だった。


だからそれがこんなことになるなんて思いもしなかった。こんな悪戯じみたそれからこんな気持ちなるなんて。自分の生業である命を刈り取るということがこんなにも切なく苦しい気持ちになるなんて知らなかったし、知りたくもなかった。誰が言ったのか人を愛することはすばらしいなんて。


目の前をふわりと白い何かが掠めていき鈍色の空を仰ぎ見ればこの街では珍しい雪がちらつき始めていた。そういえば彼女が今夜は寒いから雪になるかもしれないと嬉しそうに言っていた。


彼女のその真っ白な肌に淡雪のようなベールをあしらった純白のドレス姿はきっとこの世の誰よりも美しいのだろう。そしてはにかんだ彼女のその隣には同じように嬉しそうに笑っている自分を想像して叶うはずもない願いだとわかっているのに、その幸せな姿を思うと胸にぽっと暖かな灯が灯るようだった。


それを遮るように聞こえてきた明るい鈴の音に想いの海への漂流は中断された。そのやけに耳につく音が今夜はクリスマスだと知らせているようで恨めしい気持ちになった。今宵もう一度彼女に会いに行く。いつも持っていく色とりどりの花束の変わりにその手には漆黒の死亡予定者リストを抱えて。


それを思うと目の前の光の景色はどんどん滲んで歪んでいく。もう何度も奇跡が起こるならばどうか彼女の笑顔がこれからもみられますように、そう願ってきた。今もそう願っているけれどクリスマスだからといって奇跡が起きる気配はなかった。もちろんそんなものを彼が感じることができるわけではないのだけれど。


だからそうでないのならばせめて迎えに行ったとき彼女の前に現れるのが自分の姿であるようにと願って、その瞳をゆっくり閉じるとそこに溶け込むように彼は消えた。


もし続編を書くことがあれば幸せな結末にしたいと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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