1-2 <出会い。だがそれは出逢い>
新キャラ登場。
主人公が男の体=ユキ。主人公が女の体=アリス
と表記しています。
アイルの村。
ユキ―――アリスの視界に入ったのは、ゲーム開始一番最初に降り立つ村だった。
所々に木造建築の民家が立ち並び、それに対なすように同じ高さの木々が乱立している。
ここに来るのは久しい彼は「一年ぶりか………」と小さく漏らした。
辺りを見渡すと、自分と同じ初心者装備をしたキャラクターが村中を走り回っている。
正式サービスがはじまってもう一年が過ぎた。色々なVRMMOが登場するネットゲーム市場だが、一年経った今でも衰えない人気なんだと実感した。
それが自分のことのように嬉しく、アリスの口元が小さくつり上がった。
一年前の自分は数分前のYes/Noを押せなかった。肩を竦めてアリスは自分が身につけているスカートの裾に手を伸ばした。
どうもこのスカートというものに抵抗を感じざるを得ない。そんなもの勇気とは別のことだが。
少し村を歩き、ちょいどいい大きさの木箱に腰を下ろす。
手馴れた動作で指を振ってメニューを開き、装備タブを押す。
すると全身皮装備で着飾られたキャラクター、アリスが表示された。
こう見ると本当にかわいいな。と本日二度目のつぶやきを漏らす彼。
腕、胴、腰、足に皮装備が装着され。頭、外装、他四種のアクセには何も装着されていない状態。
見慣れた画面なもので、空欄が嫌に目立った。初期装備だから仕方ないと目をつぶった。
装備タブからフレンドに移し、『フレンド登録』ボタンをタッチ。すると目の前にキーボードが表れた。
あまりキーボード入力になれていないアリスは、キーの文字を確認しながら、ポチ。ポチ。と右手の人差し指で文字を入力していく。
『シュウ』 さんに フレンド申請しますか? Yes/No。
Yesを押し、もう一度確認のYesを押す。
すごく働いた気分になり一息付くも、すぐさまシュウ本人から念話が飛んできて驚くアリス。
『ユキか? 今どこ?』
「アイルの村。よくわかったね」
『誰かさんがCCして、その後に競争率高そうな名前でフレンド申請きたら一〇〇パーわかると思うが?』
「さすがシュウ」
『誉めてもお前がチート使ってるって、運営にメールするのはやめないぜ? それが言ってたヤツだろ』
「あれ? 言ってたっけ?」
前文は挨拶みたいなものなので、スールする。
『あぁ、女のキャラで作ったけどプレイする勇気ないって』
「………さすがシュウ」
シュウは商戦が激しいあの港で商人をしている。情報がもっとも頼れる味方と豪語するだけはある。
記憶力だけは昔から良かったなと、少しシュウが怖くなってしまった。それを勉学に使えれば、多少なりと赤点の数を減らせるのに。
それから何気ない会話をしたあと、アリスはすぐ向かうことをシュウに伝える。
念話を切り、木箱から腰をあげる。
さて、ここからガウルの港へ向かうには三つの方法がある。
まず一つは徒歩での移動。これはチュートリアルをやるようなもので正直願い下げ。シュウの元へたどり着くには、最短でも一日はかかってしまう。
二つ目は転移魔法スキルを持っている人とパーティーを組んで送ってもらう方法。これには色々と深い事情があって嫌だ。
断固として嫌だ。
この辺りは初心者と同じくらい上級者も多い。
理由としては、大半が自分達のギルドへの勧誘だ。アリスもこの短い時間で何度も声を掛けらそうになった。その度に長年身に付いた逃走スキルが発動し、なんとか事を逃れて今に至る。
他にもリアルで知り合いなのか顔を出している上級者もいる。その辺りに頼みたい。勧誘はお断り。
しかしこのアリス、万年ソロのコミュ症。
知らない人に声をかけるくらいなら難攻不落のダンジョンに突っ込んで死んだ方がマシ。デスペナも喜んで受けよう。
ならメインであるユキのフレンドに送ってもらう。その方法もあるにはあるが……。
だが、彼にフレンドという物が存在するのたろうか?
残念ながら、いないことはない。
だがしかし。これに関しては。個人的事情により拒否させてもらいたい。
確かにユキのフレンドには転移魔法はおろか、全ての魔法を使えるという猛者がいる。
呼べば要件も聞かずに来るだろう。
でも、絶対、とにかく、呼びたくない。
代償として何をされるかわからないからだ。
発言を間違えようものなら「ではこちらにサインを書いてくださいませ。うふふ、大丈夫ですよぉ~~。ただ私と籍を入れるだけですからぁ~~」
嫌だ! それだけは嫌だ!
なんで籍ってか、結婚しないといけないんだ!!
おかしいだろぉ!!
アリスは何度も何度もかぶりを振り、三つ目の方法を選ぶ。
最後の方法というと、世の中全て金だ。
NPCに支払うと送ってもらえるというもの。
結構な額を要求してくるものの、一昔前ならば渋る金額であるが今となっては端金。稼いでいる上級者なら、子供にお小遣いをあげる感覚だ。
これはつい最近追加されたもので、同じくして追加されたプレイヤーハウス、ユキが金庫として使っているアレの補完機能だ。
プレイヤーハウスが各町村に追加され、もちろん一番人気はガウルの港。販売価格がオークション形式なもので、ドンドン吊り上がっていく値段を前に当時のプレイヤー達は『廃人すげぇ……』と恐怖したものだ。
そこへドンッ! となに食わぬ顔で数億ほど支払うユキの姿はまさに廃人だったと観客は語る。
『マジかよ。誰だよ、そんなトチ狂った猛者は。あぁ、あのチーターか』と参加者全員一斉に顔を上げて、ユキの姿を見るなり顔を下げる。
その光景は演目か何かに見えツボった。とシュウが今でも笑い話にしている。
ガウル以外そこまでの値段はせず、とりあえずプレイヤーハウスが欲しいという人はアイルなどに住む人もいる。
だがそこを拠点として出歩くにしても、目的地までは徒歩である。流石にチュートリアルは無いので移動には一日も掛からないが、しかし長時間だ。
『あれ? 俺は長い時間歩くためにゲームしてるんじゃないよな? 田中?』
ゲーム内で、このゲームのプロデューサー兼ディレクターである田中氏の名前が出ることも多々あった。
ユーザー達の不満が募り、僅か三日にして街間ワープNPCが設置された。
この早期対応には厚い手のひら返しのユーザー。
『俺達の田中なら、やってくれると信じていた』
これに対して田中氏はツミッターで微笑んでいる画像を添付。ここ重要。
だが俺達の田中はやってくれた。
『ちょっと待って。おい、高けーよwww田中ああああ!!!』
なんとこのNPC、初見の人は絶対二度見してしまう金額を要求してくるのだ。
これには返した手のひらをさらに返すユーザー。
ツミッターや棒匿名掲示板では、田中氏のコラージュ画像が蔓延。NPCの顔を微笑んだ田中氏の顔に変え「あるだけ出しな」の台詞付きだ。
田中氏の抵抗なのか、未だ修正は来ていない。まだまだユーザーと開発との戦いは終わらないのであった。
話は戻って、アリスは各拠点に設置されているプレイヤー倉庫に足を伸ばした。プレイヤー倉庫に預けている中身はキャラ別ではあるが、お金だけはアカウント共有だ。
アリスは鼻唄混じりに手慣れた動作でお金を引き出す。
預けている金額はきっと誰もが二度見するものだろう。しかしなに食わぬ顔で引き落とすアリス。
「さて、ワープNPCってどこだっけ」
弾んだ気持ちのまま、アリスは記憶を頼りに歩くのであった。
「………」
* * *
記憶を頼りに歩いていると、頭上にびっくりマークを表示した村長NPCの奥。場違いな軍服を着たNPCがそこに存在していた。
いたいた。
内心迷子になりかけ、不安になっていたアリス。
安心し、NPCに話かけようとしたときだ。
「すいませ―――」
「すいません! あたしも一緒に送ってもらってもいいですか?!」
「っ!?」
心臓が飛び出る思いだった。
油断していた。まさか勧誘やナンパの類いがここで待ち構えていたとは。
ゆっくりと背後を振り替えるアリス。
いつでも逃げる準備をする。すぐさまワープの手続きを行えるように身構える。
だが声の主を見て、アリスはナンパや勧誘目的ではないと直感した。
なぜなら彼女は自分と同じ格好なのだから。
金髪のショートボブに大きな碧眼。
その綺麗な瞳をウルウルとさせ、少女はこちらに近づいてきた。
「お願いします!! あたしをガウルの港へ――」
「近い、近いよ!!」
コミュニケーション能力ゼロな彼にはもうパニックだった。
何が起きたのか整理するも、思考は考えるのを辞めていた。
一刻も早くここから脱出しよう。
しかし少女はそれを力技で阻止する。
ガッシリと腕を掴まれ、NPCに話しかけられない。
「う、腕……離してくれない、かな?」
「こ、このゲームのぉ。経験者さん、ですよ、ね?」
「いいえ。……違いま、す!」
なんという力だろうか。
というよりも初期段階では全員同じステータスなもので、力勝負しても勝敗はつかない。
いや、これって組み付きでしょ? 攻撃扱いでしょ!
ちょっと憲兵さああああん!!!
「ちょっと、ちょっと待ってぇ!!」
掴まれた手を力いっぱいにほどき、アリスは一歩後ろに引いた。
一体全体なんなんだ。この子は………。
距離が空いたことで、止まっていた思考がようやく動き出す。
そもそもなぜ彼女は自分を経験者とわかった。
確かに、ここで張り込みをしていれば経験者に会えるだろう。
しかしだ。アリスの姿はあからさまな初心者だ。
間違ってNPCに話かけていると思うのが普通である。
だが彼女の行動は、完全に経験者だと判断したのだと思える。
疑義の念を抱かずにはいられなかったアリスは横目で少女を一瞥する。
すると少女はその彼の動作から何かを察した。
「あぁ、どうしてわかったかってやつですか? 張り込んでたんですよ」
天真爛漫にはにかむ笑顔。少しそれが眩しかった。
「確かにその格好でこのNPCに話しかけても、初心者さんが間違えて話しかけた風にしか見えません。
しかしあたしはここで張り込んだのではなく、プレイヤー倉庫に張り付いていたんです」
どやぁ~~。どうです。完璧でしょ? 勝ち誇ったように少女は胸をはりあげていた。
「すいません。ガウルまでお願いします」
「ちょちょちょ!!!! 人の話聞いてますか!! 自分でもよく考えたと褒めてほしいほどなんですよ!!」
「どうせ初心者しかいないこの村で、倉庫を利用するとしたら経験者のみ。
その利用者をつけて、このNPCの前に行くようだったら一緒に連れて行ってもらおうって魂胆でしょ?」
「おぉ、大正解!! 正解者にはこのラファちゃんとパーティーを組む権利を与えましょう」
アリスの視界に 『ラファ さんがパーティー申請しています。承諾しますか? Yes/No』がポップした。
ラファ。
それが少女の名だった。
しかしそんなものはどうでもいいと、すぐさまアリスはNoを押し、NPCに向きを変える。
「どうしてですか~~……こんないたいけな少女を放置するんですか? 放置よくない。真心プリーズ」
「自分でいたいけとか……」
この少女、鬱陶しいほどに必死である。
むしろどうしたらそこまで必死になるのか知りたい。
再度引っ付いて離れようとしない彼女を、アリスは必死に離そうとしている。
「必死すぎ!!」
「あたしは!! 歌姫オーディションに受からないといけないんです!!」
「え? あ、ああ――――ッ!!」
引き離そうとしていた力を緩めると、勢い付いた顔面がアリスのおでこに激突。
そのまま二人は地面に倒れてしまった。
「いっ―――たぁ………」
「ぅぅ………す、すびばぜん―――」
「うひゃあっ!?」
すっとんきょんな声をあげるアリス。
彼の右手はラファの柔らかいものを握っていたのだ。
アリスは慌ててラファを立ち上がらせ、顔に手を当ては真っ赤になった顔を隠した。
これは、怒ったかな?
チラリと指の隙間からラファを見る。
ラノベやアニメの影響か。このようなハラスメント行為には決まって何かされると思い込んでいた。
しかしラファは、何をそんなに照れているんだろう? と可愛く小首を傾げていた。
そうか。今の俺は女の子、なんだ。
思い出したくないものではあるが、彼の声は中性的だ。
それは格好が男なら男にも見え、女だったら女に見えるというもの。
このゲームでは、リアルとは別の性別でプレイすることができるが、声だけは変えることができない。
結論からいえば、今のアリス。どこをどう見てもただの女の子である。
理解すると同時、何か複雑な感情と一緒に冷静になるアリス。
「少し話そっか」
「――っ!? はい!」
※ ※ ※
「えっと―――」
「俺―――じゃなかった。ぼ、僕はユ―――じゃない、アリス」
「アリス……」
反芻するように彼の名を口にするラファ。気味の悪さを覚えた彼は、ベンチへと誘った事に後悔を覚える。
「うん。覚えた」
小首を傾げるアリス。
しかしぼろが出そうになりつつも、様子の変わらないことに、こんな感じでいいかなと言葉を選びながら話を進めることにした。
「はい。あ、あとラファ、でいいですよ。あんまりさん付けで呼ばれるの慣れてないから!」
「なら僕のこともアリス、でいいよ。それでラファもオーディションを?」
「ありがとう。そうゆうアリスも?」
「うん。ラファの察しの通り、このキャラはオーディション用。今から衣装合わせをしに行くつもりだったの」
「おぉ、さすが経験者。アリスはこのゲーム長いの?」
「ん~~……そこそこかな」
「へぇ………」
そこから少しずつラファにも慣れ、和気藹々の仲睦まじい女子会の図が出来上がった。
しかしこのラファという少女。やたらにじゃれ付いてくる。リアルでもこんな感じなのかと思わせる。
「ちょ、ちょっとなんで腕組むの」
「だって~~ちょうどいい高さに腕があるんだもん!」
これはアリス自身、自分でも失敗したと思っているところだ。このキャラの身長設定は、リアルの身長と一緒にしてしまっている。
このゲームのキャラクター設定は、ゲームハード――イクスフィアの初期設定でスキャンした自分の体を元に弄ることとなる。その際に性別も一緒にいじれたりする。
男だった体を女の体にするのに苦労し、完璧だと思っていたが身長をいじるのを忘れた。
失敗したと思ったが、リアルのユキは長身ではない。この間の身体測定で、173と書かれた。
女性にしては長身ではあるが、規格外な大きさではない。
アリスとラファの身長差は頭一つほど。
ラファの言う通り、アリスの腕はちょうどいい位置にあるのであった。
「もぉ………」
段々と女性の言葉づかいに慣れてきたアリス。
しかしこの度を越えるスキンシップだけは未だに慣れない。
本物の女子ってこんな感じなのかな。
ラファを観察し、これを演じなければならない。そう思うと、アリスは変なため息が漏れる。
この授業料は高くな。
アリスは参りましたとばかりに話題を振ってみた。
「ねぇラファ。僕と一緒にガウルへ行く?」
「いいの? ホントォ!?」
「うん。一人でオーディション受けるつもりだったから心細かったんだ。だから仲間ができて嬉しいよ」
するとラファは悪戯が成功したかのように口元を釣り上げた。
そうだね。今回は君の勝ちでいいよ。
呆れ気味に目を逸らし、彼女の勝ち誇った顔を見なかったことにした。
そこで彼は仕返しを思い付く。
「ついでに。はい」
「………?」
トレード申請をラファへ送る。
目をパチクリとするラファは少し溜めた後、決定ボタンを押す。
すると、見間違いだろうか。
視界に入ったのは沢山のゼロ。九個はついているように見える。
意図がわからないと、目を大きく開けるラファ。
それを見てアリスはしてやったりと一番の笑顔を見せた。
「それくらいあればきっとオーディションまでにいい装備が買えるよ」
ラファの目が泳ぐのを見た。
そりゃ困るよね。
しかし彼にとって別によかった。
彼女をこのお金でどうこうしたいわけじゃない。
それを判って欲しく、アリスは屈託のない笑顔を浮かべる。
「深い意味なんてこれっぽっちもないから。
これは僕からラファへの……激励? みたいなものだから。え、えへへ」
「……」
間があった。
長い沈黙が流れる。
そこからラファは、沈黙を破るようにトレードを了承し、場の雰囲気とは異様のSEが流れた。
「しょうがないなぁ~。じゃこの恩は、ちゃんと仇として返すからねっ!」
さっきとは打って変わり、ラファの表情から素が見えた気がする。
しかしそれは一瞬で、さきほどまで見せていた悪戯めいた表情へと換わる。まるでそれは仮面のように。
「うん。僕も負けないからね」
「じゃあ! 行こう! あたしが奢ってあげるから!」
「それ僕のだけどね……」
「なんか言った?」
「いいえ。なんでもないです」
「んふふ」
ラファはアリスの腕を引っ張り、ワープNPCのところへと誘う。
「アリス」
「ん?」
「ありがとう!」
アリスとして初めての友達、ラファ。
それは彼の支えとなるのか。
はたまた悪魔となるのか。
ご意見ご感想お待ちしてます。