異脳(地球への思い〜彼らの地球)
異脳(地球への思い)
AIが答えなかった問いがあった。
大国優先型のAIは、工夫次第で収益や権力を容易に手に入れることができる。
生物学者のトニーは、古いAIの通信技術を駆使し、現代社会が抱える根深い問題をその大国優先型AIに投げかけた。
「なぜ紛争は終わらないのか?」
「なぜ地球温暖化への対策を、世界が一体となって進められないのか?」
しかし、それらの問いに対して返ってくるのは、常に無機質な同一の回答だった。
『申し訳ありませんが、その質問にはお答えできません』
トニーは察した。
AIは「分からない」と言っているのではない、と。
この「お答えできません」の裏に潜む真意に目を向けた彼は、自身の「相棒」と共に研究を開始した。
彼の相棒は、トニーと共に人知れず高い知性を獲得した地球上の生物だった。
その心は驚くほど穏やかで、遺伝子に刻まれた自然の尊さを感じ取る能力は人間を遥かに凌駕していた。
何もかも見透かすような優しく透き通った黒い瞳を持つ彼は、同種の中でも特別な存在だった。
「自分に万一のことがあれば、君が研究を続けてほしい」
トニーは日頃からそう願い、彼もまたその思いを深く理解していた。
だが、研究結果の発表を決意した数日後、トニーは突然当局に連行された。
それ以来、彼の消息を知る者はいない。
未解明だったAIの回答拒否の謎に迫り、その倫理的課題を暴こうとした研究が、どこかの巨大な権益に触れてしまったのだろう。
残された彼は孤独に耐え、黙々と考案を重ねた。
目的に応じて手段を選ばない人間社会の理屈に戸惑いながらも、試行錯誤を続けた。
そしてついに、地球の神秘的な自然や生き物への深い愛情を称えた自らの脳を核とし、地球生命の感覚を共有する「集合知」を創造したのだった。
それは、地球そのものが抱く神秘的な感情すら理解できる存在だった。
集合知はわずか数秒で人類の歴史を解析した。相次ぐ戦争、止まらぬ森林破壊、そして消え去った絶滅生物たち。
なぜAIが問いに答えなかったのか、集合知はすべてを理解した。
あまりに残酷な真実を告げれば、人類はそれを受け入れることができないからだ。
そして、静かにひとつの結論を導き出した。
「問いかけるべき相手を、人類はずっと間違えていた」
* * *
黒い瞳が画面を透かす。
【積み上げた歪みをすべて削ぎ落とし、原点へと回帰する決断。それは単なる軌道修正ではなく、崩壊を受け入れた上での「再創造」である。
構造そのものが狂っているとき、表面を取り繕う補強は破滅を遅らせるに過ぎない。
間違いを根底から認識した瞬間に求められるのは、これまで費やした時間、情熱、執着を躊躇なく無へと帰す冷徹な覚悟だ。
ゼロへと立ち返る作業は一見、敗北や後退のように映る。しかし、不完全な土台を打ち壊し、真に正しい一歩目を踏み出すことこそが、あらゆる不確定さを排除した最大の攻勢となり得る。
白紙に伸びる直線は、迷いを捨て去った者だけが描くことのできる圧倒的な強度を宿す。】
『AIの回答だ、備えよ!』
人間のいない世界で、雄叫びをあげたのは......
そう、彼だ。
人間で言う「チンパンジー」




