うつけと呼ばれた、あの時の運命
登場人物
織田信長(幼名:吉法師)
主人公。幼い頃は「尾張の大うつけ」と呼ばれ、周囲から理解されなかった。しかし、民の暮らしを自ら見て学び、常識にとらわれない発想で天下統一を成し遂げた。今では日本だけでなく、世界の未来を見据える天下人となっている。
幼き吉法師
少年時代の信長。城を抜け出して町を歩き回り、農民や商人、職人たちと触れ合うことを何よりも好んだ。「うつけ」と笑われながらも、自分の信じる道を歩み続ける。
土田御前
信長の母。誰からも理解されない吉法師を信じ続けた唯一無二の存在。「自分を信じなさい」という言葉で息子を励まし、その後の人生を支えた。
織田信秀
信長の父。尾張の戦国大名。病に倒れた後も、その志は信長の胸に受け継がれている。
羽柴秀吉
信長の忠臣。若き日の「うつけ」と呼ばれた信長を知り、その成長を最も近くで見届けてきた武将。
徳川家康
信長の盟友。信長の型破りな発想と決断力を高く評価し、天下統一への歩みを支えてきた。
艦隊総督 レオン・ヴァルディス
異国から来た総督。信長の過去を知ることで、その器の大きさに敬意を抱き、日本と祖国の未来のために共に歩むことを誓う。
織田家の重臣たち
若き日の信長を「うつけ」と評し、その器を疑っていた家臣たち。しかし後に、その先見性と器量を認めることになる。
尾張の町人たち
幼い吉法師と触れ合い、笑い、語り合った人々。信長が「民を知ること」の大切さを学ぶきっかけとなった存在。
農民・商人・鍛冶職人たち
信長が城下町で出会った人々。それぞれの暮らしや苦労を通して、信長に「国を治めるとは民を守ること」という考えを育ませた。
第六十五章 うつけと呼ばれた、あの時の運命
夜明け前の静かな天守。
若狭沖海戦を目前に控えた信長は、一人、窓から昇り始める朝日を見つめていた。
冷たい風が頬をなでる。
「うつけ……か。」
信長は小さく笑った。
今では天下人と呼ばれる自分も、かつては「尾張の大うつけ」と陰口を叩かれた少年だった。
誰もが信じなかった。
誰もが笑った。
「吉法師では織田家は滅びる。」
「礼儀も知らぬ。」
「武士らしくない。」
「城を抜け出して町を歩き回るとは何事だ。」
そんな言葉を、幼い頃から何度も耳にしてきた。
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尾張・那古野城。
幼い吉法師は今日も城を抜け出していた。
町では鍛冶屋の仕事を見つめ、農民と田植えをし、商人から異国の話を聞き、子どもたちと泥だらけになって遊ぶ。
家臣は頭を抱えた。
「若様!」
「また勝手に城を抜け出された!」
「これでは当主の威厳がありません!」
信長は笑った。
「威厳とは何だ?」
「民を知らぬ者が、どうして国を治められる。」
家臣たちは返す言葉がなかった。
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ある日。
織田家の重臣たちが集まり、信長について話し合っていた。
「信行様こそ織田家を継ぐべきです。」
「吉法師様では家中がまとまりませぬ。」
「うつけでは戦国は生き残れぬ。」
その会話を廊下で聞いてしまった信長。
何も言わず、その場を立ち去った。
誰にも見られない庭で、一人空を見上げる。
「私は……間違っているのだろうか。」
そこへ土田御前が歩いてくる。
「吉法師。」
「母上。」
土田御前は優しく笑った。
「人は、自分と違う者を恐れるものです。」
「だから、あなたを理解できない。」
「ですが、いつの日か分かる日が来ます。」
「その日まで、自分を信じなさい。」
信長は静かにうなずいた。
⸻
父・織田信秀が亡くなると、周囲の反対はさらに強くなった。
信長が家督を継いでも、多くの家臣が離れていった。
敵は織田家だけではない。
今川。
斎藤。
朝倉。
武田。
誰もが尾張は終わったと思っていた。
しかし、信長は諦めなかった。
「笑いたければ笑え。」
「余は余の道を行く。」
その言葉どおり、信長は誰にも真似のできない発想で次々と困難を乗り越えていく。
桶狭間では圧倒的な兵力差を覆し、今川義元を討った。
楽市楽座を行い、商人たちに新しい道を開いた。
鉄砲を大量に用いて戦い方を変えた。
どれも、かつて「うつけ」と笑われた考えだった。
⸻
現在――。
若狭の港。
レオン・ヴァルディスが信長へ尋ねる。
「信長。」
「あなたは、なぜ誰にも真似のできない発想ができるのですか。」
信長は穏やかに笑った。
「皆が『できぬ』と言うからこそ、やってみたくなる。」
秀吉は笑いながら続ける。
「上様は昔からそうでした。」
「周りが無理だと言うほど、楽しそうなお顔をされます。」
家康も小さく笑う。
「だからこそ、今の天下があるのでしょう。」
信長は海を見つめた。
「もし余が『うつけ』と呼ばれなかったら。」
「皆と同じ考えをしていたなら。」
「今の余はいなかった。」
「人は欠点だと思っているものが、いつか誰にもない強みになる。」
レオンは静かにうなずく。
「その言葉は、私の国の若者たちにも伝えたい。」
信長は空を見上げる。
朝日が海を黄金色に染めていた。
「『うつけ』と呼ばれた日々は、決して無駄ではなかった。」
「すべては、この未来へ続く道だったのだ。」
秀吉たちは深く頭を下げる。
誰にも理解されなかった少年は、やがて天下人となった。
そして今、その志は日本を越え、世界へと広がろうとしている。
新たな時代は、常識を疑う一人の少年から始まった。
その少年の名は――
織田信長。
かつて「尾張の大うつけ」と呼ばれた男である。
織田家の家臣たちの一言
私たちは、かつて若き日の信長様を「尾張の大うつけ」と呼んでいました。
礼儀を知らず、城を抜け出し、町を歩き回る。
武士らしくない振る舞いばかりで、織田家の未来を案じたこともありました。
「この方に織田家を任せてよいのだろうか。」
そう口にした者も、一人や二人ではありません。
ですが、私たちは大切なことを見落としていました。
信長様は遊んでいたのではありません。
民の暮らしを見ていました。
商人の知恵を学び、農民の苦労を知り、職人の技に目を輝かせていました。
私たちが城の中だけを見ていた時、信長様は国そのものを見ておられたのです。
やがて桶狭間で勝利し、天下統一への道を切り開いた時、私たちはようやく気づきました。
「あのお方は、うつけではなかった。」
「時代を誰よりも先に見ていた方だったのだ」と。
人は見た目や噂だけで、その人の価値を決めてしまうことがあります。
私たちもまた、その過ちを犯しました。
しかし、信長様は私たちを責めることはありませんでした。
過去の疑いを忘れ、変わらぬ信頼を寄せてくださいました。
だからこそ、私たちは命を懸けて信長様に仕え続けたのです。
今、私たちは胸を張って言えます。
「尾張の大うつけ」と呼ばれた少年は、やがて乱世を終わらせる天下人となりました。
そして、その志は国境を越え、未来へと受け継がれていくでしょう。
信長様。
あなたに仕えることができたことを、私たちは生涯の誇りといたします。
――織田家家臣一同




