天狼の野望
今宵の宴は?
第百四章
天狼の野望 ― 天下を揺るがす黒き軍勢 ―
朝焼けが空を赤く染めていた。
山城国では農民一揆が収まり、村には再び活気が戻り始めていた。
子どもたちは田畑を走り回り、農民たちは新しい苗を植え、女性たちは笑顔で炊き出しを行っている。
その光景を見た信長は、小さくうなずいた。
「ようやく笑顔が戻ったか」
幸村も微笑む。
「信長様、この景色を守るためなら、私は何度でも槍を取ります」
その時だった。
遠くから一頭の馬が土煙を上げながら走ってきた。
「急報!」
「急報でございます!」
馬から飛び降りた伝令は、その場にひざまずいた。
「信長様!」
「美濃、近江、伊勢、尾張の境で、謎の軍勢が各地の城を次々と制圧しております!」
信長の表情が引き締まる。
「やはり動いたか」
「敵の名は」
「天狼軍でございます!」
その名を聞いた瞬間、周囲の武将たちがざわめいた。
「天狼……」
「噂は本当だったのか」
伝令は震えながら続けた。
「敵は五万を超える大軍」
「しかも不思議なことに、落とした城では略奪をせず、民にも危害を加えておりません」
幸村は驚く。
「戦をしているのに、民を襲わない?」
信長は静かに考え込む。
「妙だ」
「普通の侵略ではない」
「何か目的がある」
数日後。
信長たちは天狼軍の動きを探るため、美濃との国境へ向かった。
途中の村では、人々が不思議そうな顔をしていた。
「敵軍は通った」
「でも畑は荒らされなかった」
「米代まで置いていった」
「子どもに薬も配ってくれた」
幸村は困惑する。
「敵とは思えません」
信長は静かに答えた。
「見た目だけでは人は分からぬ」
「善人にも悪人にも理由がある」
さらに進むと、大きな城跡が見えた。
城門は破壊されていたが、城下町は無傷だった。
一人の老人が信長へ近づく。
「あなたが織田信長様ですか」
「そうだ」
老人は深く頭を下げた。
「天狼様は言いました」
『私は天下を奪うためではない』
『腐った支配を終わらせるために戦う』
と……
幸村は目を見開いた。
「まるで……」
信長は苦笑した。
「昔の余のようだな」
その夜。
信長たちは山中に陣を築いた。
焚き火を囲みながら、それぞれが静かに考えている。
幸村が口を開く。
「信長様」
「もし天狼が悪人ではなかったら」
「どうされますか」
信長は炎を見つめながら答えた。
「話す」
「まず話してから決める」
「剣は最後でよい」
「戦とは、言葉が尽きた時に始まるものだ」
幸村は深くうなずいた。
翌朝。
見張りの兵が叫ぶ。
「敵影!」
山の向こうから黒い旗が現れる。
一万、二万、三万……
数え切れない兵が整然と進軍してくる。
しかし、不思議なことに一糸乱れぬ行軍だった。
略奪も叫び声もない。
まるで巨大な一つの生き物のようだった。
その先頭には、黒い鎧をまとった一人の武将。
銀色の仮面。
漆黒のマント。
腰には一本の長刀。
背中には白い狼の旗印。
その男が馬を止める。
信長も一歩前へ出た。
二人の間には、誰も入れない静寂が流れる。
やがて仮面の武将が口を開いた。
「久しいな」
低く響く声。
信長は眉をひそめる。
「その声……」
「どこかで聞いたことがある」
仮面の男は静かに笑う。
「織田信長」
「私は、お前を待っていた」
幸村が槍を構える。
「何者だ!」
仮面の男は幸村を見る。
「安心しろ」
「今日は戦いに来たのではない」
「話をしに来た」
信長は静かに刀から手を離した。
「ならば話そう」
「お前の望みは何だ」
仮面の男は空を見上げる。
「私も、お前と同じ夢を見た」
「戦のない国」
「誰も飢えない世」
「だが、その方法だけが違った」
信長は真っすぐ男を見つめる。
「方法を誤れば、夢は悪夢になる」
男はゆっくりとうなずいた。
「だからこそ、お前に会いたかった」
そう言うと、仮面の男は背を向けた。
「次に会う時までに答えを出せ、織田信長」
「我らは敵か」
「それとも、同じ未来を見る者か」
黒い軍勢は静かに去っていく。
誰一人として剣を抜くことなく。
残された信長は、遠ざかる天狼軍を見つめながら小さくつぶやいた。
「天狼……」
「お前は何を背負っている」
風が草原を渡る。
戦はまだ始まっていない。
しかし、日本の運命を決める大きな決断の時は、確実に近づいていた。
次回も楽しみに




