シノの夢
偽りの平穏だった。
セレナが去って三日。授業は通常通り行われていた。食堂のパンの匂いも、マイト先生の「上腕二頭筋ッ!」も、パルフィー先生のチョーク折りも、いつもと同じだった。結界の外には誰もいない。白い軍服の影は消えた。
ただ、石畳の隅に白線が増えていた。結界の補修跡。マスク先生が毎朝確認している。生徒は気づいていない。気づいているのは、アルクとシノとライだけだった。
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中庭の階段を、チャーミィ先生がのそのそ降りていった。陽だまりから陽だまりへ渡り歩く犬の影だけが、いつも通りだった。
三限目の歴史の授業中、シノが倒れた。
音がした。椅子が倒れる音。体が床に落ちる音。教室が止まった。パルフィー先生がチョークを落とした。今度は拾わなかった。
「シノさん? シノさん!」
アルクが駆け寄った。シノの顔が白かった。額に汗が浮いている。目は閉じていた。呼吸が浅い。
医務室に運ばれた。ライが足を持ち、アルクが肩を支えた。シノは軽かった。
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夕方。医務室を出たシノが、屋上にいた。
手すりにもたれて、空を見ていた。夕日が校舎の影を長く伸ばしている。アルクが扉を開けると、シノがこちらを見た。
「——大丈夫か」
「大丈夫です」
大丈夫ではなかった。顔色がまだ白い。手すりを掴む指が細い。
「……座っていい?」
「どうぞ」
手すりの反対側にもたれた。二人の間に、三歩分の距離があった。
風が吹いた。シノの黒髪が揺れた。
長い沈黙だった。
「——間に合わなかった」
シノが言った。
それだけだった。何に間に合わなかったのか、言わなかった。手すりを掴む指が白い。震えていた。指先だけ。
沈黙が長かった。夕日が沈んでいく。塔の影が校庭を覆い始めていた。風が止んだ。
アルクは何も言えなかった。
「起こさせ——」
言いかけた。止まった。約束しようとした。約束を軽々しくする自分に気づいた。
シノがアルクを見た。
「——はい。今度は、一緒に」
風が戻った。シノの髪が揺れた。
何も約束できなかった。隣にいた。




