格が違う
校庭に全校生徒が集められたとき、空の半分は黒かった。
黒い霧が東から迫っていた。前回の黒い兵隊とは質が違う。霧の密度が濃い。空気が重い。呼吸するだけで、肺に石を詰められたような息苦しさがあった。
生徒たちの顔が青い。上級生でさえ、唇が震えていた。
教師陣が前線に並んだ。マスク先生。エメロード先生。睦月先生。マイト先生。リベルタ先生。五人が横一列に立って、黒い霧を見据えていた。授業のときの顔ではなかった。
パルフィー先生は後方にいた。生徒たちの整列を手伝っていた。
避難列の端を、チャーミィ先生が静かに歩いていた。犬の背中なのに、それだけで少しだけ息が戻った。
学園長が前に出た。
フードを被ったまま、教師陣の前に立った。小柄な体が五人の前に出た瞬間——空気が変わった。
「皆、後ろにいなさい」
穏やかな声だった。いつもの声だった。
---
黒い霧の中から、それは現れた。
巨大だった。校舎の三階に届く体躯。岩のような肌。灰色の表皮に黒い亀裂が走っている。目は赤い。二つの赤い点が、霧の中で燃えていた。
地面を踏むだけで、校庭の石畳が割れた。
前回の黒い兵隊は手下だった。今回は——将だった。
---
学園長が前線に立った。蟻と巨人だった。
男が足を止めた。
「俺の名前はジャノン。岩嵐のジャノン」
声が地面を揺らした。石畳にひびが走る。
「2番目の塔を明け渡せ」
学園長は答えなかった。片手を上げた。
金色の光球が生まれた。太陽を凝縮したような光。アルクの位置からでも熱が伝わった。
ジャノンが腕を振った。数十トンの岩塊が壁のように飛んだ。
学園長が光球を投げた。岩塊が蒸発した。光が三つに分裂して、ジャノンの胸と両腕を同時に貫いた。
ジャノンが吠えた。校舎の窓ガラスが割れた。音ではない。圧力だ。
百本の黒い槍が降り注いだ。金色の盾が展開された。槍が突き刺さるたびに火花が散った。学園長の足が後退した。半歩。一歩。
光が薄くなっている。金色が弱くなっている。ジャノンは片膝すらついていなかった。
---
学園長がフードを取った。
初めてだった。風が髪を揺らした。背中しか見えなかった。背中が光っていた。全身が金色に発光していた。
光の柱が立ち上がった。校庭を覆い、空に届いた。金色の光が黒い霧を焼き払っていく。ジャノンの体に直撃した。
光と岩がぶつかった。校庭が陥没した。地面が割れた。
光が収まった。
学園長の姿がなかった。
立っていた場所に——フードだけが落ちていた。
布が空中で広がって、石畳に触れた。くしゃり、と小さな音がした。風がフードの裾を揺らしていた。
それだけだった。
---
ジャノンは片膝をついていた。胸に傷があった。黒い表皮が裂けて、中から灰色の光が漏れていた。立っている。片膝をついたまま、立ち上がった。傷が塞がっていく。
教師陣が前に出た。マスク先生が槍を構えた。エメロード先生が光球を連射した。マイト先生が拳で地面を割った。リベルタ先生が雷を放った。睦月先生が影から斬りかかった。
五人がかりで、ジャノンの足を止めていた。止めるのが精一杯だった。
アルクは動けなかった。
フードが石畳の上にある。風に揺れている。あそこにさっきまで人がいた。穏やかな声で「パンはおいしいよ」と言った人が。「良い度胸だねえ」と笑った人が。
膝が震えていた。止められなかった。
2番目の塔を見た。塔は震えていた。




