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「ああ…これで一つになれる…キミとずっと一緒にいられる…」



暗い部屋にばき、と何かが折れる音がする。鉄臭さが蔓延するその部屋でその男は光悦とした表情で愛しの彼女を見る。

とうに冷たくなった彼女を。



*



この世界の1/5は獣人が占めている。昔、魔女様が気紛れで作った、と絵本が語っている。


その1/5の獣人の人口は増え続けている。強い繁殖能力で獣人の国は大きくなり続けていた。獣人の国はいくつか分かれておりとある目立つ大きな国に一人の人間の女性がいた。



「ティナ様~!朝ごはんできましたよ~!」



コンコンコン、と部屋のドアがノックされる。「今行きます…!」と部屋の中から焦るような声が聞こえて、ピンクの髪にちょこんと控えめケモ耳が特徴の獣人のメイドはドアを開けた。

部屋の中には色素の薄い茶髪に緑のワンピースを着た女性がいた。



「おはようございます、ネネちゃん。すみません、もう少しなんだけど…」

「あ、ネックレスが髪に絡まっちゃいました?ほどいてあげますね~」



ネネが椅子に座るティナの後ろについて絡まった長い髪をほどき始める。


ティナは人間だ。

人間たちは獣人を恐れた。運動神経にも長け、牙も鋭い爪もある獣人に襲われでもしたらと。ただの動物ではない、智恵もある。

その昔、人間と獣人は戦争をした。結果は人間の勝利だったが、その時代は獣人の数が少なかった。

それから数年後、人間と獣人は同盟を結んだ。争いはしない、と。仲良くしましょう、と。

人間は獣人が好む女性を嫁に行かせ、獣人と婚姻を結ばせた。


所謂、人質であった。

それがティナだった。



(ロキ様とはそれまで会ったことがなかったけれど、彼は私を所望したんですよね)



何故かしら、とティナはうーんと悩む。



「はい!取れました!さ、早く行きましょ~、ロキ様も待ってますよ!」

「え、ええ」



*



「おはよう、ティナ」

「おはようございます、ロキ様」



食堂にて。

髪が白黒で大きな耳とふさふさの尻尾の男性がいた。ロキだ。ちらりと見える牙に怯えることなくティナはにこりと挨拶する。

「今日もかわいいね。それ新しい服?」なんて軽く褒められると、ティナは嬉しそうにした。そうなんです、昨日ネネちゃんと買ったんです、と。



「ん?甘い匂いがする」

「!」



顔を近づけて、くんと鼻を鳴らす。どうやら匂っているようだ。

するとネネがティナの腕を組んで、どや顔で言った。



「昨日買った香水ですよ~!いい匂いですよね!」

「そうだね、結構好きかも」



そんなに?とティナは思う。正直、人間のティナには香りが分からなかった。獣人は鼻が利くらしい。

それにして、顔が近くて緊張すると目を泳がせていると「あ、」とロキが声を漏らして離れた。



「ごめんね、人間は顔を近づられるの嫌なんだっけ?」

「え、い、いえ…」

「遠慮しないで。獣人はさ、色々と距離が近いから。でもキミは人間だし、ちゃんと嫌なことは言ってほしいんだ」

「い、いえ、本当に嫌では…」

「本当に?」



ロキは心配そうにティナの顔を覗く。

どき、とティナの心臓が高鳴る。


本当に嫌ではなかった。寧ろ嬉しかったなんて言えない。

何故なら私は人質だから。

彼の機嫌も損ねることはできないし、恋もしてはいけない。

ここに嫁ぐ前に母親に泣かれた。「いつか必ず迎えに行くからね」と。

情が沸いて愛情や恋情に発展してしまえば母親の気持ちを無下にしてしまう。


彼はとても優しく、人間の感覚を大切にしてくれる。簡単に触れることもせずに割れ物のように扱ってくれる。

その彼の優しさに引かれている自分もいる。



「それより、ネネ。いつまでくっついてるの。離れて。彼女は人間だよ」

「えー!人間だってこれくらいしますよ!」

「ロキ様、本当に気にしてませんから」



しかし、ネネを離そうと彼はティナの肩を抱いて自分の方へ寄せる。

「あー!ロキ様独り占めいけないんだ!」とネネが抵抗しようとした時、がり、とネネの爪がティナの白い腕をひっかいてしまった。



「いた、」



思ったより痛かったそれに思わず声が出てしまう。

血が少し出てしまった、白い肌によく映えるそれは滲み出てきていた。

その瞬間、二人の動きが止まった。しん、と不気味な雰囲気まとった場にティナは首を傾げる。



「ロキ様…?」



肩に食い込む彼の爪が痛い、とちらりとロキを見るとまるで獲物を狙う肉食獣のように鋭い目付きをしていて、ティナは少し後退ろうもしたが、肩を捕まれているせいでなし得なかった。



「あの…」

「!あ、ごめん、兎に角手当てしないとね」

「ロキ様…?」

「……」



ロキはぐるぐると考えてしまった。血、甘そう、いや駄目、ティナは人間、と自分に言い聞かせる。顔を手で覆うと強く目を瞑った。



「獣人は…血が好きなんだよね。いや好きっていうか、その、興奮するというか…」

「…」

「昔は血を求めて人間に襲ってたくらい…いやそうじゃなくて。手当て、手当てしよう」

「ちょっと舐めてみますか?」

「うん、…え!?」



顔を勢いよく上げるロキは顔を赤くして目を輝かせていた。しかしすぐにはっとして勢いよく顔を横に振った。



「何言ってるの!?したい…けどしないよ!?」

「ちょっとだけなら大丈夫ですよ、いつも気を遣わせてますし」

「いやいや!駄目!ネネ!手当てして!俺は部屋に戻るから!」

「はーい」



早足で食堂を出るロキに「あ…」とティナは落ち込む。

少しくらいならよかったのに、貴方なら、と。気持ちを伝えるのって難しいですね…としゅんとした。

救急箱を持ってきたネネが手際よく手当てしていく。



「ネネちゃんは血は平気なんですか?」

「はい!ネネは平気~!」



*



「はあ、…あー…」



と自室に戻ってロキは頭を抱える。

甘い誘惑に揺らいでしまった自分を自制する。いやでも少しくらい舐めておけばよかったかも、折角のチャンスなのに。いやいや、なんて考えを巡らす。



(昔から恋してた人間の女の子が妻になって浮かれすぎだな)



そう、あれは10年以上前のこと。

幼いロキは従者を振り切って一人で人間の国に遊びにきた。血だの牙だの、争いだの共食いだの血生臭い獣人の世界とは違い、綺麗で礼儀正しい人間の国。ロキはフード付きマントを被って耳と尻尾を隠して人間の国を楽しんだ。

町をあちこち堪能していた、とある花畑についた。誰もいない、戻ろと踵を翻そうとしたら甘い匂いがした。

花畑の中心で幼い女の子が花を摘んでいる。何となく、ロキは近づいてみる。



「甘い匂い…」

「ん?おにいちゃん、だれ?」



女の子の大きな目がロキを視界に入れると不思議そうな表情をした。

あっ、とロキが気付くと少女の前を座ると言った。



「俺はロキ。キミは?」

「ティナ。…ここはティナのおうちのにわだよ。おにいちゃん、どうやってはいったの?」

「え!?」



驚いて声を出す。いつの間にか敷地に入ってしまったらしい。獣人の国なら速効で殺される…!とロキが青ざめるとティナはくすくすと笑った。



「ほかのひとにはないしょにしてあげる。じゅうじんのおにいちゃん、かってにおうちにはいってわるいこ」



え、と自分のフードが取れていることに気付いて被り直す。ぐっ…と恥ずかしさのあまり顔を熱くなる。しかし、ティナはくすくすと笑っている。


それから一週間、ティナのところにお忍びで遊びに行った。しかし、すぐに従者に見つかって人間の国には行けなくなってしまった。


あれ以上、楽しかった日々はない。

同盟を利用して彼女を妻に引き込んだが、肝心の彼女は覚えていない。それを知った時は思わず言葉を失ってしまったのを覚えている。


でもそれでいい。彼女さえいれば他はいらないのだから。やっと再会できた、その上妻にできた。これ以上ない幸せじゃないか。



「本当に幸せ?」



背後から声がする。ああ、あいつか…とロキは返事はしない。


そうだ、幸せだ。

覚えていないのなら仕方ないじゃないか、もう昔のことだ。彼女は幼かったから、覚えていないのは仕方ない。



「なんだか物足りなくない?」



あ、ああ…もっと自分に言い聞かせないと。

彼女は人間なのだから。

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