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雨の日のこと

作者: 透雨小黒
掲載日:2026/01/31

朝、自宅で目を覚ますと部屋がいつもより暗かった。毛布の中で身体をよじると窓ガラスに水滴が付いていた。外ではざあざあという音が半ば規則的に鳴っている。私は毛布を手で払いのけてベッドから起き上がった。


窓に顔を向けると白寄りの灰色の雲が空一面を覆っていた。自宅前の道路を一台の車が走り抜けていった。私は着替えを済ませると階段を下って一階に降りた。部屋の中が薄暗かったのでスイッチを押した。電灯が輝きリビングとキッチンが明るくなった。しかし裸足では木の床はひんやりと冷たかった。


私は冷蔵庫から卵を一個取り出し殻を割りドロドロした中身を火に掛けたフライパンにのせた。その後、袋から食パンを取り出しトースターに挿入しボタンを押した。そうしている内に電気ケトルからは湯気が立っている。セラミックのコップに紅茶のTバックを入れ、湯を注いだ。コップの中の熱湯がだんだん茶色に染まっていくのを眺める。


そろそろ良い頃合いだと思いフライパンの蓋を取った。良い香りが広がった。胡椒をかけ皿に移す。その直後、チーンと鳴って焼き上がったパンがスリット状の穴から半分飛び出した。私は3つの食物をお盆の上に置いて円卓状の食卓まで持っていった。


目玉焼きを箸で掴み口まで運ぶ。どろんこみたいな白身と黄身が口内を流れた。我ながら良い焼き加減だ。紅茶を口に含むとこれも苦くも薄くもなく、ほどよい濃度だ。パンは機械が調理するのでこちらからは工程に手出しできないが表面は黄金色で噛むと中はふんわりとしていた。


天気に限っては陰気だが悪くない食事だ。実は私が「陰気」と述べたのには嘘が含まれる。私は雨の日が好きなのだ。なんというか、そういう日は退廃的な雰囲気がする。それに陽気さが少ないのであまりエネルギーを要求されなくて済む。元々無気力な性格の私にはそれがありがたかった。


一方で雨の日が嫌いだという人達にも共感できた。そういう日には元気がそがれて、いつも無気力な私もさらに無気力になってしまうからだ。昔見たあるテレビ番組でそんな時に元気がでなくなるのは人類の遺伝的記憶の影響だと説明していたのを思い出した。


我々の祖先は雨が降ると食料の採取が難しくなった。その時の憂鬱さが現代まで残っているらしい。あるいは食事にありつけそうもない日に活動を抑えてエネルギーを節約しようという生存戦略か。だが、私は今日出かけるつもりだ。


食器を全て食洗機に突っ込むと傘を持って玄関を出た。天候はにわか雨でも土砂降りでもない。私は傘を開き道に繰り出した。このあたりは田舎でも都会でもない場所で人はそれほど多くはないが今日は特に出歩いている人が少ない。田んぼ4つくらいの隙間を空けて、家々や電柱が立っている。その間は田畑で、そこには刈り取られた米か麦の砂色の根っこ部分が等間隔で並んでいる。


その向こう、遠くにはブロックのような倉庫がぽつんと立っていた。それは雨雲と同じ色で、近代兵器さながら機能性のみを追求し無愛想な外見になってしまったように思われた。倉庫が見えなくなるくらい先まで行くと舗装道路は無くなり目下の地面は雨に打たれ泥になってしまっている。


懸命に道のまだ堅さを保っている部分を縫うように通り過ぎ目的地に到着した。ポケットから鍵を取り出し扉を開けた。なつかしい匂いがドア越しにから流れこんできた。ここは私の大叔父の家だ。数年前、彼はガンで亡くなってしまったが家はまだ取り壊されずに残っている。


部屋の一角に置かれた掃除機を手に取った。甲高い音が響き、バキュームがホコリを吸い取っていく。人がいなくなった建物、つまり廃墟は一気に朽ち果てていくものだ。そこで、私が定期的に大叔父の自宅を掃除する仕事を負わされているというわけだ。


家財はほとんど取り払われているため簡単に部屋の隅々まで清掃できる。照明器具はあえて点けていない。そうするとこの場所がただの空き部屋になってしまうからだ。まだ私が幼かったころに何度かここに遊びに来た記憶がある。そのときの古びた壁や床板の匂いを私はまだ覚えている。そして、まだその匂いはここに残っていた。


作業を終え、外に出た私は敷地内の納屋に向かった。両開きの扉を塞ぐ南京錠に鍵を差し込みひねった。

屋内はかなり広い。ここも資機材が一切持ち出されているが、そのことがかえってこの空間を広く見せていた。目線の上から一条の光線が差し込み床の一部をかすかに照らしている。


どうやら天井板が破損しているらしい。面倒なことになったな。私は扉を再びくぐって外に出た。その時、近くの電柱に設置されたスピーカーから正午を知らせる音楽が流れてきた。ポール・モーリアの「恋は水色」だ。小さい頃、大叔父の家で過ごしたとき、いつも聞いていたっけ。


傘を開き、来た道を戻る。雨の勢いは朝から変わっていない。水滴が防水繊維の表面を滑って流れ落ちていく。相変わらず誰も出歩いていない。時折、自動車が横を通り抜けていく。その度に身体が濡れないよう車と間合いをとらなければならなかった。


自宅に着くと、開いたドア越しに傘を開閉し、水滴を飛ばした。運動し続けたので流石に疲れた。リビングの椅子に座り込んだ。目の前のラジオをつけた。もう数年間も世話になっている同居人だ。ラジオ番組では丁度、天気予報をやっており、アナウンサーが明日の天気について晴れだと述べていた。


それを聞いた私の内側では、うれしさとさびしさが同時に表われた。今日よりも元気に活動できるのは間違いない。しかし、雨の日特有の風情を味わえないのは、それはそれで辛い。窓越しに外を見ると雨水が庭の木の枝と葉を打って揺らしていた。

この物語の主人公、語り手は筆者自身なのですが舞台や出来事は全てフィクションです。このような文学形態をなんと呼べばいいのでしょうか。エッセイや私小説というのは不適当な気がします。

それはともかく、私が雨の日に感じることを短編小説にしてみました。気に入っていただけると嬉しいです。

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