時間という名の贈り物
人間が森に住み始めてから、森の雰囲気は変わりました。
獣たちは、相変わらず永遠の中で生きていましたが、人間の周りだけは、常に変化と活動に満ちていました。人間たちは、短い時間の中で、森の奥深くにある知恵を、必死になって探り出そうとしました。
イザとナギには、やがて子どもが生まれました。その子もまた、短い命の輝きを持っていました。親は、その子が成長するにつれて、自分たちが衰えていくのを見ました。
彼らが最初に発明したものは、**物語**でした。
イザは、火を囲んで家族に語りました。自分が森で見た美しい花のこと、獲物を追った時の風の匂い、そして何よりも、自分が生きた時間の全てを語り継いだのです。
「私は森に還る。だが、私の見た森は、お前たちの中に生き続ける」
それが、人間の永遠でした。肉体は滅びても、記憶と物語によって、彼らの生きた証は次の世代へと引き継がれていきました。
子どもたちは、親から受け取った物語の上に、新しい物語を紡ぎ足しました。彼らは、森にまだ名前のない感情、喜び、悲しみ、怒り、そして**憧れ(あこがれ)**に、一つ一つ名前をつけていきました。
彼らの住む村は、やがて大きくなりました。彼らは、未来の世代のために、木を植え、道を切り開きました。自分たちが恩恵を受けることのない労働を、厭いませんでした。
なぜなら、彼らにとって、永遠に生きることは退屈なことであり、限りある時間こそが、世界を美しく彩る贈り物であると悟ったからです。
永遠を持つ者は、今日行うことを明日へ、さらに明後日へと、無限に引き延ばすことができます。しかし、人間は違います。
彼らは、一瞬のひらめきを大切にし、別れがあるからこそ再会を尊び、そして、やがてすべてが失われるからこそ、今あるものすべてを愛したのです。
彼らは、短い生の中で、数え切れないほどの涙を流し、数え切れないほどの笑顔を見せました。
その涙は、夜の間に木々の葉に宿る朝露のように、光を反射して、森全体を生命のきらめきで満たしました。
神々や獣が持つ「永遠」とは違う、人間だけが持つ、愛おしく、切ない、時間の輝き。それは、いつしか「モノのあわれ」と呼ばれ、森の中で最も美しい響きとして、囁かれるようになったのです。
人間は、決して永遠を持ちません。しかし、彼らが創り出した物語と、彼らが愛した一瞬一瞬の輝きは、森の木々が天に届く限り、この世界に残り続けるでしょう。
そして、彼らは今日もまた、限りある時間の中で、その一瞬を永遠に変える、愛という名の物語を紡いでいるのです。




