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時の流れは残酷です

 お昼を食べてから時間ができたので家の付近を散策することにした。

 この家は山の中にあって裏に羊小屋、右手に森、山を下った先には小さな町が見える。

 中世ヨーロッパという感じがしてとても綺麗な景色である。


 羊に近づき頭を撫でていると一つ思い出すことがあった。


「わたしは死んだ。そして、転生した。じゃあもうお母さんとかお父さんには会えない…?」


 ぽつりとこぼれた言葉が、羊舎の静けさに吸い込まれていった。

 一度気づいてしまうと、胸の奥がギュウッ、と締め付けられ、視界がぼやけた。


「そっか、そっか…悲しいなぁ…」


 声が震える。大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ち、地面の土を黒く濡らしていく。


 あぁ、あの世界で。もっと、ずっと、生きたかった。わかってた。もう長くあの体では生きられないなんてこと。そんなこと。 


 そこからは、ずっと泣いた。ずっとずっと涙が枯れるまで泣き続けた。


  ◇◇◇


 あれから、季節が巡り、転生してから1年、夏。

 あの日からもう大体1年。私は今、外で景色を眺めながら、当時の自分を懐かしむことができるくらいにはこの世界に馴染んでいた。


 …どんだけ悲しくても、寂しくても、時は流れてゆく。

 時の流れとはなんとも儚いものよ…


「ちょっとソテラ物思いにふけるのはいいけど、明日パン焼く日でしょ。生地作るから手伝って。」


「あっちょ、ちょっとまって」


 この1年で言葉も大体話せるようになったし、女性Aさんが『アンナ』って名前だって言うのも、アンナさんが私の親だということもわかった。初めて親だと知ったときは本当にびっくりだった。

 そして私の名前は『ソテラ』らしい。可愛い名前!外国人って感じぃー前世の「朱莉」も気に入ってたけど、ソテラもいいよね!


 そういえば転生してきてちょっとたったら神殿にお祓いをしに連れて行かれた。

まぁいきなり自分の娘が言葉がわからなくなって帰ってきたら親としては心配するだろう。

 ここでの神さまは3人いるらしくて、その3人のおとぎ話が浸透されている。無宗教であった私からすると信じるとかはないけど新鮮だった


 明日は2週間に一度のパンを焼く日である。町まで行って、窯を借りて、みんなでパンを焼く。あのカッチカチのパンを。

 あの硬さだけは、一年経っても慣れない。私はもっと、指が沈むような柔らかいパンが食べたい。

 パンを焼く日。アンナさんと私でパンを作って父親であるヨハンさんは薪を取ってきたりしてる…


「だから早く!始めるよ!」


「ごめん!今行くから!」


 まぁこんな感じで今日もなんとかやっていけてる、みたいな?


「ほらソテラ、ぼーっとしない!力入れて!」


 アンナさんの鋭い声が飛ぶ。


「はーい、やってますよぉ…」


 この一年でパン作りにはだいぶ慣れてきたけど、それでもやっぱり重労働だ。

 前世でシュトーレンとかは毎年作ってたけど、そんなの比でもない。量が違う。


 そもそもこんなに硬いのは素材が悪いんだ。小麦じゃなくてライ麦、大麦などが主流だし、自然発酵のサワードゥだから時間かかるし酸味はあるし。

 でもそんな贅沢言ってらんないよね。食べ物があるだけ感謝だよ。


 どこかに天然酵母ちゃん落ちてないかな。使い方知らないから宝の持ち腐れになるけど。


 嗚呼、柔らかしっとりもちもちのパンが恋しいよ。


  ◇◇◇


 ついに、この日がやってきた。二週間に一度の、ビッグイベント。町でのパン焼き日である!

 昨日頑張って作ったパン種のボウルをアンナさんが持っていたので持つのを立候補する。


「アンナさーんそれ私持ちますよー!」


「大丈夫?溢さない?」


「だいじょぶじょぶだよ!」


 アンナさんからボウルをもらい大事に抱え歩き出す。


「ソテラ、こぼさないようにね」


「わかってるって! 準備万端、気合十分!私がそんなこぼすわけないって!」


 返答をしながらくるくる調子よく回っていると足を地面に引っ掛け転びそうになった。


「あっっっぶな」


 危機一髪のところでなんとか持ち直したのでパン種は無事だったが本当にヒヤリとして冷や汗がたらりと垂れる。

 ちらりとアンナさんを横目で見ると鬼の形相でこちらを見ていた。


「ごめんごめん!ほんと!本当にすみません!すみません。」



平謝りしながら、私たちは活気あふれる街に足を踏み入れる。


 焼き立てのパンはまだ柔らかいのでそれが食べられるこの日は大好きだ。

共同の焼き窯へ着くと、すでに近所の人たちが集まっていて、熱気と笑い声が渦巻いていた。


「おはよーソテラ!あそこの角の爺さんの話聞いたかい? 」


「えっ!知らないです何があったんですか? 」


 そんな風に、たわいもない会話をしながら、パンを焼く。


 焼き上がったパンの匂いに幸せを感じていた私は、まさか自分が普通の一農民でいられなくなるなんて思いもしていなかった…

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