第2話 絶対流行取り入れるマン
一度、あたりを見渡してみる。
世界が、綺麗に崩壊している。
目を閉じ、頬をつねり、もう一度目を開く。
そして、もう一度あたりを見渡す。
……やっぱり、世界が崩壊している。
そして隣には──謎のババア。
2人の間に、妙な沈黙が流れる。
一体なんなんだよこの状況。
沈黙を破ったのは、ババアのほうだった。
「あなた、色々と訳ありそうね。生き延びたいなら、私と協力しましょ」
協力?
いやいや、正体もわからない謎ババアだぞ?
協力って言いつつ、いきなり俺を喰うつもりかもしれない。
こんな世界だ。何が起きてもおかしくない。
警戒すべきだ。慎重にいこう。俺は絶対に──
「わかった、協力する」
……っておい!!
今、お前の内心を全部丁寧に書いたの、俺(神の視点)なんだけど!?
4行くらい上の俺の文章、見てたよな!? 完全スルーかよ!!
「ありがとう。それじゃ、ついてきて」
大山聡は簡単な自己紹介をし、ババアについていくことにした。
……まあ、いい。
どうやらこの物語は、彼(大山聡)が勝手に進めていくらしい。
仕方がないので、今後は大山聡の視点でお送りすることにしよう。
語り手の意志なんて、こういう世界じゃあってないようなもんだ。
⸻
俺(大山聡)は、謎のババアに連れられて、一つの洞窟へと足を踏み入れた。
中は薄暗く、狭い。そして、どこか生臭くて、じめっとした空気が肌にまとわりつく。
一歩踏み出すたび、水たまりのぬめりが靴に染み込む。不快感と微かな不安が、じわじわと胸を締めつける。
そんなとき、ババアが突然立ち止まった。
「ストップ。……嫌な気配がするわ」
ババアは周囲を見渡し、息を整える。額には一筋、冷たい汗。
緊張がこちらにも伝染し、思わず呼吸を呑んだ。
「……ようやく見つけたぞ、マリー」
闇の奥から、ねっとりとした声が響いた。
低く唸るようなその声は、まるで獣が言葉を吐いているかのようだった。
天井の隙間から、ベチョリと黒い粘液が滴り落ちる。
ぽた、ぽた、ぽたぽたぽた……
滴りはやがて勢いを増し、うごめくように床へと広がっていく。
黒い粘液はやがて球体へと変化し、それらが蠢きながらひとつの中心に集まり始める。
やがて、白い腕と脚が現れ、
にやり──と、白く歯を浮かべた顔が形を成していった。
「お、お前は……いったい何なんだ!?」
俺は一歩後ずさりし、恐怖で声を震わせながら叫んだ。
「俺? 俺か? 知りたいか? 俺の正体を──」
生き物ともつかぬそれが、ゆっくりと顔を持ち上げる。
「ふふ……いいだろう。教えてやる。
俺の正体は──」
「タピオカだ!!」
……は?
タピオカ?
あの、ミルクティーに浮いてる黒いやつ?
一昔前にやたら流行って、行列できてたあれ?
あの、見た目カエルの卵みたいなぷにぷにしたやつ?
「ふふふ……どうだ。恐怖したか? 俺の正体に」
恐怖?
タピオカだよ?
いやいや意味わからんでしょ。
そんなの、「まんじゅうこわい」の世界観じゃないと成立しないよ?
しかも、まんじゅう枠にタピオカなんてねぇし。
肩透かしを食らった俺は、ちょっとムカついてきて、一発ぶん殴ってやろうかと歩み始める。
ちなみに俺は13歳のころ、男6人組に路上で喧嘩ふっかけられたが、全員拳でぶちのめしたという妄想をしたことがある。
「ダメ! 近づいちゃダメ! あいつは危険すぎるのよ!」
ババアが必死に止めようとするが、完全に無視してずんずん前進。
「ほう……向かってくるのか……このタピオカに」
「近づかなきゃ、テメーをぶちのめせないんでな……」
タピオカは、白くヌルヌルした腕を前に掲げ、なにやら呪文を唱え始めた。
「くらいやがれ! これが俺の力だッ!」
ブォン――ッ!
タピオカの腕から、薄茶色の光線が発射される。
避ける間もなく、それは俺の全身を包んだ。
「や、やばい……! あの技は……!」
ババアが狼狽する。
(なんだこれ……体が……おかしい……
……変な気分だ……)
承認欲求が……うずく。
SNSに自撮りを上げたい。流行りのアイテム、使ってないと不安。
気がつくと、俺はスマホを取り出し、ス○カゲームを起動していた。
「クソ……なんだこの中毒性……」
荒○行動、○神……ダウンロード。
テレビをつけて、アニメを見始めた。
推○の子、呪○廻戦、鬼○の刃。
すべての流行に、無思考で手を出したくなる……!
「キャーーーーーーー!!」
ババアが絶叫する。
「あの技は……とりあえず流行ってるからというくそしょうもない理由だけで
特別興味がないくせに流行りものを片っ端から取り入れてしまう──
ミーハー化ビーム!!」
「自分の好みもわからなくなる!何が好きかすら見失い!
世間の波に流されるまま、気づけば自称トレンド通!
あれは……魂を奪う、現代最恐の闇よ!!」
俺はスマホゲームに夢中になっていた。
……いや、夢中かどうかは正直わからない。
でも、流行ってるからという理由で、夢中になっている「設定」でプレイし続けていた。
「プ◯セカたのちい……ポ◯ポケたのちい……」
「くそっ……こうなったら私が戦うしかないのね!」
ババアが地面を蹴って、全力でタピオカに向かって突進する。
勢いのまま、見事な飛び蹴りを繰り出した。
「ぬ! 甘いわ!」
タピオカが叫ぶ。
「タピオカミルクティーより甘いわ!!」
次の瞬間、タピオカの身体がブツブツと分裂し、無数の粒状になって攻撃を回避。
ババアは空振りの勢いのまま、地面をザリザリと擦って着地。
足に擦り傷ができた。地味に痛いやつだ。
「ふん……今の攻撃は、確かに甘かった。
高校に入れば自然に彼女ができると思っている考え方くらい、甘かったわね」
ババアは重たい体をよろよろと起こし、再び構えを取る。
一定のリズムでジャンプを繰り返すその姿は、
とてもババアとは思えないほど……微妙に軽快だった。
「こうなったら……奥の手よ」
ババアが鋭くタピオカを睨む。
そして、唐突にまったく別の方向を指差した。
「あっ! レオナルド・ディカプリオ!!」
「え!? どこどこ!?」
タピオカがまんまと引っかかる。
その隙にババアは、ミーハーになってしまった俺を肩に担ぎ、
洞窟の奥へと逃げ出した。
⸻
ザバーン。
水のような何かに包まれる感覚とともに、俺はようやく——ミーハー状態から目を覚ました。
体がふわりと浮かび上がっていく。意識を取り戻し、ゆっくりと上体を起こす。
周囲を見渡すと、そこはどうやら洞窟の最奥らしい。
俺が浸かっていたのは、青白い光を放つ小さな湖だった。
神秘的な光に包まれたその湖は——
……脇に設置されたしょんべん小僧の噴射によって作られていた。
……不愉快だなぁ。
そして、いつものあのババアもいる。
だらしない肉体にビキニ姿。
……不愉快だなぁ。
だが、このババアのおかげでミーハー化が治ったのは事実だ。
「よかった……ミーハーが治ったのね」
ババアは心底ホッとしたように声を漏らした。
「ありがとう、ババア。おかげで助かったよ」
俺は湖から這い出る。
「いいってことよ!」
ババアはサムズアップしてくる。
そして、変わらぬ謎の笑顔。
なんだかんだで、俺とババアの間に
ほんのりとした絆が芽生えたような、気がした。
「それじゃ、私も入るわね」
そう言うとババアは、飛び込み選手さながらの美しいフォームで湖へとダイブ。
「は〜〜生き返るわ〜〜」
人魚姫のように、ババアは濡れた金髪をくるりと一振り。
その瞬間、髪にかかっていた水滴が後方へと飛び散り、
まるで真珠のように光を反射しながら、放物線を描いた。
——なんか知らんけど、俺は少し見入ってしまった。
そのときだった。
湖の光が、ババアの身体へと一点に集中し始める。
さらに、しょんべん小僧の放出までもがババアめがけて収束する。
ババアの全身が、白く輝いた。
パァァァン!
そして光が弾ける。
その光から現れたのは——
流れるような金色の長髪、宝石のような透き通る緑の瞳。 誰もが目を奪われるほど整った顔立ち。 そして、女性らしい曲線を描く、完璧なプロポーションの肢体。
——つまり、超絶美少女だった。
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぉぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!




