第1話 おはよう世界 ちょっと二度寝するわ
朝、目が覚めた。
枕元には、小鳥のさえずりが風に運ばれて届いていた。どこか遠くの、誰のことも知らない場所から来た声のように。
ベッドから体を起こし、ゆっくりとストレッチをした。関節がいくつか控えめに音を立てた。
台所に行って、インスタントコーヒーを淹れる。棚から取り出したパンをトースターに入れて、焼きあがるまでのあいだ、新聞のないテーブルに座る。
トーストには、目玉焼きを乗せた。ナイフで黄身を切ると、それはきちんとした角度でパンに広がっていった。その様子を、少しのあいだじっと眺めていた。
コーヒーを一口飲む。苦みはいつもの通りだ。
食事を終え、歯を磨き、顔を洗った。
口を拭くとき、少しだけ空を見上げたくなった。そういうことは時々ある。
カーテンを開け、窓を開く。
空には隕石が舞っていた。
巨大な閃光とともに大地が揺れ、数百メートルはあろうかという怪獣が闊歩している。
空を舞う豆腐が「おはよ、おはよ」と囁きながら通り過ぎ、
山肌が裂け、溶岩が赤々と流れ落ちていた。
うん。今日も、いい日だ。
……んなわけあるかぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!
⸻
大山聡は考えた。
「なんでだ!なんでなんだ!」
頭を抱えて、ひとり地面に蹲りながら必死に記憶をたどる。
昨日は確か、仕事帰りに同僚と飲みに行って──
生中を二杯飲んで気持ち悪くなって吐いて、
帰りにラーメン屋に寄って、
それから、また飲みたくなった同僚につき合わされて二軒目でハイボールを一杯、
やっぱり気持ち悪くなって吐いて、
そのあと、ふらふら歩いて帰った……そこまでは覚えている。
でも──
なんで! なんで!たった一晩で世界がこうなってるんだ!?
……いや、違う。これは夢だ。きっと夢だ。
二度寝すればきっと、元の世界に戻ってるはずだ。
そう信じて、彼はふらふらとベッドに向かった。
そのときだった。
ヒュルルルル……
ドガーーーン!!
耳をつんざくような爆音が鳴り響く。思わず顔を上げると──
屋根が、なかった。というより吹き飛んだようだ。降ってきた隕石によって。
「ゑ?」
消滅した屋根を見上げると、「ワンッ!」と甲高い声が聞こえた。そこにはとんでもなく可愛いワンちゃんがいた。
チワワかポメラニアンだろうか?舌を出して、「へっへっへ」とこっちを見つめている。
つぶらな瞳はとにかくモフモフの毛に埋もれていて、その顔面は優に10メートルは超えて家の中を覗き込んでいる。
おや?立ち上がったぞ。二足歩行をする犬種なのだろうか。その身長は、優に100メートルを超えていた。
マジかよ。
現状をとにかく把握するために、俺は家の外へ出た。
当然のように、そこは地獄だった。
崩れた建物、焼け焦げた道路、空を舞う謎の物体たち。
少し歩いて散策してみようと思った。
歩き始めてすぐ、何匹もの空飛ぶ豆腐がこちらへ近づいてきた。
そして、何かを言い残して去っていく。
「くっせ」
……なんか腹立たしいが、今は無視しよう。
ふと、遠くに人影が見えた。
(人間か!?)
思わず走り出す。
崩れた廃ビル群の角を曲がり、息を切らせながらたどり着いたその場所にいたのは──
ビキニ姿のババアだった。
厚化粧、だらしない肉体、そしてなぜかセクシーポーズ。
……人間じゃなかったらしい。
しょんぼりしつつ、帰ろうと背を向けたとき。
ヒュルルルル……
上空から音がする。
隕石だ。
落下してくるその方角を見た瞬間、思った。
(あれ……家のほうじゃね?)
「あっぶねー、こっちじゃなくてよかった……」
ドッカァァァン!!
「いやダメじゃん! ダメじゃん!!」
慌てて家の方へ走る。
だがそこにあったのは、ただの瓦礫の山だった。
彼は膝をつき、その場に崩れ落ちた。
「なんでだよ……俺、悪いことしてないだろ……。なんでこんな酷いことばっか起こるんだよ……」
その目には、うっすらと涙が浮かぶ。
そのとき。
誰かの足音が、テクテクと近づいてくる。
肩に、そっと手が添えられた。
思わず振り返る。
そこにいたのは──あのババアだった。
「ドンマイ」
サムズアップ。謎の笑顔。
「……いや、誰です? あなた」




