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死神様のお気に召すまま!

作者: 鏡花水月

「いやぁぁああっ!死なないで!ザドキエルくん!貴方はまだルシファー様の御心を癒しきってないから!大天使としての使命を果たせてないから!」

「あーあ。また死んじゃったねー」

「やめて!そんなこと言わないで!今から生き返るんだから!」

「そんな設定この漫画にないじゃん」


 友達の齋川(さいかわ)奈那美(ななみ)が椅子に腰掛けパラリとページをめくりながら、私に憐れむような視線を向ける。


「ないなら作ればいいでしょ!?」

「二次創作するの?できたら読ませてね」

「慰めてよ!」


 私が今激烈にハマっている漫画、『だって伊達に大天使!』、通称『ダダダ天使!』に登場する最推しのザドキエルくんが今月号で死んでしまったのだ。この悲しみたるや、想像を絶するものである。


「ん〜……。でもさぁ、なんとなくこのキャラ死ぬかなぁーとは思ってたんだよ」

「なんで!?」

「だって繆禰(あやね)が推してる時点で死にキャラ確定だもん。察しとかない方がやばいって」

「早く言ってよぉぉぉおっ!」


 そう。私、星久保(ほしくぼ)繆禰(あやね)が好きになる推しキャラは、ことごとく死んでしまうのだ。


 例えばデスゲーム漫画。準主役の立ち位置にいるタレ目つり眉イケメンがヤンデレ勘違い主催者に殺された。

 次に謎解き小説シリーズ。ヒロインの弟役であった激カワ美ショタがショタコンのジジイに拐かされ惨たらしく散った。

 次に異世界転生もの。ツンツンしてたけど他の女に主人公が傾いた時に縋りついて「お、ぉね、お願い……っ、ゎわたし、を、えらんで……っ!」と、涙ながらに懇願して私の心をぶち抜いたツンデレツインテちょろインが主人公を庇って死亡。

 次にダークファンタジー。過去編で涙を禁じ得ない壮絶な人生を送っていたと発覚するボスキャラが、誰にもその事実に気づかれることも慰めてもらえることもなく滅される。

 次に少女漫画。恋愛を主軸とした三角、いや六角関係。ヒロインに対して全てのイケメンの愛の矢印が向けられるハーレム要素をふくんだ一冊。イケメンハーレムの一人、孤児院出身のせいでいじめられていた当て馬が、階段でいじめっ子に押されて転落死。

 次にギャグ漫画。ギャグと銘打っていたはずなのに泣けるストーリーで、私の好きな幽霊キャラを成仏させた。

 次に魔法少女もの。愛くるしく時にゲスい人間味溢れるマスコットキャラ(変身するとバリくそ雄み溢れるドSイケメン)が愛してやまないヒロインを助けるため、自らの体を贄に捧げ死亡。

 次に復讐系の少年漫画。全てにかたをつけた主人公が「……俺にはもう何もないんだな……」と独りごち、自害。

 次に日常系漫画。日常のはずなのに主人公はいじめられて家ではDV、さらにクソ彼氏には裸の写真を撮られてしまったせいでされたい放題の、現実にあるっちゃある日常を詰め込むだけ詰め込み、彼氏のせいで妊娠したのに病院に行けず、野外で赤ちゃん産んでいるうちに出血多量で死ぬ。

 次に胸キュン百合漫画。重すぎる愛に戸惑い逃げてしまった相方にヤンデレのお相手がもっと病んで無理心中END。

 次にちょっとえちちなBL漫画。受けの家の近くに住む、謎に哀愁漂う近所の独身なはずなのに左手の薬指に安物の指輪をつけているお兄さんのスピンオフ作品。学生時代に愛した人が死んでしまって呆然自失の中何年もセフレとの関係を続けていたら、いつのまにかそのセフレと心を通わせるようになって、「あぁよかったね、報われるねぇ。相手役の受けの子私の好みど真ん中だなぁ」と、思って読んだ最終巻である五巻で子供を庇って死んでしまう受け。


 ……どんだけ死ぬんだよ!しかもバリエーション豊かじゃねえか!ジャンル全部違うのにどういうこと!?全ジャンルを網羅する気か!?正気か!?


 まず一番最初の漫画は仕方がない。題材がすでにデスゲームの時点で覚悟しておくべきだ。謎解き小説シリーズも、まあジャンルとしてはあり得ることだ、許そう。


 ……でも残りの九作品は違うじゃん!死ぬ必要どこにあるのさ!特に日常系の皮かぶった鬱漫画はさぁ!主人公幸せにしようよ!報われねぇじゃん!全作品死んだ瞬間に泣いたわ!何回読んでも泣くわ!


「なんで……っ、なんで私だけ!」

「死神かって思うぐらい死の予兆感じとって推してるもんねー」

「別に死にそうだから推してるわけじゃないんだけど!?」


 一目で「あ、好きだなぁ」となることもあれば、時間をかけて好きになることもあるのだ。死にそうな気配は断じて感じとっていない。


「だってさぁ……。た、立ち絵ではあんなおすましスマイルしてたのにさぁ……っ!」

「この前サ終したソシャゲ?たしか繆禰の推しキャラの過去編に突入します!って時に終わっちゃったんだっけ?」

「ある意味死んだんだよ私の推しはぁ……っ!」


 もう公式から栄養素が供給されることは一生ないのだ。死んだ終わった。もう生きてけない。


「あ、ミカエルきゅんを推すのはやめてね?私の推しキャラだからさ」

「チ……ッ!今まで運良く推しが死ななかっただけの小娘が……っ!呪ってやる!」

「やめて」


 ボロボロ溢れる涙をおさえながらスマホでSNSアカウントに入る。ネット上には荒れ狂い意気消沈する同志達の悲哀の叫びが綴られていた。


「うっぅ……っ、ぐす。……わかるぅぅううっ!」


 なんでなんでザドキエルくんが!と嘆くフォロワーさん達に全力でいいねを押していく。流れ作業ではなく、きちんと読んだうえでのいいねだ。怨念が違う。


「あ。ねぇ見て、仕事が早いよこの人。もう二次創作出してる」

「どれ!誰!」

「今URL送った」


 送られたURLで飛び、小説を読むこと数十分。ボロッボロに泣いた。


「ひっぐぅ……、ひっ。ぅうゔ……っ、あ゛ぁあああっ!」

「……」


 奈那美が私の背中を優しくさすってくる。やめてよ……。今優しくされたら惚れちゃうじゃん……。


「あ、あ、あぁ……っ。なんで、なん、こ、れが、こ、公じぎじゃないのーっ!?」

「ここに二次創作ってタグあるじゃん」

「こんなに傑作なのになんで一次創作じゃないの!?おかしいよ!」


 この画面上の世界なら、ザドキエルくんは幸せになれるのに、本誌では勝手な怨みで殺されるのだ。おかしくない?時空と思想歪んでない?何?この作者バッドエンド廚なの?ふざけんなよ。


「ぐっ……!次号、ルシファーの怒りって何……っ!?私達限界オタクの怒りも入れろよ!ヘボ編集が!」

「いやそれやってたらキリがないし」


 ある日いきなりふって湧いて出たザドキエルくんをイジメにイジメ倒していたのに、その清らかなる心根に徐々に浄化されていったルシファー様が、到底許されないことをしたと悔い改めるシーンで読者の母性をガッチリ掴んでおいて!そこに大天使の代表として存在しているのであろうザドキエルくんが、「僕は貴方を許します。これから一緒に歩んでいきましょう」と萌とエモと涙を大量生産しておいて!腐女子達の推しカプ魂に火をつけておいて!二次創作のR-18版が出ても作者すら喜んで買い占めておいて!ヤり逃げかよふざけんな!


「し、死なないで……っ!死なないで!百万円でも幾兆幾億でも貢ぐし、下僕になるし、内臓だって売るし、なんなら魂も売るから!」

「魂は駄目だよ」

「いいんだよ!それで生きててくれりゃあよ!」

「へぇー」


 ぽちぽちスマホをいじっていた奈那美が、「そういえば明日更新される漫画いっぱいだね」と呟いた。


「それで心の平穏保てば?」

「でも全部買うお金がない……っ!」

「私付録が欲しいのとかあるし何冊か買う予定だよ?読む?」

「読む!好き!愛してる!」

「はいはーい」


 ひゃっほーい!奈那美様!ありがとう!と思い、その日の残りを過ごして翌日。


「……」

「……ことごとく死んだね」

「ぎゃあああぁぁああっ!言わないでぇぇえええっ!」


 まず一冊目。小学生から社会人まで広く親しまれている少年漫画雑誌。それに連載している緩やかに地球を侵略してくる宇宙人と決死の戦いをする漫画に出てくる幼き天才科学者くんが、音信不通になってしまった。しかもただごとではないと言わんばかりに、その子が頭につけていたでかいゴーグルがボロボロになって床に落ちているコマがあった。

 続いて二冊目。一般誌にて連載される、とある少年が人々を魅了して破滅に追い込むブラックファンタジー漫画。それに対抗すべく生まれた警察組織の幹部が魅了され、彼が右腕と称している相棒を撃ち殺した。相方が撃ち殺される前に「せんぱ……」と名前を途中まで口にしているのが辛すぎた。

 続いて三冊目、これも一般誌。突然人形の館に連れていかれ、用意された相方の自我がある人形を敵に壊されたらthe endな殺し合いの中で、人ならざるものとの愛と交流が紡がれる様子が描かれているアニメ化が決定した作品。出来損ない同士で人形と共依存的関係にあった女の子が相方人形に仕掛けられた爆弾を抱き抱えて爆散。肉片が飛び散るシーンが生々しい一品。

 次いで四冊目、百合雑誌。女の子同士で付き合っていて幸せだったのに、突如として現れたイケメンに彼女を掻っ攫われ、人生のどん底にいると違う女が「私にしなよ、幸せにするからさ」とやってくる百合漫画。しかし今月号でその女が実はユーチューバーで再生回数を稼ぐために傷心の自分に近寄っていたことが発覚。しかもあろうことかその女は主人公の可愛くて優しくて天使みたいな妹を好きになる。嫉妬に狂った主人公が妹を裸に剥いてエロい動画を無理矢理撮らせて全世界に配信。そしてロリコンにポイして妹は腹上死。

 お次に五冊目、少女漫画。ゴミのように扱われていたヒロインがイケメン溺愛旦那に救われ、自分をイジメていた人達に意図せずざまぁする話。妖怪とかが出てくる和風ファンタジーで、敵キャラのかわい子ちゃんがクソ野郎に肉壁にされて死んだ。急に自分が肉壁になったと悟った時の「え」が最後の言葉って……。

 最後に六冊目、少年誌。打ち切り!


「も、……もうやだ……」

「ごめん流石に笑えない」

「うっうぅ……。クソッタレぇええええ……っ」


 奈那美が微妙な顔をしながら雑誌を渡してきた時点である程度察していたけど!だけど!心構えしていようがしていまいが、悲しいものは悲しいんだよ!ざっけんな!このカス!


「うーわ。ネットでも話題になってるよ。今月号と今週号人死にすぎって」

「やっぱりそうだよね!?」

「これもう現代のブラッディカーニバルじゃん」


 いくらなんでも今回は推しが死にすぎている。これは何かの呪いではないだろうか。即刻お祓いをするために神社に行かねば……。


「……ねぇ、さっきから通知エグくない?どしたの、なんかやった?」

「え?え、あほんとだ。通知めっちゃきてる」


 ぴこんぴこんと光って音を鳴らしながら通知を知らせるスマホを開く。大量にきているDMを見てみて発狂した。


「はぁ!?ふざけんな!私が誰を推そうが私の勝手だろ!」

「え、どうしたの?」

「これ見て!」


 ‘ザドくんが死んだのはアナタのせいです’

 ‘アナタがザドくんを推すから’

 ‘死神はでしゃばらないで’

 ‘サイテイサイテイサイテイサイテイ’

 ‘私のザドくんを返してよ’


「……わぁー」

「別にいいじゃん!殺そうと思って推してるわけじゃないしこっちだって推しが死んで悲しいんだよ!?何こいつ!腹立つ!」

「んー、大丈夫。繆禰は悪くないから」

「だよねぇ!?」


 唾を飛ばすほど語気荒く話しながらスマホを握りしめる。イチャモンも大概にしてほしい。とりあえずブロックする前にアカウントに行ってみたら、夢女だった。


「おいこらテメェ!貴様も私とおんなじキャラ推しまくってんじゃねえか!被りすぎだろ!」

「うわ、マジじゃん。ヤバー」

「しかも私の歴代の推しも被ってんなぁオイ!いい趣味してんな!」

「褒めてるの?」


 どうやらコイツは夢小説をpixivでアップしているらしい。どうせあれでしょ?

 )))殴、とか、//////、とか入れたりするやつでしょ?絵文字とか入れちゃうんでしょ?カッターキャーとかしちゃうんでしょ?ありえないスリーサイズに体重で、重てぇ過去があるんだろ!


 そう思いpixivのアカウントに行き読むこと一時間。


「……ひっ」

「はいテッシュ」

「ありがと……」


 神作家様でした。文章表現が半端ない。泣ける。しかも推しの趣味がいい。


「でもブロックしまーす」

「あらー」


 ぽんとブロックボタンを押してお掃除完了。小説はまた読もうと思うがコイツは駄目だ。性格が普通に無理。


「ていうか思ったんだけどさ。繆禰のこと死神って言ってるけど、この子も死神じゃない?」

「あ、やっぱそう思う?コイツの推しキャラも大体死んでんだよね」

「人のこと言えないじゃん」

「きっとあれだよ。何かに責任転嫁しなきゃやってけなかったんだよ……」


 推しが死ぬと人生の潤いが無くなる。だからまぁ何かに八つ当たりしたくなる気持ちはわかる。わかるが、せめて枕とかサンドバッグにしろと思うのは私だけだろうか。


 ゴロリとベッドの上に横になり天井を見つめる。白くて少し薄汚れた色が私を飲み込もうとしているようだ。一寸先は闇も怖いけど、一寸先は光だけも怖ぇよ……。


「はぁー……。これからどうしよう……」

「お勧めの小説あるよ。貸そうか?」

「……いいよ、推しができたってどうせ死んじゃうし」


 もちろん死ななかったキャラもいる。でも死んだキャラの方が圧倒的に多い。幾ら推しキャラが死んだって慣れることはないし、どんどん好きな人がいなくなっていく恐怖は筆舌にしがたい。誰かを推すたびに、「この人は死んじゃったりしないかな?私を見捨てたりしないかな?」と思う。それがキツいし、死んだらもっとキツイ。最近は、死にすぎて心の痛みに鈍くなってしまったけど。


「……好きで死神なんかやってないよ。できたら福の神になりたかった」


 好きなキャラが不幸な目に合うのではなく、幸せに生きていく。そういうのを私は望んでいるのに、現実はそうはいかない。


「……そうだねぇ」


 ぽつりと相槌をうちながら奈那美は私の髪の毛をさらりと手に絡ませる。


「二次元はやめて三次元にする?」

「ううん、やめとく。私が推して死んだら洒落になんないし」

「二.五次元も嫌がるもんね。気が利かなくてごめん」

「いいよ、別に」


 多分現実までに作用しないとは思うけど。たまたま現実で推しが死んでしまったら、立ち直れないとおもうから。だから今のうちに予防しておく。


「……繆禰は死神様なんかじゃないからね。大丈夫、次は絶対に推しが生きてるよ。推しが一人も死んだことがない私からの祝福」

「……ありがと」


 んひっと楽しそうに笑う奈那美に可愛いなぁと思いながら上半身を起こす。んーと伸びをしていたら奈那美が「あっ」と声をあげた。


「ねぇ、来週の日曜日空いてる?私さ、『ダダダ天使!』のコラボカフェ行く予定なんだけど、一緒に行かない?」

「え!行きたい行きたい!ちょっと待ってね、確認するから」


 嬉々としてスマホの予定表アプリを開いてみたら、その日は朝から夏期講習と書かれていた。


「ごめん、その日塾あって行けない」

「そっかぁー……。頑張って!写真送るよ!」

「私も行きたかった……。ザドキエルくんのグッズ欲しかった……っ!」

「あとでお金くれるんだったら買っとくよ?」

「ありがとう!好き!」

「どういたしまして」


 こういう時にオタ友がいると助かる。ソロで活動していたらこう簡単に代理は捕まらない。


 心が満たされて幸せで、奈那美の肩にうりゃぁーともたれかかって腕に絡みついた。


「奈那美が親友でよかった!」

「えー、何?(おだ)ててもなんにも出ないよー?」

「そういうのじゃないってば」


 コツンと肩を小突きながら「大好き」と言うと、奈那美は嬉しそうに笑った。


「私も大好き」




「はぁー!終わったぁぁあーっ!」

「繆禰ちゃん、先にご飯食べちゃって」

「はぁーい……」


 朝の十時から夜の九時までみっちり詰め込んできた夏期講習の内容を頭の隅に追いやって、親子丼とデザートに柘榴が並べられたテーブルにつきながらスマホを取り出して通知をチェックする。


「……あれ。奈那美、写真送り忘れてる?」


 いつもだったらとうに送られているはずの楽しそうな写真がない。疑問に思いつつも外にいるからギガとかで遠慮したのかな?と思い直す。


「繆禰ちゃん、あとは繆禰ちゃんが風呂入るだけだから、早く食べてほしいな」

「……はーい」


 お母さんに注意されたので、疑問に思いつつもスマホを横に置いてご飯を食べる。


 んー……。いっつも大量の写真と共に興奮ぎみの電話してくるんだけどなぁ……。


 もしかしたらコラボカフェがあまり良くなかったのかもしれない。それか、私が頼んでいたザドキエルくんのグッズが買えなかったとか、推しキャラのグッズが売り切れてたとか。テンションが下がったりなんとなく気まずくて連絡していないだけかもしれない。うん、多分そうだ。


 ピコン


「!」


 食べかけの親子丼に箸をぶっ刺してスマホを手に取る。奈那美からの連絡かと思ったら、知らない番号からのメールだった。なんだよ、迷惑メールかよ。


「奈那美ちゃん、お行儀悪いよ」

「……」

「食事中にそんなことするなら、スマホとるよ」

「……はいはい、食べるますよー……」


 これ以上話しかけられないように食べることを再開する。デザートの柘榴は季節外れだからか甘くなくて酸っぱいだけだった。三つあったが一つだけ食べて残してしまった。


 それからお風呂に入り髪を乾かしてからスマホをチェックしても、奈那美からの連絡はなかった。流石に心配になって電話してみても、何回かけ直しても出なかった。


「……」


 心臓がドクドクする。嫌な感じがする。


 だってもう夜遅いし。だから出ないんじゃない?都会に出たから、疲れて爆睡してるのかも。うんうん、絶対そうでしょ。


 ……だから、大丈夫、だよね?


「だいじょうぶ」


 私はいつも連絡がとれないと、不安で不安で堪らなくなって、何回も電話をかけたりする。そのせいで、重いと友達関係を切られることがあった。


 だって、アナタもいなくなったらどうしたらいいの。


 でも今まで現実で好きな人が死ぬなんて、そんなこと起きたことはない。そもそも推しと好きな人は別だ。父方のおばあちゃんは死んだが、もう長いこと病気だったし、私のせいではない。だから、安心していい。


「……寝なきゃ」


 今日は日曜日。明日は月曜日だから、学校がある。明日には会える。だから寝なきゃいけない。


 ……死神様、死神様。私の友達をとらないでください。


 ギュッと手を握りしめて目を閉じたけど、その日はなかなか寝つけなかった。




「はい、先生も整理がまだついていませんが、お知らせです。……同じクラスの齋川奈那美が、昨日亡くなりました」


 キーンと耳鳴りが聞こえた。周りは立ち上がったりして騒いでいるはずなのに、他に何も聞こえなかった。


 ……?


 息が苦しい。クラクラする。あれ?なんで私は学校にいるんだっけ?今日は、日曜、日、だか、で、ななみ、みみ、と、いっ、に……。


 ぐわりと視界が暗転するのと、息苦しさが感じられなくなるのは同時だった。




「……」


 目を開けると白い天井とカーテンが視界いっぱいにあった。ゆっくり瞬きしながら状況がわからなくて混乱していると、外でボソボソ話し声が聞こえてきた。


「……仲がよかったから、ショックだったそうで……」

「すいません、すいません……。うちが、うちがこんなだから……」

「お父様のせいではありませんよ。娘さんは今日知ったそうですから」

「すいません、すいません……」

「……ぱ、ぱ」


 私が発した声に勢いよく振り返ったパパが、「繆禰!」と叫んで駆け寄ってきた。


「よかった、元気か?」

「……あや、ね」

「うん、なんだ?」

「きょ、う、ななみちゃ、とあそぶ、の」


 私の言葉にパパが絶句する。何もおかしなことを言ってないのに、なんでだろ?


「……連れて帰ります」

「……え、えぇ。はい。そうしてください」

「ほら、繆禰。帰ろう」


 私の手を優しくひいてくれるパパが、今はすごく嫌いに見えた。


「や!や、や、やや!かえ、かない!や!」

「繆禰」

「な、ななちゃ、……っななみ!ななみちゃ!」

「落ち着いて」

「うー!うー!やぁー!」

「奈那美ちゃんとはもう会えないだよ」

「ちがう!あう!」


 違う違う違う違う。会える、会えるよ。それが普通だもん。会えないなんておかしいもん。だって。


 会えなかったら、私はこれから誰を好きになったらいいの?




「奈那美はねぇ、コラボカフェの行列に並んでた時に、熱中症で倒れちゃって……。そのまま、死んじゃったの」


 奈那美のお母さんが、手にきつくハンカチを握って声を震わせながらそう言う。


「……あの子らしいと思わない?水筒と、ペットボトルを三本持ってってたらしいんだけど、それじゃ足りなかったみたい」

「……」


 いつもは、一人が並んでいる間に足りなくなった二人分の水分をどちらかが買いに行っていた。


「日傘も忘れてたらしくってねぇ……。ほんと、馬鹿な子ねぇ……」


 いつも大きな黒い日傘に、私を入れてくれていた。狭くて密着するから余計に暑くて、二人で笑っていた。


「ほんと、馬鹿なんだから……。コラボカフェに行かなかったって、私がご飯を作ったのに……」

「な、なみ、は」


 “ねぇ、ちょっとこれ食べてよ。すっごい美味しい”

 “え?マジじゃん”


「お母さん、が、作って、く、れたおにぎりが、一番、好き、だって」

「……そう、なのね」


 下を向いて嗚咽を噛み締めながら肩を震わせる奈那美のお母さんをぼーと見る。私のせいで、泣いている人を。


「奈那美」

「……」


 お父さんに肩を軽く叩かれて振り返る。「お花を奈那美ちゃんに添えよう」と言われてようやくその場から足が動いた。


 花、花、花。とにかく沢山の花。むせかえるくらい、邪魔になるくらいある花。こんなんじゃ、顔だってまともに見れない。


「……繆禰」

「……」


 適当にもらった花を、奈那美の顔の近くに置いた。馬鹿だな、と思った。こんなことで死ぬなんて、ちゃんちゃらおかしいな、と。


 全員が奈那美に花を添えたあと、火葬されるために別棟に移った。暑いからクーラーがついていて、ブィンブィン音をたてて稼働している。


「では、火葬します」


 エレベーターみたいな銀色の大きな扉が奈那美を飲み込もうとする。私は、それを見ているだけ。


 ……やだ。


「だめ」


 次の瞬間、駆け出していた。棺桶にしがみついて、「やめて!」と声をあげる。


「やめてやめてやめてやめて!奈那美は死んでない!勝手に殺さないで!どっか行って!やめて!どいて!」

「繆禰!やめなさい!」

「やだ!ごめん!ごめん!奈那美!やだよ、いや!やだから!いかないで!ねぇ!」

「繆禰!」

「帰ってきてよ!お願い!お願い!奈那美!」

「っやめなさい!」


 棺桶にへばりついて、みっともなくわんわん泣く。なんで、さっきまで出なかった涙が出るのかわからない。


「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!……っきらい!きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい!だいっきらい!きらいだから!置いてかないでよ!どっか行かないでよ!馬鹿!」


 あぁ、本当に。


「……っばかぁ……!」


 馬鹿だな、私は。


 小さい頃から、ずっと。好きなキャラが死んで、推しが死んで、大好きだったおばあちゃんが死んで。


 ママは家から出てって。新しく来たお母さんとは仲良くできなくてパパを悲しませて。

 

 誰に言われるより先に、自分が人を不幸にする死神のように思えて仕方がなくて。


 好きな人を作らないように極力努力して。それでもできた友達に過剰に絡んで嫌がられて。


 中学生になって同じクラスになった奈那美と友達になれて。親友になれて。


 どこで慢心していたんだろう。私は、自分の好きな人を不幸にしたことしかないのに。


 ねえ。別によかったんだよ、推しが死んだって。そんなの駄目っていう人は沢山いるけど、私はどんな物語のキャラよりも奈那美の方が好きだったから。


 ねぇ。別によかったんだよ。奈那美が生きていてくれたら。なんだってよかったんだよ、本当だよ。


「ごめ、なさ……っ」


 近くにいたら駄目だと思っていたのに、居心地が良すぎて離れがたくなってしまった。


 それが、きっと最初の間違いだ。




 そしてその次の週。お母さんが気を利かして買ってきてくれた週刊の少年漫画雑誌。幼き天才科学者くんは生きていて、敵の基地から脱出する際に機密事項を盗んできて、仲間達に多大な恩恵を与えていた。


「……はっ」


 笑える。ほんとに生きてたんだけど。推しが生きてるなんて、こんなの何年ぶりだろ?奈那美の祝福、効いちゃった。


「は、はは、は……」


 ボタボタと水滴が雑誌に落ちる。どんどん降ってきて、印刷されている紙がぐちゃぐちゃになっていく。


「は、は、……は」


 死神でいいよ。なんだっていいよ。紙の上の人物が死んだって、現実では誰も死んだりなんかしない。代わりだって沢山いる。だけど。


 貴女(奈那美)の代わりはどこにもいないんだよ。




 私の名前は星久保(ほしくぼ)繆禰(あやね)。十七歳の時、齊川奈那美が死んでから五年がたって、二十二歳になった。そんな私に、最近好きな人ができた。眼鏡がよく似合う、朗らかに笑う素敵な人。その人もどうやら、私のことが好きなようで、今度食事に行かないかと誘われてしまった。


 でも、私が好きになる人は、二次元でも三次元でも不幸になったり死んだりするから、丁重にお断りした。巻き込みたくなかったから。


 でも、彼は最近なんだか不幸続きで、頭に鉢植えが降ってきたり、車に轢かれそうになったりしているそうだ。きっと、私のせい。


 今日は大晦日。あと少したてば年越しができる。私は椅子の上に立って紐の強度を確かめながら、がらんとした部屋を見渡した。


 ……うん、大丈夫。


 手紙も書いて、実家に送っておいた。だから、もうなんのしがらみもない。


 紐を首に通しながら、私は自分の人生を反芻した。沢山不幸にしてきた、可哀想な人達。


「……だいすきだよ」


 その気持ちだけは、私の中で確かだったから。


 死神は、勢いよく椅子を蹴って、宙に浮いた。

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