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「synchronicity」(演劇脚本)

作者:

◆梗概

大地震と津波に襲われた原子力発電所は、電源を喪失する。放射性物質の拡散が止まらず、原発は「モノリス(石棺)」と呼ばれるコンクリートの建造物で覆われた。ユウたち4人はその隣の施設で共同生活をする。

モノリスの石棺としての機能は限界に近づいている。


◆キャスト

ユウ 

アオイ

マコト

カズキ


◇一場

開幕。

音楽フェードイン。薄暗い照明(青暗転)の下、4人はゆっくりと登場。

音楽カットアウトと同時にステージサイドライトがともる。


カズキ 君もかい?

アオイ 君は?

ユウ  僕もそうだ。

マコト 僕も同じだ。


皆、安心した表情。

薄暗い照明に戻る。音楽フェードイン。


◇二場

舞台上の箱にそれぞれ座る。

明転。皆、携帯機器を取り出し、研究を始める。

音楽フェードアウト。


ユウ  ねぇ、アオイ。

アオイ  (無視)

ユウ  アオイ!

アオイ (またかという表情)なんだ。

ユウ  この数式、どうやって解くの?

アオイ どれ?

ユウ  (アオイのところへ移動)

アオイ (携帯を見て)この問題は、この前も教えたじゃないか。人の話をちゃんと聞いてないんだろう。

ユウ  僕、数学、苦手なんだ。だからもうちょっと優しく教えてくれてもいいだろう? アオイは数学得意なんだから。アオイはいつもそうだ。


アオイは相手にしない。ユウはなおも質問しようとするが、


カズキ ユウ、アオイが嫌がってるじゃないか。研究の邪魔をするな。

ユウ  そんなこと言ったって、わかんないんだもん。


ユウはしぶしぶもとの席に戻り、研究をし始める。

やがて飽きてしまい、ポケットの中にあった紙をちぎって丸め、アオイへぶつけはじめる。


アオイ やめろ。


ユウ、一度はやめるが、またぶつけはじめる。


アオイ (堪忍袋の緒が切れて)やめろって言ってるのが、分からないのか!


ユウ、相変わらず、ふざけた表情としぐさ。


アオイ ふざけるのもいい加減にしろ。人の邪魔をして。


逃げるユウ。二人はもみあいになる。ユウも応戦。ユウは勢いを付けて何度かつかみかかるが、アオイにはかなわず、はねとばされ、転ぶ。


カズキ やめろ!

ユウ  そんなに、真剣に、怒ることないじゃないか……ちょっとふざけただけなのに。(泣き顔)

アオイ ユウはいつもそうだ。僕が真剣にやっていると、必ずちょっかいを出してくる。人の迷惑を考えない。

ユウ  (子どものように泣いている)

アオイ いつまでも子どもだ。(言い捨てる)

カズキ 二人とも、いいかげんにしろ!


アオイはしぶしぶ自分の席に戻る。ユウはマコトに抱えられて、自分の席へ戻る。

ユウは顔を隠しながら泣いている。他の三人は顔を見合わせる。やれやれといった表情。研究に戻る。

しばらくして、チャイムが鳴る。


ユウ  ランチタイムだ!(けろっとした表情) 今日は、僕が当番だよ。


他の三人は顔を見合わせ、また、やれやれといった表情。


カズキ それじゃあ、昼食にしよう。

アオイ ユウが当番かぁ……。

マコト 僕も手伝うよ。


楽しい音楽、カットイン。

アオイとカズキは箱を合わせ、クロスをしく。カップや皿、スプーンを整え、ティーポットから紅茶を注ぐ。

ユウ(エプロンをしている)とマコトが料理を運んでくる。ユウは一人ひとりにスープを分け、サンドイッチを作り、渡す。

音楽、小さくなる。


ユウ  アオイはハムがだめだから……レタスとチーズ。

アオイ あぁ。

ユウ  カズキはマヨネーズが嫌いだっけ?

カズキ アレルギーは、ホント困る。(アオイとうなずきあう)

ユウ  マコトは?

マコト 僕はブルーベリージャムだけでいいよ。

ユウ  そう? でも、そのスープも飲んでね。ちゃんとコーンをミキサーにかけて作ったんだ。


音楽、フェードアウト


カズキ マコトはブルーベリー、好きなのかい?

マコト うん……母さんも好きだった……僕が6歳のときに死んでしまったけど……

カズキ それは悪かった。

マコト 大丈夫。

アオイ 僕のお袋も、僕が6歳のときに死んだ。

ユウ  僕は7歳のとき。

カズキ 僕も7歳のとき……やっぱりみんな、あの影響なんだね……。(皆、うなずく)

マコト 母さんはよく言ってた。「ブルーベリーは体にいいのよ。体の

中から、悪い毒を全部出してくれるの」って……。

アオイ (沈んだ場をふりはらうように)今日のサンドイッチ、おいしそうだ。スープも上手にできたじゃないか。

ユウ  当たり前さ。ここに来て、もう3ヶ月になるんだ。いくら料理が下手な僕だって、これくらいはできるようになるさ。(自慢げ)

カズキ じゃあ、準備はいいかな。(皆で手を合わせ)いただきます。(食べ始める)

アオイ うん。おいしい。ユウが当番のわりには。

ユウ  (うれしそう)アオイのお母さんは、何の料理が得意だったの?

マコト ユウ。

アオイ いや、いいんだ……僕のお袋は、デトックス効果のある野菜スープをよく作ってくれた。海草サラダもおいしかった。

ユウ  僕のママも、よく作ってくれたよ……懐かしいなぁ。もう一度食べたい……アオイ、そのマヨネーズ取って。

アオイ はい。(手渡す)

ユウ  (しばらくして、明るく)僕のパパは、震災の時、津波に流されて死んだ。市の職員だったんだけど、地震のあと、海岸の支所と電話が通じなくなって、すぐ被害状況を確認しに行ったらしい。そうして、それっきりになってしまった……。

アオイ うちの親父は、小学校の先生だった。海岸近くの学校だったから、地震の後、すぐ生徒を引率して高台に逃げた。それで全員無事だったんだ。当時はとにかくガソリンがなかったから、何時間もガソリンスタンドに並んでたらしい。……そういえば、スタンドの行列で、亡くなった人もいたね。

ユウ  「エコノミークラス症候群」だね。同じ姿勢を続けると血栓ができて、肺の血管が詰まってしまう。

皆  (うなずく)

アオイ うちの親父は、そんな生活が続いて、心臓がおかしくなってしまった……。

皆   ……

マコト(食欲がない)

アオイ マコト、食欲がないのかい?

マコト ……うん。

カズキ でも、食べなきゃ力がつかないよ。

マコト ……そうだね……(食べようとする)

アオイ 無理するな。

マコト(うなずく。少し食べる)

ユウ  アオイ、お茶のおかわりは?

アオイ いゃ、もういいよ。

カズキ そろそろ、ごちそうさましよう。

皆   (うなずく。手を合わせて)

カズキ ごちそうさまでした。

皆   ごちそうさまでした。

カズキ 薬を準備するよ。

カズキ、ケースに入った薬を持ってくる。皆に薬袋を渡す。それぞれ飲む。

カズキ (携帯で確認しながら)ユウはαタイプ。マコトはβプラス。アオイはγマイナス。

アオイ ……マズイ。みんな、よく飲むなぁ。

ユウ  『良薬は、口に苦し』さ。子供だね。(アオイをからかう)

カズキ じゃあ、午後の準備をしよう。


音楽、カットイン。皆それぞれ片付けと準備。


◇三場

マコトが移動式の机を押してくる。白衣を着て、防御用のプラスチックめがねをかけたマコト。ユウはそれを取ってしまい、なかなか返さないが、結局アオイに取り返される。


マコト さあ、実験をするよ。いいかい? このビーカーに、この試薬を注ぐと、君、どうなると思う?

アオイ 化学反応が起きて、ゲル化するんじゃないか?

ユウ  僕は違うと思う……きっと……発火して、『バーン』って爆発するんだ。

マコト (冷たく)そんな危険な実験じゃないよ。

アオイ ユウはあっちに行ってろ。


ユウ、しぶしぶ少し離れ、箱にまたがって座る。


マコト じゃあ、やってみるよ……ほら。(ビーカーの中の物質が透明になる)

アオイ これは予想外の反応だ。いったい、どういうことだい?

マコト 僕は今、放射性物質を安定化させ、無毒化する方法を研究している。これは、そのモデル実験さ。水中のヨウ素に、試薬を入れてヨウ素を還元した。

アオイ それはおもしろい研究だね。使いものになりそうかい?

マコト まだ分からない。放射性物質の無毒化については、原理としては可能だということが分かっていた。けど、その実現は永久に不可能だろうと考えられていた。僕の研究も、まだ仮説の段階だ。


マコト、もう一度同じ実験をする。


アオイ 何度見ても、不思議だ。

ユウ  透明になるところが素敵だ。

マコト どうしてだい?

ユウ  なんていうか……純粋で……。

マコト 僕たちに似ている……。(せきをする)

アオイ 風邪でもひいたかい?(マコトに寄り添う。ユウ、不満顔)

マコト いや、そうでもないんだが。

アオイ あまり、根を詰めちゃいけないよ。少し休もう

マコト そうだね。そうするよ。ありがとう。


ユウは二人を引き離そうとするが、アオイに振り払われ、ふてくされて上手へ退場。アオイはマコトを箱に座らせる。


アオイ ここに座って。本当に困ったやつだ……(マコトを見て)だいぶ疲れた顔をしている。夜はちゃんと寝ているのかい?

マコト 最近、いつも同じ夢を見る。

アオイ なんだい? 何の夢だい?

マコト 雪が……白い雪が降る夢……。

アオイ 雪?

マコト 僕は、暖かいカプセルの中から、真っ白な雪が降るのを眺めて

いる……とても幸せな気分だ……とても静かで暖かな場所だ……。

アオイ ……。

マコト 真っ白な雪だ……とてもきれいなんだ……。

アオイ ……。


音楽フェードイン。照明が切り替わる。

カズキ、下手から登場。マコトとアオイ、実験キットを押して上手へ退場。


カズキ あの日、発電所では、水素爆発が起こった。原子炉建屋の屋根や壁が、爆発によって粉々に吹き飛ばされ、白い雪となって町に降り注いだ。


音楽、カットアウト。

カズキの携帯に着信。


カズキ はい、いえ、今のところ特に問題はありません。 不足しているものもありません。メンバーの融和も徐々に図られています。マコトの体調が、少し気になる程度です……はい……まだトレーニングが始まったばかりですので、もう少し訓練を重ねなければなりません……はい……はい……わかりました。


音楽、フェードイン。照明切り替わる。カズキ、下手へ退場。アオイ、上手から登場。携帯で研究を始める。

少ししてユウ、上手から登場して着席。姿勢正しくひとしきり携帯で読書をする。時々、アオイの方を見る。

やがて立ち上がり、集中しているアオイをのぞき込む。

音楽、フェードアウト。


ユウ  いつも君は、数学を勉強しているね。

アオイ (ユウの存在に気づき)あぁ。

ユウ  僕は数学が嫌いだ。

アオイ なぜ?

ユウ  数学には……愛がない。

アオイ でも、「美」がある。

ユウ  「ビ」?

アオイ そう、数学は美しい。

ユウ  「美しい」……そうだね、アオイは、美しいものが好きだ……それで君は、数学が好きなんだね。

アオイ (うなずく)

アオイ ユウは何を読んでいるんだい?

ユウ  『こころ』さ。

アオイ 『こころ』?

ユウ  そう、『こころ』。漱石さ!(自慢げ)

アオイ ユウが漱石を読むなんて……。

ユウ  僕は漱石が好きなんだ!

アオイ 古典は退屈じゃないか?

ユウ  でも、過去の人とつながることができる。

アオイ (そうだね)

ユウ (朗々と)Kはお嬢さんが好きだった。でも、自分の気持ちを素直に伝えることができなかった……そんなKを出し抜いたのが先生だ。先生はKを裏切って、お嬢さんを獲得した……。Kはお嬢さんへの愛を抱いたまま自殺した。先生は、自分の裏切りによって親友を死に追いやったという後悔の念を持ち続け、やがて先生もお嬢さんを残し、死を選ぶ……どうだい、素敵な話だろう?

アオイ ……僕には、ただ、意志の弱い二人の男が犬死したように思えたよ。

ユウ (無視して)人とつながりたくて、でも、できなかった。

アオイ 哀れな男たちだ。

ユウ  そんなことない! Kと先生は、お嬢さんを真剣に愛したんだ! 君は人を真剣に愛したことはあるのかい? 愛のつらさが、君には分からないだろう!

アオイ ……。

ユウ (席に戻りながら)僕は、人とつながりたいのかもしれない。

アオイ 僕だってそうさ。でも、それは、とてもむずかしい……。


アオイは研究に戻り、ユウは読書する。やがてユウは携帯を手にしたまま寝てしまう。


アオイ 君も、もう疲れたんだね。(手をかける)


マコト、下手から携帯を持って登場し、音楽を聞いている。

アオイも聞きたそうにすると、イヤホンを一つ貸す。

それと同時に寂しげなメロディーが流れだす。


アオイ 何ていう曲だい?

マコト ……僕も……知らないんだ……。

アオイ とてもさびしい曲だ。

マコト ……。

アオイ 昔、聞いたことがあるような気がする……。

マコト ……。

アオイ 心がふるえる曲だ……。

マコト 僕の心もふるえている……。

アオイ どうして僕たちのDNAには、悲しい記憶しか刻み込まれていないんだろう。

マコト そう……僕たちは、生まれる前から傷ついていた。


モノリスが点滅し始める。

曲が小さくなる。


アオイ モノリスが光っている……。


マコトもその方向を見る。

点滅終わる。

アオイはイヤホンを返す。

音が消える。


アオイ まるで、モノリスが呼吸しているみたいだ。……ユウが言ってたよ。『本が好きなんだ』って。『古典を読んで、過去の人とつながるのがおもしろい』って。

マコト そうか。ユウ、そんなことを言ってたのか。

アオイ 僕は物語が苦手だ。物語を読んでいると、眠くなってくる。

マコト ……文学は、未来に対する警鐘を想像力を持って鳴らし続けてきた。それに対して科学は、何も応えてこなかった。「想定外」という一言で。……科学は人を滅ぼすね……でも、科学の力を信じていない僕が、科学の研究をしてるなんて、矛盾だね……。

アオイ ……。

マコト 電源を失うことが、即、この世の破滅へと向かう……電気を生み出すべき発電所という場所でそれが起こってしまったのは皮肉だね。

アオイ ……。

マコト 科学と政治には、想像力が決定的に欠けていた。空想の世界であったはずの近未来が、いま、現実になってしまったじゃないか。

アオイ (うなずく)


照明が切り替わる。カズキ下手から登場。アオイとマコト、上手から退場。


カズキ 震災後、溶融した燃料デブリを取り出すため、人々はさまざまな方法を試みた。しかし、その努力も空しく、放射性物質は拡散を続けた。原発は、硬く厚いコンクリートで覆われ、「モノリス」と呼ばれるようになった。


青暗転。音楽フェードアウト。


◇四場

四人登場。音楽カットイン。明転。四人がダンス。

マコトが疲れて倒れる。音楽、カットアウト。


アオイ 大丈夫か、マコト。

マコト あぁ、大丈夫。ちょっと息切れしただけだ。

カズキ ホントに大丈夫? 少し、休んだ方がいいんじゃないか?

マコト (うなづく)大丈夫。トレーニング、続けなきゃ。

カズキ それじゃあ、次のトレーニングに移ろう。

アオイ 次は何するの? 

カズキ 今日は今までとは違う。新しいトレーニングさ。

ユウ  新しいトレーニング?

カズキ シンクロニシティの練習だ。

アオイ シンクロ…? 何? それ。

カズキ すぐに分かるよ……アオイ、ちょっとやってみよう。(アオイと両手をつなぎ)アオイ、僕の言うとおりにして。心を静かにして目を閉じるんだ。

アオイ こうかい?

カズキ そう。そうして深く念じるんだ……たとえば、ママのことを。

アオイ (目を見開く)

カズキ 怖がらないで。大丈夫。もう一度目をつぶって……そうして、愛する人のことを思って……。


二人は輝きだす。効果音フェードイン→アウト。アオイ、思わず手を離す。照明、もとに戻る。


カズキ 急に手を離してはいけない! 危険だ。さあ、もう一度。


二人は輝きだす。


カズキ ママとパパのことを思いだしてごらん……深く心にイメージす

るんだ……ゆっくり呼吸して……。


二人はさらに輝く。効果音フェードイン→アウト。照明もとに戻る。


アオイ 今の、何?

ユウ  何が起こったんだ?

カズキ これがシンクロだ。

マコト 「シンクロ」? なぜ光ったの?

カズキ アオイの心と僕の心が深く共鳴して、エネルギーを持ったんだ。みんなにもできる。

ユウ  どういうこと? どうして僕たちは、そんなことができるの? 僕たちは、何かおかしいの?

カズキ おかしくはないさ……それに、まだ、はっきりと解明されたわけじゃない……さあ、今度は、みんなでやってみよう。


皆が輪になり手をつなぎ、念じる。

カズキ ゆっくり息を吸って……吐いて……仲間とつながっていることを意識して……。


発光。効果音フェードイン。


カズキ 手のひらが熱くなっても、手を離してはいけないよ。怖がらなくて、大丈夫。


光、音、強くなり、やがてフェードアウト。


ユウ  なに? どうなったの?

マコト とてもまぶしかった。けど、気分がさわやかだ。

アオイ 僕も、心が落ち着いた。

ユウ  頭の中が、クリアになった気がした。

カズキ これがシンクロだ……いつかきっと、役に立つ時が来る。

皆、不思議顔。

カズキ 今日は、これくらいにしよう。とても体力を消耗するから。じゃあ、いつものように検査の準備をして。


皆それぞれ携帯で検査し始める。ユウは怖いのか、アオイに検査してもらう。


ユウ  僕は針を刺されるのが人生で一番いやだ。(アオイが携帯をカズキに向け送信)

マコト ……そういえば、僕の母さんも、六時間ごとに自分で検査してた……今でも覚えてる。(携帯をカズキに向け送信)

アオイ そうだね。僕のママもそうだった。(携帯をカズキに向け送信)

マコト 母さんは言ってた。検査をしてると、人から白い目で見られたって。だから、隠れてするようになったって。

カズキ (値を見て)ユウはFKTの値が高くなっている。もっとこまめに水分を摂らないといけない。マコトはSJPの値が低くなっている。睡眠を十分にとること。アオイは今のところ大丈夫。健康だ。(携帯をしまう)

マコト 自分たちは強制的に避難させられたのに、どうしてそんな目にあわなければならないんだろう。どうして人目を気にしなければならないんだ!

ユウ  ……僕は避難先でずっといじめられてた。「放射能」 って。……僕と友達になると、その子もいじめられた……誰も、僕に近寄らなくなった……僕はずうっと一人ぼっちだった……病院の先生に勧められて、僕はここに来た。ここに来れば、僕の病気も治るかもしれないって……。

アオイ 僕もそうだった。

マコト 僕も。

カズキ 僕もそうだ……みんなはまだ、知らないんだね……僕たちの体の秘密を……。

皆   (?)

ユウ  じゃあ、君は何か知ってるの?

カズキ いや、はっきりとは分からない……でも、僕たちの体には、何か秘密がある。

皆   (?)

カズキ 僕たちは他の人とは、何かが違う。

アオイ どういうこと? 何が違うんだ?

カズキ わからない……でも、それによって僕たちは、人から隔てられ、ここにいる。

マコト 僕たちは、ここに閉じ込められているのか。

カズキ 第二次震災からもうずいぶん経っているのに、まだ正確にはわかっていない。僕らのようなニュータイプは(ハッ)

アオイ ニュータイプ? ニュータイプって何?

カズキ (黙ったまま)

マコト さっき僕たちが光ったことと、何か関係あるの?

ユウ  僕たちは、存在してはいけなかったの?

カズキ ……。

ユウ  ねえ、僕たち、いつまでここにいなければならないの? いつになったら、ここから出られるの?

アオイ ……僕たちは、死んでしまうの?……

カズキ 放射性物質は、完全には除去されない……永遠に……。


モノリス点滅。


マコト モノリスが光っている……。

アオイ 最近、回数が多くなっていないか?

カズキ そろそろ準備を始めなければならない……。

ユウ  僕はもう、いやだ! こんなところに閉じ込められたくない!


ユウ、下手へ飛び出していく。皆、それを追いかける。

ユウを探す皆の声がしばらく続く。

下手からアオイ、上手からマコト走って来る。


マコト ユウはいた?

アオイ いや、いない。あいつ、いったいどこに行ったんだ?

マコト とにかく、探そう!


アオイは上手へ、マコトは下手へ走り去る。

相変わらずユウを探す声。

しばらくして、アオイ上手から登場。肩で息をしている。疲れた表情で箱に座る。

モノリスの点滅、消える。そこにユウ、下手から静かに登場。


アオイ(立ち上がり)いったいどこに行ってたんだ! ユウ! みんな、必死に探してたんだぞ!


ユウ無言。アオイ、ユウが手に持っているものに気づき、


アオイ それはなに? どうしたんだ?

ユウ  浜辺で……見つけた……拾ったんだ……。(手にはきれいな貝殻)

アオイ 外に出たのか? 勝手に出ちゃだめじゃないか! 高線量被曝をしたら、どうするんだ!

ユウ  (貝を見つめ)今朝、窓から見えたんだ。朝日に光ってた……ここに、こうして、じっとしていると、息がつまる……息が苦しくなって(ハァハァ)心臓が、まるで別の生き物のように動き出す……(胸を両手で押さえる)……この海には、まだ、こんなにきれいなものがある……(ハァハァ)それを僕たちが壊してしまった……ニンゲンが汚してしまった……(ハァハァ)もう元には戻らない……。


アオイが背中をさすり、なだめると、やがて落ち着きを取り戻す。


ユウ  ここはとても退屈だ。

アオイ 僕らは、外の世界とつながることを禁じられている。でも、ここにいるみんなは、ユウのことを心配してる。マコトもカズキもそうだろう? ユウを本気で思っている仲間が、すぐそばにいるじゃないか。

ユウ  僕はカズキが嫌いだ。

アオイ なぜ? いつも命令ばかりしているから?

ユウ (首を振り)カズキには何かある……何かを隠している……何かを知っている……僕は怖いんだ。

アオイ 何も恐れることはないよ。僕がそばにいるから……心配は要らない……カズキだって、ホントはいいやつだよ。

ユウ (首を振り)……そうじゃない……そうじゃないんだ……アオイ、今日はあの日だね。

アオイ あの日って? ……ああ、そうだね。

ユウ  僕は怖い……だって、僕が僕でなくなってしまうんだもの。みんながみんなでなくなってしまう……。

アオイ 僕だって怖い……でも、仕方ないんだ。この日を過ごさなければ、魂が静まらない……僕たちの魂も、かつてこの世に存在した人たちの魂も……。

ユウ  (胸を押さえながら)……今日は3月11日だね……。

アオイ (うなずく)


照明切り替わる。カズキ、下手から登場。携帯で話し始める。ユウとアオイは上手から退場。


カズキ はい。データは徐々に蓄積されつつあります。メンバーの行動パターンや身体組成の分析も続けています。あともう少しでモノリスにアタックすることも可能になるでしょう。……モノリスの点滅が早くなっています。急がなければなりません。……はい。わかりました。


地鳴りの音。カズキ、おびえながら下手へ退場。

青暗転。アオイ、ユウ、マコト、上手から走って登場。

地鳴りの音、やや小さくなる。

中央にスポットライト。その下に人物が次々と走り出てくる。


マコト あの日、防災無線が繰り返し聞こえてきた。

アオイ 『総理大臣から、避難命令が出されました。至急避難してください。繰り返します。至急避難してください。』

ユウ  私たちは、役所が用意したバスに乗り込んだ。ひどい渋滞はバスを前へ進ませない。

マコト 放射性物質が後ろから襲ってくる。防塵マスクとタイベックスを着た人を乗せた緊急車両が、反対車線を走る。

アオイ 海岸の漁港は津波につぶされ、家も橋も電柱も、すべてが波にさらわれた。

ユウ  がれきの下から助けを求めるうめき声が聞こえてくる。

マコト 小さな避難所で、肩を寄せ合ってしゃがみこむ。

アオイ 大きな余震は、一晩中避難所を揺らし続け、そのたびに天井を見上げる。


地鳴りの音、大きくなる。皆、耳を両手でふさぐ。スポットが大きくなる。

3人は横に並んで立つ。


マコト 原発は、振動と津波とによって、壊滅的な被害を受けた。

アオイ 使用済み核燃料は、倒壊によって再び露出し、自ら発する高温のために、自らの体を溶かしていった。

ユウ  そして、大量の放射性物質が環境中に放出された。

カズキ (下手から登場し)そうして原発は、石の棺で覆われた。(地鳴り、フェードアウト)……そうか、今日は11日か。


カズキのぼろぼろな様子に驚いたマコトとアオイは、カズキの体を支える。


マコト どうしたんだ、カズキ、こんなになって。

アオイ 何かあったのか?

カズキ いや、なんでもない。

ユウ  どうしてカズキは、参加しなかったの?

マコト そうだ。とても大切な日なのに。

アオイ すべての魂を鎮める日だ。僕たちが決して忘れてはいけない日だ。

カズキ ……。

ユウ  カズキ。カズキは何か隠してるだろう。

カズキ ……。

ユウ  何を隠してるんだ? 言えよ!(カズキを揺さぶる) 何か知ってるんだろう! 言え!

アオイ(ユウを制止しつつ)カズキ。知ってることを、教えてくれないか。

マコト みんな、仲間じゃないか。

アオイ たのむ、カズキ。

皆  (口々に)頼むよ、カズキ。

カズキ ……わかった……手を離してくれ。

ユウ  (つかんでいた手を離す)

カズキ 僕たちは、人を愛することも、愛されることもできない、いつまでも大人になれない、存在なんだ。そうしてここは、この世から見放された場所だ。高線量のガレキ、ふるさとへの郷愁、そして僕ら……この世のすべてから捨てられたものたちが集まる場所ってことさ。でも、みんな、うすうす勘付いていただろう? 僕たちの居場所は、あのモノリスの隣しかなかった。僕たちは隔離され、実験室のモルモットのように観察されていた。放射線への耐性を持つ僕たち……そんな僕たちは、今、皮肉なことに、人類の期待を一身に背負う存在になった。あんなに嫌われ、いじめられ、他人に近付くことさえ許されなかった僕らがだよ。

アオイ それは……どういうこと?

カズキ もうわかっているだろう? 今までのトレーニングの目的が。

ユウ  カズキ?

カズキ そう。僕たちは、うまくやれば英雄になれるってことさ。熔融した核燃料とシンクロさせ、安定化することができるかもしれない。それができるのは、僕たちだけだ。

ユウ  それは……どういうこと? 僕には意味がわからない。

マコト 僕たちが融け落ちた燃料を取り出すってこと?

カズキ いや、違う。僕たちの体と核燃料をシンクロさせるんだ。その共時性によって、高温の燃料を安定化させることができるかもしれない。

ユウ  僕には、カズキが何を言っているのか、さっぱりわからない。

マコト つまり、僕らの体で放射性物質を低温化させることができるってこと?

カズキ そういうことだ。もしかしたら、無毒化することも可能かもしれない。

アオイ ……そんなこと、できるわけがないだろう。


モノリス点滅。


カズキ いや、やってみる価値はある。それに、もう、時間がない……ほら、モノリスが光っている。石の棺も、もう限界だ……。

マコト もしかして……カズキひとりで、それをやろうとしたのか?

カズキ ……

アオイ ひとりで勝手に、むちゃなことするな!

カズキ (首を振りながら)やっぱりひとりでは、だめだった……僕ひとりでは、力が足りない……。

ユウ  カズキ……

カズキ 愛する人のために、死んだパパやママのために、これから生まれてくる子どもたちのために、みんな、力を貸してくれないか? このままでは、この国は終わってしまう。みんなが僕らに期待している。みんなの力が必要だ!

皆、ためらっている。

モノリス、点滅し続けている。

カズキ この使命を果たせるのは、僕らだけだ。みんな、力を貸してくれ!

アオイ (ユウを抱きながら)放射線への耐性を持つ存在……。

マコト この世のすべてから捨てられた存在。

皆   それが僕たちだ。

ユウ  僕たちにも、誰かのためにできることがある。

アオイ やらなければならないことがある。

カズキ さあ、時が来た!

マコト 行こう!

皆   行こう!


互いに顔を見合わせ、うなずきあう。


カズキ 扉を開けろ!


カズキが合図すると、中割り幕がゆっくりと開く。

真っ赤なホリゾント。

マコトの好きな音楽フェードイン。

4人は、ゆっくりと進んでいく。

円く輪になり、手をつなぐ。

目つぶしのまばゆい光が客席へ差す。

4人はまぶしく光り出す。

やがて中割り幕が閉じると同時に暗転。

少しして、再び中割り幕が開き、円く横たわる4人に光が当たる。

空から白い雪が舞い散る。


閉幕


(上演希望の場合は、ご相談ください)

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