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カフェ・アルエットの魔女

作者: 花筐 筥

 初夏をむかえたシュガーポットフィールドほど、地上でうつくしい場所はないと、アリスはしみじみと思っていた。


 きびしい冬を乗り越えて春先に芽吹き、数ヶ月のあいだにすくすくと伸びた若枝はエメラルド色の青葉をたたえて、ダイヤモンドさながらのまぶしい陽射しにきらきらと照り映える。空気もぴりっと冴えわたり、かぐわしい花々や緑のまざりあった香りがした。

 レース細工のように繊細な、小ぶりな白い色の花をびっしりとつけたニワトコも、足元の小さなマヨラナも、ほとんどすべての植物がそれぞれ芳香を放っているふうにも思える。

 なにを置いても美しいのは、なんといってもばらだった──うっとりとする気品に満ちたふくよかな匂い。うず巻くように幾重にも重なった花びらは、まるで貴婦人のまとう優雅なガウンのようだ。

 これこそ花の女王さまなのだと、アリスは心から感嘆せずにはいられなかった。そのばらの持つ数多くの棘すらも、近寄りがたい高貴さをあらわしているようで、少女には好ましく思えるのだった。

 そして、この時期には庭の果樹がたくさんの実をつける。赤い宝石のようないちごに野いちご、色濃くたわわに実った黒いちごやブルーベリー。どれも大ぶりで、みずみずしさをたたえてつやつやと光っている。

 とくに今年は豊作も豊作で、すぐにアリスとロベルタの手かごはいくつもいっぱいになった。『みどりの指』を持つ魔女のロベルタでさえも、おどろくほどの収穫だったのだ。


「こんなにたくさん採れるとは、私も思わなかったよ」


 ふわふわと波打つ白い髪を持つ、()()の青年──ロベルタは、そうっと葉を撫でながら、その暖炉の火のようにあたたかな色あいの瞳をよろこびにほころばせてほほえんだ。


「どうやら今年は、風や水の精たちのご機嫌を損ねずにすんだみたいだね。彼女たちはなかなかに気むずかし屋で、ていねいに扱わないとすぐに腹を立てて植物をだめにしてしまう」


 彼には自然のあらゆる場所にやどり、息づく精霊の気配を感じることが生まれついてできた。風の歌声に水のささやき、猛るような火のうなりに、とどろく大地の叫びも、まるで人と話すように聞くことができるのだ。

 魔女とはそういう生き物なのだ、とアリスはごく小さいころから言い聞かせられて育ったのだった。そしてアリスは、そんなロベルタがすこしうらやましかった。


「魔女ってすてき。わたしもお花とおはなししてみたいなあ」


 一度でいいから、野や庭に咲く花や木がなにを話しているのか──特に、花の女王であらせられるばらがどんなことを日々お思いになっているのか──聞いてみたかったのだ。

 自然と話せるなんて、どんなにすてきだろう! それを思うと、アリスはいつも胸がどきどきするのだった。最後には、自分がただの人間の、まだ九つの女の子でしかないことに思い当たって落胆するのだけれども。

 梢や生け垣のくもの巣に露が光る、早朝から始めた木の実やばらの花びらの摘みとりも、ようやく終わりをむかえる頃には太陽がてっぺんにのぼっていた。

 うららかな陽射しのもと、ふたりは木陰にすわって、冷肉とチーズをはさんだパンとお茶で軽い昼食をすませた。やがて食事を終えると、ずしりと重くなった手かごをいくつもぶら下げて家の勝手口をくぐり、台所へ入って行った。




 「さてと、お嬢さん。今日は忙しくなるよ」


 ふたりで台所に立つ。つややかに磨かれた、大きな広いテーブルの上はジャム作りに使う道具や材料がところ狭しとならべられ、たいそうにぎやかだった。

 まずは、おろしたての白砂糖の大袋が四つ。マーマレードにつかうオレンジは木箱にこんもりと盛られており、これは昨日届いたばかりのまことに新鮮なくだものだった。そして、果実を煮るための銅鍋も、すでに用意がすんでいた。

 きれいなあかがね色をした、ぴかぴかの銅鍋は、昨日の夜にロベルタと一緒に苦労して磨きあげたものだった。

 窓から差しこむ太陽の光を受けていつも以上にかがやいて見え、アリスはなんとなく誇らしい気持ちになった。鍋はとても大きいので、一見すると()()()のようでもある。なにせ、アリスがすっぽりと入って座れるほどの大きさがあるのだった。

 それからよく使い込んだ、傷だらけの木べらとお玉。はるか南の国から海を越えて運ばれてきたレモンは太陽の色合いだ。水晶のように澄んだ透明なガラスの瓶は、大きいものも小さなものも、使い切れないほど用意してある。


「私は瓶のしたくをするから、アリスはいちごのジャムを煮てくれるかい。やけどに気をつけて」

「はあい」


 シャツの袖をまくり、胸当てつきの前掛けの腰ひもを手ばやく結びながら、ロベルタはやさしく言った。アリスはジャムの作りかたはここ数年ですっかり心得ていたから、それに元気に返事をして、うきうきとして大好きな作業にとりかかった。

 よく洗ったいちごと白砂糖を鍋に入れ、火にかける。しっかり水分を飛ばすこと、砂糖をたっぷりと使ってけっして惜しまないこと──これが良いジャムを作る()()なのだと、ロベルタはいつも言っていた。そうしてできたジャムや砂糖漬けは、何か月、もしかしたら何年も日持ちがするものなのだった。実際、パントリーの戸棚には、去年こしらえたジャムの瓶がまだいくつか残っていた。

 鍋の中で果実が煮え、だんだんとその輪郭はぼやけたものとなっていく。やがてルビー色の、とろりとした液体になるのに時間はそれほどかからなかった。そのままことことと鍋の中身を煮つめる。

 表面に浮いてきたふわふわした白っぽいあくをていねいにすくいながら、アリスは鍋から漂ってくる甘い匂いにうっとりと目を閉じ、心をおどらせた。


「焦がさないようにね」


 隣の大鍋で熱湯をわかしてしたくをするロベルタの言葉に、アリスははっとした。緊張のあまり思わずお玉をぎゅっと握りしめる。

 実は彼女には前科があるのだった──それはたいそう苦い思い出として記憶に残っている。

 仕上げにしぼったレモンの汁を入れ、少し煮込めば、いちごのジャムの完成だった。すばらしいあざやかな赤色で、きれいに透きとおった、まことにきれいなジャムにできあがった。

 ロベルタは「アリスがていねいな仕事をしてくれたおかげだね」とほめてくれ、アリスはくすぐったいような、それでいてうれしいような気持ちになった。

 しかし、今回は失敗せずにすんだというほっとした気持ちも手伝って、次の野いちごのジャムづくりではあやうく大変なまちがいをするところだった──白砂糖とまちがえて、塩の袋を手にとってしまったのだ。幸いロベルタが気づいて直前に止めたものの、先のいちごジャムがうまくいっただけに、アリスの落ち込みは大きかった。


「わたしって本当にどじだわ」


 目に見えてしゅんとしてしまったアリスの頭をやさしくなでながら、ロベルタはすこしおどけて明るく言った。


「さあ、そんなに落ち込むことはないよ。私だって、まちがいをした経験はあるのだからね」

「お師匠さまも?」


 アリスはおどろきに目を丸くして訊き返した。

 アリスの中のロベルタはいつだって失敗などしたことがなかった。

 スコーンやケーキを焼かせれば天下一品だし、家の中はいつだってちり一つないほどきれいに整頓されている。アリスがうっかりこしらえた服のかぎ裂きだって、次の日には破れも縫い目もわからないほどに、きれいに繕われていた。

 ただひとつ欠点らしきものといえば、新しい、出たばかりのからくりや機械に目がないことで──そして、彼はびっくりするほど機械の扱いがへたなのだった──けれどそれは、ロベルタの数多ある長所を損なうほどの大きな欠点ではない、とアリスは考えていた。


「なんだかとってもへんな感じ。だって、お師匠さまって、なんでもできちゃうんだもの。失敗って、どんなことをしたの?」


 ちいさな少女の純粋な問いかけに、ロベルタは思わずしずかな笑みをもらした。そして作業の手を止めぬまま、朗々と語り出した。それはどこか、旅芸人や流しの楽団が呼び込みをするときの口調に似ていて、なんだかおかしかった。


「さあさあ、おちびさん。よければ野いちごのジャムをつくりながら聞いておくれ。うっかり焦がしてはいけないよ」


 彼の透けるように白い髪がきらめき、かすかに七色の星の光をちらちらと散らす。あたたかな炎の色の瞳は、ここではないどこか遠くを見つめていた──まるで、過去の記憶を映す鏡をのぞきこむような、どこか懐古と郷愁に満ちたまなざしだった。

 できたての熱いいちごのジャムを瓶に注ぎいれながら、なおもロベルタはうたうように続けた。

「何十年も前の話になる。私がある森の近くの村に住んでいた時の話────」





「その時、私は薬草で薬を煎じては村の人びとにわけることで生活をしていた。……人間のお医者さんもなかなか来ることがむずかしい、はずれの小さな小さな村だったからね。

村の人たちのために、いろいろな薬をつくったよ。──熱さまし、痛み止め、くしゃみの薬……。やけどの塗り薬に、よく眠れる薬草のお茶も。

 ありがたいことに森の精霊たちは親切で、たくさんの種類の薬草が生えていたから、材料には困らなかった」

「知っている。わたしが生まれるより、うんと前のお話でしょう。お師匠さまが、まだいろいろな場所で暮らしていたときの」


 アリスの言葉に、ロベルタはうなずいた。


「そう。魔女というのは、年をとるのがとてもゆっくりだからね。人間とは時を歩む早さがちがう──人間にそれが知られないように、わたしは数年間、ある町や村で暮らしては、また別の場所へと移り住む。そんな生活をしていたんだよ。

 そして、薬づくりはその時の私のなりわいだった。特に、田舎の小さな村ではありがたがられてね、お医者さんの代わりのようなこともしていたんだ。

 薬をつくる代わりに、村の人びとは食べ物や着るもの、薪なんかをお返しにくれるから、暮らすのに困ったことはなかったね」 


 瓶にコルク栓をはめながら、ロベルタは続けた。


「その村には、春になるとくしゃみが止まらなくなるおばあさんがいてね。毎年春になると、私のもとにくしゃみ止めの薬を作ってほしい、と頼みに来るんだ。その村には六年いたから、ぜんぶで六度。

 森で薬草を採り、それを煎じて薬をこしらえて、彼女の元に届けた。そのたびに彼女はたいそう喜んで、畑でとれた作物や、仕立てた服や布地や、いろいろなものをくれた。だから、いちばんのお得意さんと言って良かったかもしれない。

 そして最後……六年目の春に、私は失敗をしてしまったんだよ」

「お師匠さまの失敗ってあんまり想像できない。ねえ、どんなことをしてしまったの?」


 アリスは興味津々でロベルタの前掛けにすがりついた。ロベルタは大鍋の熱湯に瓶をひたしながら、心なしか恥ずかしげに話し始めた。彼の雪のように白い頬に、さっと色がさす。


「実はその時、もうひとりお得意さんをかかえていてね、さっき言ったおばあさんとは同じくらいの年の、おじいさんだった。

 彼は夜眠れないのが悩みで、私に『よく眠れるようになる薬を煎じてほしい』と頼みに来たんだ。私はその薬のつくり方はよく心得ていたから、すぐに承知して、『すぐ薬草を煎じて、今日の夕方には届けます』と返事をした。

 ついでに、おばあさんに渡すくしゃみの薬も届けようと、同じ鞄に入れておいたのだけれど……」


 そこで彼は言葉を切った。どこかいたずらっぽい意味ありげなまなざしで、アリスをちらりと見る。


「まさか……」

「そう、そのまさかさ」彼はにやりとした。

「私は薬をとりちがえてそれぞれ渡してしまったんだ。つまり、おばあさんによく眠れる薬を、おじいさんにくしゃみの薬を」

「それで……どうなったの?」


 声色を低くして恐る恐るたずねた少女に、ロベルタはにこりして話を続けた。昔を思い出して、過去の自分がおかしくてたまらないというようだった。

「まず、おばあさんの家の女中さんが駈けこんできてね。『奥さまがなかなか起きてこない』と泣きながら言うんだ。お年もお年だから、それはもう心配だっただろうね──。

 それで、おばあさんの家に私も飛んでいったら、彼女は赤ん坊のようにすやすや眠っている。ベッドのそばに置いてある薬を見て、まだ若かった私は青くなったよ。おじいさんに渡したはずの……よく眠れる薬があるんだからね。

 そう、彼女はそれを飲んでしまったんだ。それも、一気にひと瓶全部!」


 ここまで言うとロベルタは吹き出した。声を立てて笑うのは、彼にしてはめずらしいことだった。


「そのあとはおじいさんの家にも急いで飛んでいって、とにかく謝りに謝りたおした……なかなか、気難しくて手強い御仁だったからね。彼はたいそうご立腹で、『魔女が薬をまちがえるとは何事だ』と眉をつり上げて怒られてね。

 それをなだめてとりなしたのは、ようやく起きてきたあのおばあさんだった。『まちがいは誰にでもありますよ。魔女にだってね。それに、あなただってあやまちを犯した経験が、まったくないわけではないんでしょう?』とね。それでようやく、おじいさんもしぶしぶではあるけれど許してくれたんだ。

 ……余談ではあるけれど、実はこのおじいさんは、若い頃からおばあさんのことが好きだったみたいでね。そして、おばあさんも昔なじみのおじいさんもことを憎からず思っていた。お互いともいろいろあってそのままひとり身で年をとってしまったけれど。

 これがきっかけで、ふたりはそのあと結婚したそうだよ──村を離れた後、行商の人から聞いた話だけれども。

 これが、私の失敗の話さ」



 ことのあらましを聞いたアリスは、おどろきを顔に浮かべつつも、その灰青色の大きな瞳をきらきらとさせた。


「それじゃあ、お師匠さまの失敗がきっかけでおじいさんとおばあさんは一緒になったのね。それって、すてき。失敗だけれど、失敗じゃないみたい。砂糖と塩をまちがえるより、ずっとロマンチック」

「結果的にはそうなんだろうね。……けれど、おばあさんの部屋で空になった薬の瓶を見つけたときの気持ちは今でも忘れないよ。全身の血の気が引いて、もうどうしたらいいかわからなかった。命に関わる病気や薬ではなくてよかったと、心から思ったよ」

「それはそうだけど……。でも、お師匠さまでも失敗することってあるのね。やっぱり、なんだかふしぎな気がする」

「百年以上生きていても、魔女でも、失敗やまちがいはするものさ。だからアリス、君もそんなに落ち込むことはないんだよ」


 ロベルタはやさしくアリスのちいさな肩に手を置いた。その手のひらから伝わるあたたかさに、アリスは落ち込んでいた気持ちもすっかりほぐれて、みるみるうちに元気を取り戻した。

 そしてロベルタの話に聞き入りすぎて、野いちごのジャムをあやうく焦がしそうになったのだった。



 とにかく量が多いので大変だった。全て瓶に詰め終えるころには日が落ちてきていて、雲がうすいばら色に染まり、すみれがかったの東の空には、弓のように細く青白い月と、銀の星がひとつふたつとちらちらかがやきはじめていた。

 ようやく道具をすべて片付け終えてから、一息いれようとロベルタがカミツレのお茶を淹れてくれた。あたたかくやわらかな香りが台所いっぱいに広がり、一日がかりの大仕事でくたびれたからだに、はちみつの甘みがしみる。

 戸棚から出してきた種入りのケーキにぱくつきながら、アリスはロベルタと今日の成果をよろこびあった。

 できあがったいくつものジャムや砂糖漬けの瓶は、きちんとコルクでふたがされ、今は大きなテーブルのすみに寄せてある。

 あざやかないちごの赤に野いちごの濃いルビー色、黒いちごやブルーベリーのうっすらと紫がかった、かすかに透きとおった黒。マーマレードはすばらしい黄金色にきらめき、最後にこしらえたばらの花びらの砂糖漬けはまさしくばら色の中のばら色だった。

 どの瓶も、卓上に灯されたランプの明かりに照りはえて美しく、まるで色とりどりの宝石のようにきらめいている。

 きっと、魔女がつくるという薬というのもこんな感じなのではないだろうか──まどろみのような夕方の空気の中、アリスはなにかすてきな夢を見ているような気持ちだった。

 とろりと夢見るようなアリスの表情にふと目をとめて、軽い縫い物をしていたロベルタはそっとたずねた。


「疲れたかい?」

「ううん」アリスはお茶をひとくち飲みくだして、横に首をふった。

「くたびれてはいるけれど、うれしい『くたびれ』なの。わたし、ジャムづくりって大好き。今から来年の今が楽しみでしかたないの……来年もまた作ろうね。きっとわたし、次の年はもっとうまく作れる気がする」


 達成感とよろこびに頬を上気させ、うれしそうに続けるアリスに、ロベルタもふわりと笑みをこぼした。


「アリスもうんと上達したものね。……これなら、お店に売り物として出してもいいかもしれない」

「それ、本当?」


 アリスはぱっと顔をかがやかせた。自分の作ったジャムがお店に並ぶ──アルエットの、きらきらしたガラスのショーウィンドウに瓶がちょこんと整列している様子を想像してたまらなくなり、アリスは思わず椅子から立ち上がって身を乗りだした。


「おねがい、お師匠さま。お店にわたしのジャムを置かせて。自分でもうんといい出来だと思うの。みんなに食べてもらいたい。ラングリッジ夫人にも、メイソンの奥方さまにも、クラークおじさんにだって」

「もちろん、いいとも」ロベルタは快くうけあった。

「こんなにおいしいジャムなのだもの。お客さまにも味わってもらわないと、お店としても損というものさ」



 アリスは瓶のうんと詰まった、ずしりと重いかごをかかえて自分の部屋に戻ると、かごを置いてまっしぐらに壁ぎわの棚に駆けよった。

 棚から、小花模様の布を貼った大きな箱をひっぱり出す。箱のふたを開けると、色とりどりの絹のリボンが色の洪水のようあふれだした。

 赤にピンク、青に緑、紫。うつくしい花のつぼみ柄やきれいな縞模様の入ったとびきり上等なリボンもある。

 これらはすべて、アリスが今までこつこつと集めてきたものだった。宝物にはちがいないが、すばらしいジャムにはすばらしいリボンがいちばん似合うと考えて、アリスはこの大切なコレクションを使うことにしたのだった。

 箱から似合いそうな色のリボンを出しては、それぞれ瓶の首に巻いて、すこし考えてみる。

 いちごのジャムには鮮やかな赤いリボンを。木いちごには濃い紅のリボンが似合うかもしれない。ばらはもちろん、いちばんきれいなばら色。黒いちごやブルーベリーにはすみれ色。マーマレードは金。


「みんな、きっと喜んでくれるといいな」


 明日、色とりどりのリボンを巻いた、すてきなジャムが並ぶであろうはなやかなショーウインドウの様子を想像し、アリスはひとりほほえんだ。

 外は夜のとばりが下りはじめていた。びろうどのような濃紺の空に、見えない糸で縫いとめたように銀の月といくつもの星がかがやいていた。

 どこかかからふくろうの低い鳴き声が響き、サヨナキドリの可憐にうたう声がこだまする。それを聴きながら、幼い少女は夢想するように、うっとりとまぶたを閉じた。


 「きっと、明日もいい日になるわ」

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