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「自分探し」をしていたら魔術師がつかまりました

作者: 栗栖

ゆるっと設定ですので、細かいところはどうぞご容赦ください。

 市場は朝から賑やかで、リリアはその喧騒に少し圧倒されていた。


ーー村とはまるで違う。これが外の世界なんだわ…


 人々の活気に混じって、どこかから泣き声が聞こえてきた。


「…君、迷子?」


 リリアは足を止め、声のする方へ向かう。そこには、4歳くらいの男の子が一人で泣いていた。


「大丈夫? どうしたの?」


 リリアが声をかけると、男の子は泣きじゃくりながら「ぼく…ぼく…」と答えた。


「お母さんを探そう。でも、まずは君の名前を教えてくれる?」


 しかし、男の子はただ首を振るばかりで、どうにもならない。どうしようかと困っていると、背後から冷静な声が響いた。


「その子は僕が探していた。」


 振り向くと、そこには黒いローブを纏った青年が立っていた。長い旅をしてきたのだろう、少し疲れた顔をしているが、鋭い瞳が印象的だった。ちょっぴり冷たい印象を持った。


「あなたが……お父さん?」

「違うけど、依頼主の子どもだ。母親から、見つけてほしいと頼まれていた。助かった。」


 そういうと青年は男の子の手を引いて立ち去ろうとした。


「ちょっと待って!」

リリアは思わず声を上げた。「本当にお母さんのところにちゃんと連れて行くのよね?」


 青年は振り返り、少し驚いたような顔をしたが、やがて小さく笑った。


「もちろんだ。君も来るかい?」


ーーーー

 朝焼けが山の稜線を淡く染めるころ、フェルナ村の小さな広場に一人の少女が立っていた。栗色の長い髪を三つ編みにまとめたその少女、リリアは、小柄な体に村の女性たちがよく着るシンプルなブラウスとスカートを身にまとい、手には小さな荷物を握りしめている。袖口には母が丁寧に刺繍を施しており、それが彼女にとって唯一の旅のお守りだった。


「リリア、無理はしないでね。帰ってきたくなったら、いつでも戻っておいで。」


 母の声が静かな朝の空気に溶ける。隣には父が立っており、寡黙な彼は言葉の代わりに大きな手でリリアの肩を優しく叩いた。二人とも心配そうな顔をしているが、リリアが旅立つ決意を変えるつもりはないようだった。


「うん、ありがとう。」


 リリアは微笑んだが、その笑顔の裏には不安が隠れていた。村を出るというのは初めての経験だ。生まれ育ったフェルナ村は、山々に囲まれた自然豊かな小さな農村だった。村の人々は親切で、いつも助け合いながら生きてきた。しかし、その穏やかな生活がリリアにとってはどこか窮屈だった。


 フェルナ村は、外の世界とほとんど交流がない場所だ。主要な産業は農業と畜産で、村の特産品である香り高いハーブが唯一外の商人たちに知られている程度。村の中心には古びた教会があり、その鐘の音が村人たちの生活のリズムを刻んでいる。リリアの家も例外ではなく、父は農夫として働き、母は村で採れるハーブを使った簡単な薬を作っていた。年頃になれば娘たちは村の男と結婚して子供を産んで育てて夫を支えて村の中だけで一生を終えて行くのが「普通」だった。リリアには今いる村の誰かと一生を過ごす未来がどうしても想像できなかった。村から出ていく娘はリリアの知る限りではいない。皆、思うところがありながら親が決めた相手か恋に落ちた相手の手を取って家庭を築いていくし、それなりに幸せだったり不幸だったりするが穏やかな村であることには変わりなかった。


「ねえ、リリア。本当に行くの?」


 広場の隅から声がした。村の友人であるエマが駆け寄ってきた。エマは同い年の幼馴染で、リリアの相談相手でもある。


「うん。行くよ。」


 リリアは短く答えたが、その声には揺るぎない決意が込められていた。エマは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。


「リリアなら大丈夫だよ。きっと外の世界でもうまくやれる。帰ってきたら、いっぱい話を聞かせてね。」


「うん、ありがとう。」


 エマの励ましの言葉に、リリアは再び微笑んだ。荷物を背負い直し、村の入り口へと向かう。村を囲む山々が朝の光を浴びて輝いている。その光景は、リリアにとって見慣れたものでありながら、今日だけは特別に感じられた。


 リリアの栗色の髪は朝日に照らされて柔らかく光り、明るい茶色の瞳は少し大きめで、どこか夢見がちな印象を与える。肌は健康的な小麦色で、村での作業で鍛えられた足腰は意外としっかりしている。村人たちからは「優しい子」と評されることが多かったが、リリア自身は自分のことを特別だと思ったことは一度もなかった。


 しかし、ある日、村を訪れた商人の言葉が彼女の心を動かした。


「外の世界には無限の可能性がある。君のような若い人なら、どこへだって行けるさ。」


 その言葉が胸に響き、彼女の中で眠っていた冒険心が目を覚ました。母の薬づくりを手伝いながらも、もっと多くのことを学びたいという気持ちが膨らんでいった。そしてついに、村を出る決意を固めたのだ。親に話したときは大反対だったが、リリアがこの村で幸せになれる自信がないと三日三晩泣き明かして徐々に食も細くなり夜も眠れないと知ると、折れて送り出してくれることになった。


 教会の鐘が鳴り響く中、リリアは村の入り口で振り返った。両親、エマが見守っている。


「みんな、ありがとう!行ってきます!」


 声を張り上げると、リリアは一歩を踏み出した。その足取りはまだ少し不安定だったが、心には新しい世界への期待が膨らんでいた。


 フェルナ村を囲む山道は、彼女にとって未知の世界への入り口だった。リリアは振り返ることなく進み続けた。これが、自分の幸せを探す旅の始まりだということを信じて。


ーーうぅ、もう何時間経っただろう。足が流石に痛くなってきたよぅ。あっ!道と人が見える…


思わず駆け出して、最初の町に着いた時、もう太陽が沈みかけていた。町は村よりもずっとたくさんのお店が立ち並んでいて目を丸くした。今まで母の手伝いでコツコツと貯めていた小遣いを握りしめて、疲れ切った体をとにかく休めたいと宿を取る。宿屋の一階にある食堂でその日の夕食に、メニューの中にある一番安いシチューと黒パンを頼んだ。


「へぇ、お嬢ちゃん、フェルナ村から来たの!あの村からお嬢ちゃんみたいな若い娘が来たことは初めてだわ。どこに行くんだい?」

シチューを運んでくれた宿の女将さんが話しかけてくれた。

「あ、あの、薬作りをもっと学びたくて、住み込みで薬師さんのお弟子になれないかと思って村を出てきたんです。こちらの町にはそのような薬師様はいらっしゃいますか?」

「そうだったのかい!うーん、2つ先のランスって町まで足を伸ばせば多分いるんじゃないかなぁ。この町の薬師はいるには居るんだけれど、もう弟子をとっていてこれ以上は育てる余裕はないはずだよ。ランスなら大きな町だし、住み込みが出来るかはわからねぇけど、行ってみる価値はあるんじゃないかしらね。」

「そうなんですね…!!ありがとうございます!私、村から出てこんなに大きな町を見るのは初めてで。これよりももっと大きな町があるなんて想像もできません。」

「あっはははは!お嬢ちゃん、本当に出てきたばっかりなんだねぇ。この町はちっさな田舎町よ。大きな世界を見ておいで。ほれ、グースベリーパイおまけしてやるから頑張ってきなさいよ!」

「あ、ありがとうございます…!!」

「それと、あんた、若い女の子が一人旅って本当に危ないんだから、気をつけて行くんだよ。」


 リリアは女将さんのあったかい心に触れて、村を出てきた寂しさから少し泣いてしまった。翌朝になって、宿を出るときに女将さんはキッシュを一切れ持たせてくれて、またリリアは泣いてしまったのだった。


ーーーー

「うわぁ…」


 ランスはリリアが思っていた以上に大きな町だった。村とはまるで違う活気に満ちていた。石畳の道を行き交う人々、露店から漂う香ばしいパンの香り、そして遠くから聞こえる楽器の音色。すべてが彼女にとって新鮮だった。大きな教会の塔が町のどこにいても見えるが、赤茶けたレンガの屋根の素敵な街並みがどこまでも続く。道は何本もあって、今自分がどこにいるかもわからない。石畳の道を、教会の塔を目指して歩いていると、街の広場で、リリアは一人の少年に出会った。泥だらけの、それでも村では見たことのないような刺繍の入った服を着たその少年は、怯えたように辺りを見回していた。


「君、迷子?大丈夫?どうしたの?」


 リリアが声をかけると、少年は泣きそうな顔で「ぼく…ぼく…」と言葉にならない。


「お母さんを探そう。でも、まずは君の名前を教えてくれる?」


 そう声をかけるとリリアにしがみついて離れず、ずっと泣きじゃくってるばかりの子供に困惑していると、後ろから低い声が聞こえた。


「その子は僕が探していた。」


 振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。艶のある黒髪に鋭い青い瞳、長いコートを羽織り、腰には魔術師の杖を携えている。リリアは今まで見たこともない程、美しい人だと思った。


「君、旅人だろう?私は旅の魔術師をしていて、カイルと言う。その子が離れる様子がないので、このままこの子を送り届けるのを手伝ってくれないか。」


 突然の提案に驚きながらも、リリアは周りにさっと目を配った。かっこいいと思ったのに。人攫いかこいつ。様子を伺っていた町の人と目が合うと、

「ははは、大丈夫だよ。そのお方はこの町では名の知れた旅の魔術師様だから。依頼毎と言うのであればお任せするといいさ。」

と言われた。ようやく納得して、リリアはほっとして小さく頷く。


 少年の足には小さな擦り傷があり、歩くたびに痛そうにしていた。リリアは荷物から薬草を取り出し、手際よく傷口に当てた。


「これで少しは痛みが和らぐはずよ。」


 その姿を見たカイルは、感心したように頷いた。


「へぇ、君、なかなかやるじゃないか。実践的で役に立つ。」


 リリアは少し照れながらも、少年の手を取り、カイルと共に子爵家へと向かった。


 リリアとカイルは、迷子の少年を送り届けるためにランスの子爵家を訪れた。荘厳な門をくぐり、石造りの広間に案内されると、そこには心配そうな顔をした少年の母親と、厳格そうな父親が待っていた。子供は両親のもとに帰ってとても嬉しそうに半泣きしていて、それを見たリリアはほっとした。


「カイル殿、今回のご助力には感謝してもしきれません。息子が無事に戻ってきて、本当に安心しました。」

「いえ、仕事ですので。無事怪我もなく、早く見つかって何よりです。」


 リリアはそのやり取りを少し緊張しながら見守っていた。豪華な調度品に囲まれた広間の空気は、彼女にとって非日常そのもので、背筋が自然と伸びる。


 カイルが褒賞を受け取り契約書に完了サインをささっと書いて魔術をかけ、鳥の形に変化した書類がどこかへ飛び去って行くのを見たリリアは、本当に魔導師様だったのかと腰を抜かした。


ーーーー


「この薬に関する薬草が見分けられるか」


 屋敷を出た後にカイルがリリアに尋ねた。何枚か薬草の絵が渡された。


ーーあっ、これ、村でたまーーーにに作る咳の薬の材料だわ…誰か酷く具合が悪いのかしら。


 リリアはたまたま村長の夫人が厄介な咳の病になり、何ヶ月か母と一緒に薬を作っていたので知っている。必要になる薬草の中で、一つだけ、雑草と見分けのつきにくい大事な薬草があるのだが素人には一見するとわかりづらい。


「はい、この薬草についてはわかります。一つだけ、一見して雑草と見分けがつきづらく、自生しているのも岩場の厳しい場所にあるものであまり流通していないものがあるので、これだけ入手が大変かと。頑張ってくださいね。」

「そうか。では、あなたに同行してもらうのが良さそうだな。」

「へっ…?」

「この薬草を使った薬を調合したいので材料を集めて欲しいという依頼をもらっているのだ。同行してくれれば食事を含む旅費は支援しよう。助手として、この依頼についてくれないか。」

「えっ…えっ…あっ、えっ、旅費は支援してくれる…?えっ、いいの、いいのかしら?あ、はい、わかりました。あっ、えっとそのお薬の報酬の1割を下さい!」

「よし、乗った。では早速収集に向かうぞ。この辺りで採れそうな薬草はあるのか。」

「この辺りでって、ついたばっかりで全然分かりません!薬草がありそうな森に行ってみましょう。」


 大半の薬草は近場で見つけることが出来たが、岩場に生える薬草はどうにも手に入らず、町のギルドなどで情報収集しながらありそうな場所に向かうために長距離の移動が必要になった。リリアとカイルの不思議な旅が始まった。


パチッ、パチッーーー


 火を手際よく起こし、村で買ってきていた材料を使ってスープを作る。青菜系は持って2-3日だろうから、貴重な野菜を大事にいただこう。


カイルは、出来上がったスープを飲むと驚いてぐりんとこちらを見る。


「ど、どうされました?味が好みではなかったですか?」

「…これ、めっちゃ美味いんだけど…!!!」


カイルが目をキラキラさせてスープをがっつく。

「あの…おかわりあるかr」

「おかわり!」


 その日から、カイルはリリアのことを大切にしてくれるようになった。曰く、こんなに美味しいものを食べたのは久しぶり、だったそうで、報奨金をもらっているのに美味しいものも食べられないなんて旅の魔導師様って大変なんだな、とリリアはこっそり憐れんだ。実際には、ただただカイル(独身男性)が食に興味がなく食堂に行くこともせず市場で適当に日持ちする干し肉やチーズなどを買って旅をしているだけだったのだが。


ーーそんな風に喜んでもらえるなんて。毎日母を手伝って食事を用意していたけれど、自分一人で作った料理をこんなにも喜んでもらえるなんて、まるで私がすごいみたい…


 リリアは、自身を認めてもらったような気持ちになって目の奥が熱くなった。それからは、料理をするにも栄養を考えたり隠し味を考えたりと、いちいち喜んでくれるカイルの反応が嬉しくて、頑張って作った。


「きみ…、リリアは本当に料理がうまいな!毎日こんなに美味しい料理が食べられて本当に幸せだ!」

「そ、そんなこと。魔導師様が、そうやって言ってくださるから、こちらも嬉しくなります。」

「カイルでいいよ。」

「カ、カイル様…」


 家ではお母さんが料理をすることを、お父さんも兄弟たちも、リリア自身も当たり前のように感じていたし、美味しいのが普通だと思っていた。美味しい時には美味しい!ともちろん言っていたけれど、すごいことだったんだと改めて故郷の親を思い出して感謝の気持ちが胸に込み上げてきた。


 お母さんはなんでもやっていて凄かったなぁ、と思い出すと、カイルのマントや服に開いた穴が気になって、繕い物もするようになった。マントの一部が切れたり破けたりするのはあることだから、気にせず放っておいたというカイルの言い分をよそに、せっせと縫い直す。袖口に、おばあちゃんに入れてもらった刺繍と同じ、お守りの模様を小さく入れた。カイルは、面映そうに、ありがとうと言ってくれた。リリアも、耳を赤くして、小さくどういたしまして、と言った。二人の間に甘酸っぱい空気が流れた。


 よくやく岩場に辿り着いた。夜の野宿は心細く、カイルが寝ずに火の番をするので日中、カイルが仮眠をとる一方リリアは一生懸命に薬草を探し回った。それでも目当ての薬草は見つけるまでに二日かかった。リリアはいっそここに生える薬草を全部持って帰ろうかとも思ったが、とにかく早く下山して宿をとりたかった。


「カイル様…カイル様…無事、見つけることが出来ました!これで材料は全て揃いましたよ。」


 仮眠をとっているカイルをゆすって起こす。


「えっ、あぁ…すまない。ありがとう。これで材料が揃ったか、ありがたい。では山を降りよう」


 ぼんやりしているカイルが木の根っこにつまづいて転けるのを見て、思わずリリアが駆け寄る。岩場だったから、膝を盛大に擦りむいてズボンから血が出ている。バッグから薬草で作った、止血と化膿しないように練った軟膏を出してささっとハンカチで結ぶ。


「何度見ても鮮やかだよな。俺、格好悪くて最悪だけど、リリア、ありがとう。」


 照れたカイルが、それでもまっすぐリリアの目を見て言ってくれた。その青い瞳が、寒い冬の抜けるように綺麗な青空にそっくりで何て綺麗なんだろう、とリリアは見つめ返して吸い寄せられるように唇を寄せた。カイルは一瞬驚いた後、すぐにリリアをぎゅっと抱きしめて何度も口づけを交わした。周りの音が聞こえなくて、温かい唇の温度だけに夢中になってただただ時間が過ぎても気にも留めなかった。



 下山して、薬草を小包に包み近くのギルドに寄ってカイルが配送手配を行なった後、以前のような契約完了書類を魔法で飛ばした。報酬が入ったので、約束通り1割をリリアに渡してくれた。この1割の報酬があれば、とりあえずこの町でしばらく部屋を借りて薬師を探すなり、次の町に行くかランスに戻るかすることが出来る、まとまったお金だった。リリアはすっと背中が冷たくなった気がした。この旅は終わって、カイルと離れて自分一人の人生を探していくのかと思うと、それまでふわふわしていた気持ちから一変して、とにかく気持ちが重たくなった。カイルから離れたくな気持ちがかなり大きくなっていて胸にずっしりとのしかかる。不安な気持ちを抱えながら、その日は町の食堂で夕飯を食べることにした。カイルは任務が無事一つ終了したこともあって、いつもよりもウキウキしている空気が伝わってくる。それもまたリリアには、離れることもなんとも思ってないのかもしれないと思って密かに心沈ませる理由の一つになった。食欲も湧かない中、お店の人と相談して、マッシュルームのクリームスープに、ウサギのパテと、鹿肉の赤ワイン煮込み、チーズ盛り合わせを頼んでカイルは珍しく赤ワインを飲んだ。リリアは、カイルと一緒に旅ができる理由が無くなってしまったのでこの食事の後解散なのかもしれないと思っていよいよ食事が進まなくなってしまった。


「リリア、全然食べないじゃないか、どこか具合でも悪いのか?」

「そういうのじゃないの。」

「どうしたんだ、もし具合悪いなら早めに宿を探しに行こう。無理するな。」

「大丈夫よ、ありがとう。せっかく頼んだんだし、食べましょう。」

「そうか、わかった。今回の依頼はリリアのおかげで1ヶ月は早く終えることができたよ。他の任務との掛け持ちでとも思っていたけれど、本当に助かった。早期に対応したから、追加報酬も貰ったんだ。その分もちゃんとリリアと分けてあるからな。リリアがいてくれて助かった。ありがとう。」

「ちょっとでも役に立てたみたいでよかったわ…」

「それでな、リリアさえ良ければ、もうちょっと旅に付き合って欲しいんだ。」

「えっ…!!」

「あんまりちゃんと言ってなかったんだけど、旅の魔術師ってのは、基本複数の案件を抱えながら旅しているもんなんだ。俺の担当している地区内で、人が消える事件が複数発生していて、その解決が今一番大きな依頼なんだ。その事件が、北の辺境伯国境地域に近い村から始まっているっていうところまでは警邏が突き止めているが証拠や何やら見つかってないみたいで手詰まりなんだよ。俺はこれからこの案件のために北に向かう。今回の旅で、リリアに俺はすごく助けられた。もう少し付き合ってくれないか?」


 カイルは段々自信なさそうに、徐々に視線は下を向いて、最後は小さな小さな声で絞り出すように告げた。


「も、もちろん!一緒にいくわ!」

「本当か!やった!」


 カイルが思わずリリアを抱き上げるので、食堂は、おめでとう!と囃し立てる声で違いますと真っ赤になりながらわたわたするリリアと、それを満面の笑みで見るカイルでほっこりした空間になったのだった。


 ずっしりと重くのしかかっていたカイルとの別れが、とりあえず一旦は無くなったのでリリアはもりもり食べ始めてカイルは目を白黒させた。



ーーー

 始まりの地、北の辺境伯に辿り着いたカイルたちは早速騎士団とギルド自警団と連絡を取った。


「半年前から人が忽然と消えてしまう…?」

「はい、この辺りは国境が近いので、他国との商売で人の流れもあるのですが、国境近くの村人から始まって、国境から離れたところに住む人も、隣国への行商に行くと行ったきり帰ってこない、ということが起きています。最初は蒸発かとも思ったのですが、老若男女問わず消えているのと、家庭環境がいい人も消えてしまっていたりします。」

「村人は、老若男女なのですが、行商人は男性が主なので、そちらはほぼ男性ですね。」

「なるほど…では国境付近に何か起こっているのではないか、と。」

「はい。でも、迂闊に近づくのは危険なので、我々も近づいて調査することを控えています。より被害の多い村の人々は辺境伯が先週緊急避難令を出して避難所生活が始まっています。このタイミングで来ていただいて本当に助かりました。」


 カイルは辺境伯所属の魔導師と対策会議を連日行った。

「魔物によるものであれば遺体がありそうだが、それもないのか。」

「ただ、行商人の荷物は残っているんですよ。生体だけ、消えているらしい。」

「人だけなのか?」

「村の家畜は無事らしい。」

「うーん、子供もいなくなっているんだよな?」

「子供だが、赤子は無事だ。」

「子供に共通していることはあるか?」

「12歳より下の子供はほぼいなくなっていないな。」

「ふむ…もしや魔力回路ができているかどうかが鍵になるだろうか。」

「確かに、12歳前後で魔力回路がほとんどの子供はできるな。ということは魔力が関係してくるのか。」

「それなら家畜や赤子が無事なことも頷けるな。」

「もしやこのあたり、遺跡に魔力装置などあったりしないか。」

「「「それだ!!!!」」」


 辺境伯領には古代遺跡があり、魔力装置があるがずっと壊れていると思われてきた。この魔力装置が何らかの原因で作動したか、誤作動しているか、とにかく怪しいということになった。早速調査隊が組まれ、隊員には魔力の影響を遮断するアーティファクトが配布された。古代遺跡は、馬で五日の距離にあり、かなり遠い。リリアは馬に乗れないため、ついて行きたいと縋ったが城に残ることになった。


「避難所にお手伝いに行かないか?」

「えぇ、不安に思っている村人たちが多くいるし、人手があれば何かと助かるから。」

「確かに…ここに居ても不安が募るばかりだし。行きます。」


 塞ぎ込むリリアを気遣って、城に勤める女性が声をかけてくれた。リリアは、避難所に通うことにした。そこはいくつかの村の人たちが集まっていて、必要な物資は運ばれてくるものの終わりの見えない避難所生活に皆不安げな様子でいる。リリアは、子供たちを集めて遊ばせる役目を担うことにした。駆け回ったり、鬼ごっこをしたり、草相撲をしたり、子供は何もないところでも楽しく過ごす天才だった。リリアは、城から本を借りてきて、子供に読み聞かせをして過ごした。


 カイルからは、魔法で鳥の形をした手紙を飛ばしてもらっていたので、遺跡までの旅は順調だということを知って胸を撫で下ろした。リリアの作ったスープが飲みたい。リリアにキスしたい。そう書いてある手紙を見て、思わず顔が真っ赤になって子供達に揶揄われてしまった。遺跡についてからの手紙には、この遺跡が何のためのものかまだわからない、辺境伯領にあることを考えると防衛に関するものと考えるのが自然だが、この遺跡が作動しているのかさえ分からない状況だ、ということで焦っている様子がわかる。何か少しでも支えになりたいのに何もできない自分がもどかしい。そんな気持ちを抱えて今日も今日とて避難所に足を運んだ。


 その日の読み聞かせをしようと本を開いた時、

「私もお話し知ってるよ!」


 おませなマーシャがお婆ちゃんから聞いた昔話を披露してくれることになった。


「昔々、あるところに一人の勇者がおりました。勇者が住む国では、魔王のせいで食べ物が減ったり、怖い魔物がたくさん出て、人々は困っていました。そこで、王様は勇者に魔王を倒すよう命令して、勇者は旅に出かけました。魔王を倒す道のりは遠く、旅の途中でたくさんの魔物をやっつけました。困っていた村の人に感謝されながら、少しずつ仲間が増えて行きました。魔王との戦いでは、たくさんの人と一緒に戦って、魔王は斃れました。魔王を封印するために、勇者たちは星降る花を神殿に捧げ、乙女たちは夜に光る花束を抱え、人々は歌い踊り、世界には平和が訪れたのでした。」


 マーシャが身振り手振りを交えながらお話ししてくれた昔話は、リリアは初めて聞くお話しだった。


「星降る花ってなぁに?」

「マーシャは見たことないけど、光るお花よ!ナアニ叔母ちゃんのお友達が子供の時に見たことがあるって聞いたことある!」

「クララも聞いたことある!夜に光ってるのが見えるんだって!夜に咲くお花なのよ!」

「見たことある?」

「…ない。」


リリアは、星降る花について知る人がいないか村人に聞いて回ることにした。


「星降る花?あぁ、お話のあのお花ね。伝承だし、昔話だから本当にはないんじゃないかしら。」

「見たことないねぇ。」

「お話だから、お花が光るなんて流石に見たことはないよ。」


 誰に聞いてもそう返ってくる中で、一人だけ、年老いた婦人が見たことのある人の話をしてくれた。

「私のお婆ちゃんの妹で、二つ山超えて行った村に嫁いで行ったばあちゃんが、一度里帰りした時に夜山で野宿して、その時に星降る花を見たって興奮した様子で言っていたなぁ。」

「その話、もう少し詳しく聞かせてください!」

「おお、ええよ。でもねぇ。何せ私が子供の時の話だから、記憶違いもあると思うから話半分に聞いとくれよ。確か、そのばあちゃんの嫁ぎ先の村に疫病が流行って、ばあちゃんが子供たち連れて慌てて山越えて帰ってきたんだけど、女手一つで子供たちわらわら連れて帰ってきたで、何日もかかったんだってさ。そんで、ある時さ疲れっちまって、うっかり休憩したまま寝こけちまったんだけど、気がついたら日が暮れちまうってんで、慌てて寝床を探そうとうろうろしたら、薄ぼんやり光る花がいっぱい咲いてたんだとよ。持って帰って売ったら高く売れないかって、ばあちゃん花むしってきたけど、次の朝には萎んで夜光ることもなかったってんで、根っこごと引っこ抜いてくればよかったって言ってたのを覚えてるよ。結局、そのばあちゃんは村に帰って行ったけど、その後花売ったって話は聞いてないから、見つけらんなかったんかもしんねぇな。」

「そのお花、近くの様子とかどんなだったか、話していませんでしたか?」

「うーん…そうさねぇ…ばあちゃんだから、山のいつもの道さ通ってきたはずだけんど、休憩して寝こけてその後寝床になる洞穴探したっつってたから、川の近くで洞穴があるとこ探せばえんでないけ?」

「ありがとうございます!」


ーー星降る花を神殿に捧げてどうなるのか分からないけれど、とにかく星降る花自体を探さなくっちゃ。まずはどうやって探索に行くかだけど、昔の文献とかになんでもいいから星降る花について残っていないかしら。図書館で探させてもらえないか相談してみよう。


 リリアは翌日から、図書館で文献を一生懸命読んだが、星降る花について書かれている本は一冊もなかった。リリアのあまりにも鬼気迫る様子と、本を読んでは落胆する様子を見ていた司書が声をかけてくれた。


「星降る花、ですか。聞いたことないですね…。植物図鑑などや、植物学者か庭師…にあたってみるとかでしょうか。」

「そうですか…ありがとうございます。お城の庭師の方にあたってみようと思います。」


 思ったような結果を得られなくて肩を落とすリリアに申し訳そうにする司書を背に、庭師を探しに城に向かった。お城についてから事務官の方に事情を説明し、庭師の方や今日は登城していない植物学者の方にも会えるように顔つなぎをしてもらった。庭師は庭園で作業をしているということで、早速庭園の入場許可をもらって会いに向かった。辺境伯は北方のため、花々が乱れ咲くようなカラフルな庭ではないけれど、樹木を中心とした重厚な庭で趣がある。全体的に背丈が高くて、今自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。庭師の作業所になる建物があるということなのでそこを目指していたが迷ってしまい、当てもなく歩いていると、墓碑が目についた。広い庭に、このような場所があるなんて…とリリアは吸い寄せられるように見入った。歴代の領主に仕え、特に活躍した人の功績を讃えてここに眠っているようだ。一人一人、墓碑にこの功績を讃えた言葉が刻まれている。見ていくと、奥の方にある苔むした古い墓碑はかなり昔のものもあるようだ。その一つを眺めていたリリアはハッとした。


ーーーここに星降る花に導かれし魔導師眠る。人々を古の謎から守りし真の勇者を讃える。『ギルバート・グレイグ』


ーーーこ、こんなところに星降る花が…!


 リリアは慌てて城に戻り、ギルバート・グレイグにまつわる文献が残っていないか司書に相談することになったのだった。



ーーーーーーー

 城下町の人々の喧騒に顔をあげると、「調査隊が帰ってきた!」という声が聞こえた。建物から飛び出すと、調査隊の面々が馬を走らせ城に向かっている様子が見えた。


「カイル!おかえりなさい!!」


 カイルの姿が見えたリリアは嬉しくて思わず大きな声で呼びかけた。ハッとしたカイルが、キョロキョロ周りを見て、リリアを見つける。


「リリア!」


 信じられないことに馬から降りてリリアに向かって走り寄るカイルにリリアは本当に無事帰ってきたんだと、涙が出るほどホッとした。周りの目も気にせず抱きついてキスをする。暖かな唇に、また帰ってきてくれたことを実感した。


ーーーーーーー

「星降る花か。」

「そうなの。昔、辺境伯領の魔導師だったギルバート・グレイグという人がいたみたいなんだけど、その時の文献が2ページだけ、残っていたの。あとは、カイルたちと調査に向かった魔導師様にも何か伝承が残っていないか確認したくて。」

「その文献には何と?」

「魔導師様、こちらです。星降る花の元に眠る石を、新たに埋め直し、人々の魔力を吸いこむ闇から守った、と書いてあります。星降る花、というのはその花自体に価値があるのではなく、その近辺にある石が大事なのではないかと。」

「なるほど…ギルバート様は確かに魔術師としてその貢献を讃えられた有名な方、ということで名前は聞くが実際に行った功績まできちんと伝承されていない。魔術師の研究室に代々の師長がまとめる書類があるはずだから、これから確認しに行ってみる。」

「ありがとうございます。」


 そうしてわかった新しい事実は、ギルバート・グレイグの生きていた時代にも同じような人が失踪することが続き、さらには近隣の村人の魔力が徐々になくなっていく現象が起きたようだ。その現象は辺境伯に留まらず、じわじわと広がっていき、王都にも迫ろうというほど広がったらしい。その際に、原因は辺境伯領にある古代遺跡が暴走、もしくは何かの封印が解けたことによる影響ではないかと考えられた。制御装置と見られる装置のパーツの一つに、石が埋まっており、それが割れて一部が崩落していたためそれが原因と考えられた。このパーツになる石は、磁力を発していることが調査により判明し、同等の石を見つけることに魔導師たちは心血注いだそうだ。国中の魔導師が集まって、星降る花、つまり夜に光る花は磁場に反応するということが分かった。近辺を探索すると、隕石が見つかり、この隕石を制御装置のパーツに埋めると魔法装置の稼働が正常化したそうだ。今回の調査隊は古代遺跡のスケッチを細かに取っており、今回も制御装置のパーツが崩落している様子が絵に残っていた。


「じゃあ、この隕石を探して装置を直せばこの現象は直るのね!」

「あぁ、お手柄だ。よく鍵になる情報を探し出してくれた。あとは、隕石の場所を特定する方法で、この星降る花が自生している箇所にあたりをつけて探索してみる。」


 そこからは、植物学者、行商など頻繁に旅で往来するものを中心に調査が進んだ。いくつかの候補地が上がり、調査隊が確認しにいくものの時期が悪く花はあまり咲いていないということで難航した。幸い、過去程被害が広がっておらず、辺境伯も避難指示を出していたので追加の被害はまだ出ていないが、手がかりがつかめない中刻一刻と時間が過ぎていくことに、目に見えない焦燥感が漂っていた。リリアは、隕石が出す磁力のようなものが植物に影響するのであれば、土壌にも何かしらの影響があるのではないか、と考えた。そこで、候補地から土から金属成分の有無を確認することで隕石の可能性を探れないかと提案した。すぐに採用されて、一箇所から隕石と思われる石を発掘することができた。


「この隕石を制御装置に組み込んで、作動するか作業に行ってみる。」

「気をつけて…」

「この袖口の刺繍を見るたびにリリアに守られている気分になる。必ず戻るから待っていて。」


 それからカイルたち魔導師一行が隕石を古代遺跡を調査し、磁力探査装置を使って制御装置と思われる場所と、隕石をはめるべき場所を確認して設置したあと、どうやって装置に発動させるかで魔法陣を様々なパターンで試した結果ようやく作動した。装置の作動後、カイルは事件解決として契約を終了させた。行方不明になっていた人々については、リスポーン地点がめちゃくちゃになった状態で強制転移させられていたようで、辻馬車などを乗り継いで帰ってこられた大人から順次村への帰還が報告された。子供や女性も若干名転移させられているがこちらは王都からの指令で行方不明者の捜索に協力した者への報奨金を出すという伝令が出たことで、無事全員が故郷への帰還を果たすことができた。


 カイルとリリアはこの事件の解決に特に尽力したということで、特別褒賞が国から出ることになった。リリアは、今回の出来事を通して色んな人と話をしながら必要な情報に辿り着いて問題を解決していくことの楽しさを感じた。まるでこんがらがったネックレスを何とかしてほどく、最後にはふわっと解けるあの感じと、この課題解決までのプロセスが似ていると思ったのだ。村を出てきた時には薬師しか考えていなかったけれど、こうやって困っていることを解決していくことはどんなことでもいきる力なんじゃないかなと思った。薬草の知識は自分の得意分野。得意を活かしながら、人と関わることが好き、という自分の大事にしたいことと両立していきたい。この先の未来について考えることがワクワクしてきた。


 その日は、辺境伯領を去る日だった。カイルは次の任務が入ってきているらしいので次の目的地は港町だ。かなり遠いので途中途中でも任務を請け負うらしい。街から少し離れた丘にリリアは登っていた。


「リリア」


 カイルがリリアを追いかけてきた。


「カイル…私…」

「リリア、俺と結婚してくれないか。リリアはしっかりもので、村の人となんでも上手く調整できるし、頑張り屋で物事を最後まで諦めない力がある。それでいて、優しくて俺をすっかり甘やかしてくれる可愛いリリアがいない人生は、もう考えられない。幸せにする、なんて偉そうなこと言えない。でも、俺はリリアと一緒にいると幸せなんだ。リリアがどうやったら笑っていられるだろう、どうしたら楽しく感じてくれるだろう、ってもうずっとそればっかり考えてる。一緒に課題にぶち当たっても、リリアとだったら、一緒に考えて、一人じゃなくて二人で乗り越えていけるって思うんだ。だから、どうか、俺とこの先の人生を一緒の方向を向いて歩いてくれないか。愛してる。好きなんだ。」


 カイルはそう一気にリリアに話すと、ポケットから小さな箱を取り出して跪いた。箱の中にはカイルの瞳の色と同じサファイアの指輪が…


「嬉しい!もちろん、もちろんよ!!」


ーーーカイルとリリアは絶妙なコンビで有名になった。リリアは人当たりよく、依頼に必要な情報を集めることに長けていて、カイルはリリア抜きでは生きていけないとどんなところでも話すので、いつも真っ赤になるリリアが隣にいたという。旅の魔術師はやがて小さな子供を連れてなんでも解決する評判の一家になったそうだ。

久しぶりすぎたので、もうちょっとリハビリ頑張ろうと思います。

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