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あなたのとりこ

モモの花言葉・・・「あなたのとりこ」

 二度と会いたくない、と思っていた男だったが、フリージアの気持ちとは裏腹にレイはその後も毎日のように彼女の前に現れた。

 これだけ広い図書館なのだから、撒こうと思えば撒けるはずなのに、レイはしつこいほどにフリージアの居場所を突き止めてしまう。

「あなた、ストーカー?」

「はは……僕がですか?」

 直球で問い詰めてみても、いつものように『お嬢さんはおもしろいことを言う』と軽くあしらわれてしまう。向こうのほうが一枚も二枚も上手なのは明らかだった。フリージアにはそれが悔しくてならない。

 そんなフリージアの気持ちなど露知らず、いや知っていてあえてやっているのか、レイはあくまでも友好的に接してきた。フリージアが冷たく突き放したときも、だ。

「あなた、よく笑っていられるわね。ひょっとしてドM?」

「はは…またおもしろいことを言う。これだからあなたと話すのはやめられないんですよ」

 そう言ってまた笑う。

「もう!なんなのよ!」

「ははは…」

 フリージアがしびれを切らして怒り狂っても、まだ笑い続けている。

 なんだかレイの手の上で弄ばれているようで、自分がどうあってもこの男には勝てないんじゃないか、という気すらしてきた。

 フリージアだって、そうあっさり『負け』を認めたくはなかったけれど。

 でも、気づいてしまったのだ。

 毎日、図書館に行くたび、自然とレイの姿を探してしまっている自分に。気がつくと目で追っている。そして目が合った瞬間、胸の奥の深いところが、とくん、と高鳴るのを感じるのだ。


 ――レイのことをもっと知りたい。

 ――もっと、レイにわたしのことを知ってほしい。


 それが恋のはじまりと気づくには、フリージアはまだ幼すぎた。


「……どうしました?僕の顔に何か、ついてます?」

「な、なんでもないわ。ほら、あっちへ行ってよ!」

 あなたに見とれていたの、なんて言えなくて、ついつい心にもないことを言ってしまう。本当はもっとおしゃべりしていたいのに。


 ()()()()()()()()()()、ですって。

 わたしが?

 ――この失礼極まりない男と?


「フリージア、今日も会えましたね」

「今日も一段とお美しい」

「あ。髪、ちょっと切りました?」

「今日は前髪を下ろしてるんですね。そっちも素敵です」

「あなたが先週借りてた本、僕も読みました。あの作品は作者の繊細な感情がそのまま文体に表れているのがいいんですよね。僕もお気に入りなんです」


 会うたびに、会って声をかけられるたびに、またひとつ、好きが増えていく。

 今日は気づいてくれた。前髪を褒められた。好きな本の趣味が同じだった。

 気づいたら、そう、レイに会うために図書館に行っている自分がいた。


「フリージアって、たしか、花の名前ですよね」

 突然、レイからそんな話を切り出された。ふたりで花の図鑑を眺めていたときだ。

「母が植物が好きな人なの。母の父、つまりわたしのおじいさまも植物が好きで、娘である母に『クラベル』と名付けたの。クラベルというのは、遠い異国の言葉でカーネーションのことよ。だからお母さまは花が大好き。わたしもお花は好きよ。わたしの『フリージア』という名前も、おじいさまが名付けてくださったものだから」

 自分と自分の家族のことを話すのは少し気恥ずかしくもあったが、レイが真剣に聞いてくれるのでこちらも真剣に話さなければならない気がした。

 最後に姉の話をしようとして…、一瞬ためらったあと話し始めた。

「あの。あのね。わたし、お姉さまがひとりいて。6歳上の。いまは離れて暮らしているのだけれど。いえ、寂しいってわけじゃないのよ。慣れているから。お姉さまは……そう、明るい太陽のようなかただった。いつも家を明るく照らしてくれてた」

 言葉にしてみると、急に寂しさがにじんだ。寂しい?大きらいなあの人なのに。いなくなってせいせいしてると思ったのは勘違いかしら。

「お姉さまの名前は『フローラ』というの。おじいさまがつけた名前よ。古い神話で花の女神の名なんですって」

 クラベル。フローラ。フリージア。植物好きの祖父が名付けたその名は、みな、花にちなんだものばかりだ。

 そこまで言ったあとで、ふいに、レイが言った。

「オルム伯爵の『オルム』という名前もまた、ニレの木のことですよね。ニレといえば良縁の象徴ですね」

「うちの庭に大きなニレの木があるの。だからだと思うわ。『ニレの木屋敷の伯爵さま』という感じかしら」

 あのニレの木には、フリージアもたいへんお世話になった。あの木の木陰に腰掛けて本を読んだりすると、とてもよく集中できるのだ。お転婆だった姉はしょっちゅう木登りしてメイドに叱られていたけれど。

 で、思い出した。

 フリージアが木陰で本を読むのが好きだったことを。それも、木登りをする姉を眺めながら本を読むのが一等に好きだった、ということを。

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