第2話「エノテラ」
「貴女、もしかして記憶喪失なの…?」
「そうみたい…です」
困った事になった。
自分の事が解らない、これからどうしよう。
自分が現在置かれた状況に、不安が一気に押し寄せてきた。
動揺を隠せず震える私の手をアリーシャは優しく握り、これからの事を話し出した。
「それじゃあこうしましょう!暫く我が家に住むといいわ。まずは身体を治す事!元気になったら貴女に関する手掛かりを一緒に探しましょう。ついでに私の手伝いや、うちの娘の相手もしてくれると助かるわ~」
「いいんですか?私自身、何処の誰かも判らないのに…」
「困ってる人をほおっておけないじゃない」
「…有難うございます。それじゃあ、お言葉に甘えて宜しくお願い致します」
「お姉ちゃん、早く元気になってシンシアと一緒に遊んでね!」
「うん、頑張って早く治すね」
こうして私はアリーシャの家で暫く世話になる事が決定したのだった。
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アリーシャが手ずから調合した薬を飲みながら栄養満点の御飯を食べると数日後には高熱も治まり、やがて起きあがれるようになった。
名前すら思い出せない私に、それでは何かと不便だろうとアリーシャは仮の名前も付けてくれた。
「エノテラ」
月見草の一種で、可愛らしいピンク色の花を咲かせるそうだ。
アリーシャの好きな花らしく、隣国へ遠出した時にエノテラが一面に咲いているのを見て、とても気に入ったそうだ。
そんな私の1日は、早朝アリーシャの薬師の手伝いから始まる。
アリーシャが指示した薬草を棚から順番に取って渡したり、薬草を薬研で磨り潰したり、薬を取りに来た客の応対など、簡単な雑用をしている。
薬の原料となる薬草や実、茸などを森へ採取しに行った時は、採ってきたものに間違いがないかアリーシャに必ず確認して貰っている。
病人に服用する大事な薬だ、間違いがあってはいけない。
そして周囲の警戒も怠ってはいけない。
一見、長閑な森ではあるが、魔物が出ないとも限らないので、森に入る前には忘れずに魔物除けの魔法を付与して貰う。
あらかた作業が終わると3人でお菓子を食べたり、シンシアに本を読んであげたりして過ごし、夜は地図や、新聞を見て何か思い出せるような事はないか調べてから眠りにつく。
だが、残念ながら思い出せる事は1つもなく、今日も収穫がなかった事に溜息をつくエノテラだった。