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あと3年の彼女は心の映像を盗み見る  作者: 響ぴあの


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ワスレナグサと桔梗

 旧校舎の図書室に昼休みはなんとなく3人は集まる。とは言っても、岸が陣取っていた場所に2人が乗り込む形になっているのだが。岸は基本的に友達が多く休み時間は常に囲まれる存在だ。しかし、昼休みはあえて一人になる理由が今日明らかになる。岸は相変わらず焼きそばパンを食べながら古い本を読む。


「岸君って焼きそばパンが好きなの?」


「炭水化物の融合だし、本を読みながらも食べやすい形だからね。そこが僕には一番重要ってことだ」


「たしかに、サンドウィッチも食べやすいように間に挟んだのが由来だというし、人間時間は限りがあるから、短時間で同時に何かできたほうが効率がいいところから総菜パンは生まれたのかもしれないね」


 雪月はいつも通り野菜をたっぷり入れた彩り豊かなお弁当を食べる。


 時羽は相変わらずおにぎりをむさぼる。


 ワスレナグサという花を知っているだろうか。私を忘れないでというせつない印象を持つ名前だ。ワスレナグサのページを開いて、岸が昼休みに雑学を披露する。


「ワスレナグサってさ、中世ドイツの悲恋伝説の物語が語源なんだよ。昔、騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ「僕を忘れないで」という言葉を残して死んだ。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にしたらしいよ。花言葉の日本語の「真実の愛」「私を忘れないで下さい」もこの伝説に由来するらしいよ」


「岸君っていつも植物図鑑読んでるよね」


「まぁ、花言葉の本とか、薬草の本とか、伝説や神話なんかは僕の大好物だなぁ。旧図書室にしか古い本は置いてないから、昼休みはあえてここに来るんだ。夏は暑いし冬は寒いけれどね」


 夏が近づいてきていることを感じる今日この頃。青葉が生い茂り、紫外線が強くなる季節がやってきた。旧図書室の窓を最近は開けていないと暑苦しくなる温度になってきた。季節は確実に前に進んでいる。正確に言えば、四季を回っているだけなのかもしれないが、人は必ず毎年歳を重ねる。


「岸君は、植物博士にならないの?」


「目指すところは、薬草研究家なんだけどね。ちなみにワスレナグサは民間療法で、ワスレナグサは喘息や慢性気管支炎などに効果があるとされているんだ。民間療法で鎮咳去痰薬として用いられたりするんだよ。のどのいたみを抑える薬としては、植物の桔梗を使った桔梗湯という漢方薬があるんだよ」


 さらに何やら本を読みながら解説をはじめる岸。彼の探求心はとどまることを知らない。


「桔梗ってさ。恋人の為に一生涯、ただただ待ち続けた若い女性の象徴であったという物語に由来しているんだ。けなげな女性の象徴だよね。戦時中は、ご主人や恋人が戦争に行く時に、この話にあやかり、 願掛けの意味も込めて植えていたという話もあるんだって。桔梗の花言葉は、変わらぬ愛、誠実、従順……とはいっても知り合いのひきこもっている桔梗とは似ても似つかない言葉だな」


「この前、話していて感じたんだけれど、桔梗ちゃんってすごい頭脳だよね。ただ者じゃないでしょ」


「気づいちゃった? 桔梗は知能指数が生まれつき高かったんだ。だから、幼少期から大学の教授の研究対象になっちゃってさ。中学くらいに研究対象を拒否して、家にこもるようになったんだ。学校に行っても話が合う友達もいないし、いつも浮いている。頭はいいはずなのに、協調性とか本当に話の合う相手がいないというむなしさは当事者にしかわからないよね。そういう意味では発達がデコボコしていていびつだから生きづらいんだと思う。今はそういった人がたくさんいることもわかってきているけれど、桔梗は頭脳が極端に秀でているんだよな」


「さすが幼馴染。よくわかってるんだな」


「まぁ、小さい時から知っているからな。時羽は幼馴染はいないのか?」


「いない。友達もいないし」


「私たちが友達じゃない。友達はいるんだから卑屈にならない」

 雪月がにこやかに励ます。そんな雑学談をしているうちに昼休みは終わる。


「旧校舎の図書室って新しい図書室には置いていない古い植物系の本がわりとあるから、ここに通っているの?」


「旧校舎の本は借りることができないからね。新しい校舎の図書館は人気のある本や新しい本がメインでさ。ここでしか読めない古い本があるから、通っているんだ」

 

「岸は変わり者だな」

 時羽は顔色を変えずに物申す。


「おまえにいわれたくないわ」

 岸はジト目で睨み返す。とは言っても、時羽の目つきの悪さに勝てるはずもなく、優し気なたれ目はすぐに睨みを諦める。しかし、時羽は決して睨んでいるつもりはない。目つきが悪いだけだ。

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