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寿命の取り引きと心が見える力

 誰も話しかけないのは、自分を嫌っているからだという時羽のゆるぎない信念は、小学生の頃のある男子の一言があったからだ。本当は時羽を好きな女子がいて、それをひがんだ同級生の男子が言い放った言葉だった。


「おまえは嫌われ者だ。クラス全員の女子と男子から嫌われているの気づいていないのか?」


 それ以来、ずっと嫌われ者だと思い込んでいる。思い込みが激しく、素直に人の言ったことを受け入れる性格がここまで性格をこじらせてしまったらしい。実際、時羽の目つきが少々鋭く無口なこともあり、ちょっと怖い人だと思い込んでいるクラスメイトが割と多いのは事実だ。しかし、本当は時羽は喉から手が出るほど友達が欲しいと思っていることは心の奥にしまっていた。できないではなく、作らないと言ったほうが格好がつくからだ。


「今、青春している奴ちょっとうらやましいって思ったでしょ」


 肩に手を置き、興味深そうに時羽の顔をじいっとのぞき込むのは、隣で図書カードの整理をしていた雪月風花だった。無口で鋭い目つきの男にも物おじすることのない雪月は肝が据わっているのかもしれない。それにしても、雪月は時羽の心を読んだように考えていることを言い当てるなぁと感心する。これくらいのことはよくあることだと時羽は再び喫茶店のことを考える。


「もしかして、時羽君って幻想堂の息子さんなの?」

「なんで? うちに来たことあるのか?」

 時羽はあまり知られたくない家業の名前を突きつけられて戸惑いを見せた。


「まぁね。あそこのコーヒーおいしかったから」

 にこりとほほ笑む。普通にコーヒーを飲みに来る客はたくさんいるし、自分が店に出ていないとき、母親あたりが接客したのかもしれない。


「私、あそこのお店でお金で買えないものを買ったんだよね」

 時羽はそれを聞いて、椅子から落ちそうなくらい動揺した。しかし、かろうじて椅子からは落ちずに済んだことを安堵する。


「何を買ったんだ?」

「人の思っている事が映像で見える力だよ」

「じゃあ、寿命を売ったのか?」

「もちろん。この能力は一度身についたら一生つきまとうから結構便利よね」

「でも、あの商品は触れている相手の心を読むことができるんだよな」

「以前偶然、時羽君に触れた時に幻想堂の映像が見えて、図書委員に誘ったというわけ」

「誘ったというよりは、無理やり委員にしたと言ったほうが正確だろ」


 それを聞くと雪月はにこりと笑い舌を出した。確信犯という笑顔だ。


「だって、映像で心が見える能力のことは口外してはいけないっていわれたけれど、誰かに相談したいこともあるんだよ。クラスに幻想堂の息子がいたのは超ラッキーだよ。色々秘密のことも話せるでしょ」

「だから、やたらつきまとうのか」


 時羽はため息をつく。時羽に話しかけてくるような人間は珍しいと思ったが、幻想堂で寿命を売って能力を手にしていたのならば、嫌われ者の自分にも話しかけてくることはありうるかもしれないと考察する。


「時羽君って話してみると面白いよね。ぱっと見、もっと怖そうな、とがった人だと思っていたけれど」

「それは俺の外見をディスっているってことかよ」

 不機嫌な表情の時羽。


「そういう意味じゃないよ。時羽君は一見怖そうだけれど、心の映像はとても澄んでいてきれいなんだよね。それに、結構面白いことばっかり考えていたりしているよね」

 少し笑いながら雪月が本当のことを言う。


「心を盗み見たのか?」

「まぁ、ちょっとだけね」


 雪月は親指と人差し指でちょっとという表現をしながら、許してという仕草をして少々お辞儀をする。


「この能力って生きている限りずっとなんだよね。なくすことってできるのかな?」

「再び寿命を売るとできなくもないかもしれないけれど、命を売ってまでなくす必要もないだろ。なんで、寿命なんか売ったんだよ」

「まぁ、色々あってね。あの店を知って、この力をつけたのは中学の頃かな。心を読むようになってもう3年くらいになるから、慣れたよ」

「俺の母親が取り引きしたのか?」

「あれは、時羽君のお母さんだと思う。でも、本当に不思議な喫茶店だよね。また、コーヒーを飲みに行きたい。このあと、行こう!!」


 雪月は思い立った様子で、強引に決定する。いつも強引で自分が思ったとおりに事を運ぶ雪月のことを時羽は、心配になった。命を売ってまで何かを成し遂げようとする一途で強引な性格は今後彼女を苦しめるかもしれない。笑顔の影に彼女の秘めた悩みがあるのだろう。心が見えない時羽には想像するしかなすすべはなかった。


「これ以上、自分の寿命を縮めるようなことは認めないからな」

「大丈夫だよ。もう売ったりしないし。でも、見かけによらず、意外と優しいんだね」

「別に、優しいとかじゃねーし」


 笑顔で寿命を売る売らないの話をする彼女のことをはじめて時羽は気になっていた。なぜならば年相応のことではないと思ったからだ。そこまで彼女を追い詰めた何かがあるのだろう。時羽にとって雪月風花の印象が180度変わった1日となった。


 彼の親が経営する喫茶店ではウエイトレスでアシスタントの妹のアリスも夕方は店を手伝う。時間を買い取りしてくれる喫茶店は先祖に死神の力を持つ者が経営する喫茶店だ。時羽家では代々特別な能力があり、寿命の取引をしていた家系らしい。


 幻想堂ではお金では買えないものが買える。寿命とひきかえに、才能や運、忘れたい記憶、人の心などを買うことができるらしい。


 もしもあなたがお金に困ったら時間つまり寿命を取引してみるのもひとつの手段だということだ。絶対に売ることができない、買うことができないなんて決めつけることはないのだ。


 しかし、意外と残りの寿命が少ない人もいるので、取り引きしてしまうとすぐ死んでしまうこともある。時間を売るときは要注意だ。


 時は金なりというが、実際、お金を出してでも時間がほしいという人は多い。猫の手も借りたいという気持ちになることは誰しもあるのかもしれない。まぁ、時羽の場合は猫の手を借りるほど忙しくしないということがモットーだったりするのだが。


 同じ時を過ごしているのに長く感じるときと短く感じるときがあるので、時の流れは不思議なものだ。楽しい時間もあれば、退屈な時間もあって、人間の時間の感覚はわがままで不思議なものだ。

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