第一話 半透明の歯車
◆
朦朧とする意識の中
ボクはゆっくりと目を開く。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、暗闇だけが延々と続いている。
ピカッ
ピカッ
遠くで何かが光ってる。
点滅する光。
あれは星?
だとしたらここは宇宙だろうか?
いや、ここは宇宙ではない。
どこだかわからないけど
とにかくひたすら広大な空間だ。
視界がはっきりとしてきた。
何もない空間にボクは漂っている。
どうやら裸みたいだ。
周囲には誰もいない。
一人ぼっちみたいだ。
手足はピクリとも動かない。
すーはーすーはー。
息はできるようだ。
お腹は減らない。
喉も乾かない。
痛みも感じない。
ボクは死んでいるだろうか?
だとしたらここは天国?
それとも地獄?
目が慣れてくる。
遠くに見える光らしきものは星ではないようだ。
無数の小石群としか言えないものが漂っている。
あれは何だ。
隕石?
宇宙船の残骸?
ボクはゆっくりと石に手を伸ばした。
指先が石に振れるとバチッと火花が散る。
光がさざなみのように広がっていく。
光が伝わると石と石は玉突き衝突を繰り返した。
バチッバチッと火花を散る。やがて石は一箇所に集まり、巨大な怪物へと姿を変えた。
神とも悪魔とも大仏とも巨人とも形容できない
巨大な石の怪物。
前身は無数のヒビ割れで覆われている
石の怪物がボクの存在に気づく。
ゆっくりと手を伸ばし
怪物はボクの身体を掴んだ。
怪物は無数の小石群の集まりだった。
輪郭は曖昧で表情はわからなかったけど
ボクのことをあざ笑っているように感じた。
◆◆
「布都野さん? 布都野さん?」
看護師の声が頭に響く。
「大丈夫ですか?」
「すいません。眠ってたみたいです」
「よかった。先生からお話があります。お入りください」
ボクは医者の部屋に案内された。
◆◆◆
「ストレスによるアトピー性皮膚炎ですね。幼児がかかる病気というイメージが強いですが、大人になって発症する方も多いですよ」
「子供の時、アトピーでした」
「心因性のストレスが原因です。何か心当たりはありますか?」
「この一週間ほど」
「一週間ほど?」
「勉強を」
「勉強を?」
「毎日していて……」
「プハッ!」
マスクで口元は見えなかったが、医師が笑っているのがわかった。
◆◆◆◆
ボクの名前は布津野ミチオ。
17歳の高校生2年だ。
受験にむけて図書館で猛勉強していたら目眩がして、強い偏頭痛に襲われた。
その後、痒みが全身を襲い、まともに勉強できる状態じゃなくなった。
自分は死ぬかもしれないという不安を抱えながら、なんとか家に帰った。
翌日は学校を欠席。
朦朧とした意識の中、とりあえず皮膚科に向かったところ、強いストレスによってアトピー性皮膚炎を再発したと、医師に言われた。
「なるほど……学生にとって勉強は一番のストレスですよね」
「どういうことですか?」
「普段やらないことを無理してやろうとすると身体が拒絶反応を起こすことがあるんですよ。あなたの場合はそれが皮膚の痒みとなって現れたのだと思われます」
「拒絶反応……」
「しっかりと睡眠をとってストレスのない日々を送れば改善しますので、安静にしていてください。お薬、出して起きますね」
「それってつまり勉強は」
「しばらくは控えた方が」
「来年、受験なんですが……」
症状よりも、一週間ぶっ通しで勉強したぐらいで、ぶっ壊れた自分の体のふがいなさにショックを受けた。
「まぁ、進学だけがすべてじゃないですから」
医者に一番言われたくない言葉だ。
「あと…」
「なんでしょうか?」
おそるおそるボクはもう一つの症状について質問した。
「何か光の点滅みたいなものがたくさん見えるんですけど……。ボク、目もおかしくなっちゃったんですか?」
◆◆◆◆◆
「|閃輝暗点ですね」
「センキ…アンテ?」
医師が漢字を書いてくれた。
閃光が…輝き…暗闇が…点? 光と闇のコントラストがとれた四文字熟語は格闘技の必殺技みたいでカッコいいと思った。
「ギザギザとした光の波が現れて、四方に広がり、その後、視界が真っ暗になっていくという現象です。その時に偏頭痛が起こるのですが、症状は人によってまちまちで……。頭痛だけの場合もあれば、激しい嘔吐を引き起こす場合もあります」
「頭痛は最初だけで今はないです。ゲ……嘔吐もないです。ただ、光がずっと点滅してるのが見えて眩しいんですよね……」
「ずっとって、どのくらいの期間ですか?」
「倒れてからずっとです」
「今も?」
「……はい。目を瞑っても消えないんです」
実は痒みよりも、こっちの方が煩わしかった。
頭がおかしくなりそうだ。
「まぁ、これもストレスや睡眠不足が原因だと思います」
「確かに睡眠時間は削ってましたけど、気持ち的にはまだまだ大丈夫な感じでしたよ」
「ストレスって自分では気づかない時があるんですよ。強い目的や意思があると、自分はまだまだ大丈夫なのだと、気持ちに蓋をしてしまう。そういう時の方が実は厄介で、身体には強い負荷がかかってるんですよね」
「……」
「あと、閃輝暗点は脳の視覚を司る血管が収縮した時に起こる現象なんですよ。だから、喫煙やアルコールの摂取によって起きることもあるのですが……」
「……ボクは未成年です。酒もタバコもやってません」
「最近の若い子は真面目ですね。私が学生の時は……」
「あの、先生……」
アンタのことなんか聞いてない。
「すいません。話が逸れましたね。ではやはり、心因性のストレスですね」
英語の長文が読んでいて意味がわからずに頭がクラクラすることは何度もあったけど、その時のストレスが偏頭痛となって現れたという感じだろうか?
「とりあえず睡眠をしっかりとって日々安静にしておけばいずれ治ると思います。くれぐれも無理はしないでくださいね。まぁ、何事も向き不向きがありますから」
死刑宣告を受けたような気持ちだった。
「勉強するな」と言われることが、ここまで屈辱的だとは思わなかった。
◆◆◆◆◆◆
病院を出ると、閃輝暗点についてスマホで検索した。
どうやら芥川龍之介の「歯車」にも出てくる有名な症状らしい。
青空文庫のアプリで「歯車」を開いた。
「歯車」は芥川の晩年に書かれた小説だ。
自殺間際の芥川の精神状態が書かれていると読書家の人のBLOGに書いてあった。
話の内容は作者の身辺日記みたいな感じで、芥川が読んだ本の話がたくさん出てくる。特にストーリーらしいストーリーはなく、内容はよくわからなかった。
閃輝暗点について芥川は「半透明の歯車」と書いていた。
頭痛の前触れとして歯車は登場する。右目の瞼の裏だけに映り、最初は一つだけだった半透明の歯車が次第に数を増やしていき視界を塞いでいく。
ボクには難しくて意味のわからない小説だったけど、この描写だけは、やけに生々しく感じた。
ただ、自分の身に起きていることとは微妙に違うような気がした。
文字なのでビジュアルは想像するしかないけど、ボクの場合は、半透明というよりは、ピカピカと点滅する無数の光が視界を覆っているという感じだ。
しかも、とても色鮮やか。
金、銀、赤、青、黄、紫、緑エトセトラ、エトセトラ……。
さまざまな色の光が飛び交っている。
陳腐な言い方しかできないけど、万華鏡の中にいるみたいだ。
どうにも気持ちが落ち着かない。
ただ、四方八方に光が拡散している様子は、確かに歯車と言えないことはない。
他にも近い症例がないかと閃輝暗点」で検索してみたけど、病院で言われたこと以上の情報は見つからなかった。
眼科にも行くべきか?
心因性のストレスなら、言われることは同じか。
◆◆◆◆◆◆◆
家に帰り、病院でもらった軟膏を塗ると、痒みはだいぶ引いた。
「あんたが小さい時もアトピーで大変だったのよ」
母はそういうと肌荒れが広がらない対策についていろいろと教えてくれた。
とにかく肌を掻きむしらないことが大事らしい。
爪を短く切り、痒くなったらすぐに患部を冷やすかシャワーを浴びるようにと、母に言われた。
部屋も散らかっていて埃っぽかったので、すぐに掃除して、窓を開いて換気した。
しばらくすると皮膚から痒みが引いて少し安心した。
でも、目の前の光は消えなかった。
疲れたので目を瞑り、ベッドに横になった。
目を瞑っても、無数の光がチカチカと点滅している。
星空やホタルを見ているみたいだと考えれば、ロマンチックな光景だけど、強制的に見せられるものは、どんなにきれいでも不愉快だ。
意識を失うまでこの状態が続くのだから、ストレスが溜まるのは当然だった。
光は次第に数を増やしていき、視界を覆っていく。
「いい加減にしろ!」
思わず口に出してしまった。
神様か悪魔かわからないけど、この状況を作り出したヤツに文句を言ってやりたかった。
光は四方八方へと飛び散った。
声が届いた?
突然のことに驚いたが「これも心因性ってやつか」と思い、勝手に納得した。
納得すると安心したのか、ボクはすぐに眠ってしまった。
掲載は不定期です。
ノベルピアで数話先行公開したのち、随時掲載されていく予定です。
あまり誤差が出ないようにするつもりです。
こんごともよろしくお願いします。




