ある夜
「おーいお前、なんでこんなところで倒れてる?風邪ひくぞ」
「え?」
ふと目が覚めれば目の前には無精ひげを生やしたおじさんが傘をさして俺を見下ろしている。
雨がシンシンと降っていて、俺の洋服はびしょびしょだ。
いつの間にこんなことになっていたのか。
記憶がない。
うっすらとだけ光が見え、スッと消えていく。
「ここはどこだ?」
「おっと兄ちゃん、ここがどこかもわからずにいるのか。これは重症だな。とりあえず俺んちに来い」
「兄ちゃん、自分の名前はわかるか?」
「シン、だったと思う」
「だってなぁ、兄ちゃん。自分の名前さえわかんないって言われりゃ俺には手に負えないぜ」
ふと頭の片隅に残る『シン』という単語。名前なのかはわからないが、唯一覚えていることなのであれば名前の可能性はある。
俺はこれからシンとして生きていくことになりそうだ。
「とりあえず兄ちゃんのことはシンと呼ぶ。それで構わないか?」
「構わん」
「そうか。じゃぁとりあえず飯にしよう。そこに座れ」
言われた通り席につくと、無精ひげのおじさんは白ご飯と呼ばれるものをご馳走してくれた。なんだか懐かしい味だ。
この家のつくりもなんだか懐かしい感じがする。
「美味いな」
「だろぅ。これは昔、勇者様が遠い地から持ってきた米と呼ばれる穀物から作った雑炊という料理だ」
「勇者?」
「なんだ?勇者様を知らないのか。とことんお前はおかしな奴だな」
「教えてくれないか?」
「あぁ、いいとも。勇者様がこの世界にやってきたのは約2000年ほど前の話だ。昔この世のは全ての大地を支配する魔王というやつがいてな。勇者様はその魔王を倒すために別の世界から召喚されたらしい」
「召喚?」
召喚。聞き覚えのある言葉だ。
「あぁ。詳しくは知らないんだかな。この国の王都には聖隷堂という建物がある。その中で国の中でも優秀な魔法士が集められて別世界からその勇者を呼び出すんだと」
聖隷堂、そこを行ってみるのが真実を知るには一番手っ取り早いだろう。後から行ってみるか。
勇者召喚と呼ばれるものも妙に引っ掛かりを覚える。これも探ったほうがよさそうだ。
俺の記憶を戻すためにもこれは必要事項だ。
「興味深い話だ。参考になった」
俺はゆっくりと腰を上げるとすぐさま扉へと走った。
「ちょ、おいっ」
「世話になった」
俺の姿は空の暗闇に消え去った。