第二章 一話 潜入先は金物工場
「で? 様子はどうなんじゃ?」
「はい、状況証拠までは掴んだのですけど、決定的な証拠までは……」
革張りの立派な椅子に座った白髪の老人が電話で様子を確認すると、相手の女性はミッションの難航を言い難そうに報告した。
「焦らなくていいぞ。お主のことを奴らに気付かれたら元も子もないからな」
「ご心配には及びません。彼らは雑用を何でもする便利な女が入社してきたと単純に喜んでいますから」
凛とした女性の声を聞いてニヤリと笑った老人は、怒気を込めて付け加える。
「悪事を働くその会社には一切容赦せんでいいぞ!」
「と言いますと?」
「悪には報いが必要だ。お主もそう思うだろ?」
「報いですか? はあ」
電話越しに気のない女性の返事が聞こえたが、老人は気にすることなく話を続ける。
「折角だ。そっちで全て片付けずに、私にもこっちから断罪の様子を楽しませて欲しいんだがのう」
「また無茶なご指示ですね。WEB会議を繋げるのとは話が違うんですから……。分かりました。やってみます。でもその代わり……」
そこで電話から聞こえる女性の声が止まった。
何か言おうとして躊躇っているようだ。
「お主から要望があるとは珍しいのう。何だ?」
「私にもそろそろ部下が欲しいかと。今回のような潜入ですと他の業務が滞ります」
「ふむ。秘書業務は臨時で他の者にさせておるが?」
「裏業務の方です。この次もありますし」
「裏業務のための部下か。よし分かった。戻ったら望み通りにしよう」
「ありがとうございます。では業務に戻ります」
彼女の要望を了承した老人は電話を切ると、白いあご髭を触りながら次の展開に頭を巡らせて小さく頷いたのだった。
次話は過去に投稿された以下の短編です。
『他人のミスなのに給料減額、ボーナスカットされた。ふざけんな! 社会弱者の私を嵌めた社長の息子に復讐してやる。』