第一章 一話 いざコールセンターへ
「すみません副社長。今回はご一緒できなくて」
長くて綺麗な黒髪の女性が、立派な椅子に座る老人に対して謝罪した。
綺麗な立ち姿で両手を前に揃えてお辞儀した彼女は、少し背が高くて細身なため黒のスーツがよく似合っている。
「それは仕方がないだろう。お主は今日から別の仕事で他の企業に潜入するのだからな」
椅子に座ったまま返事をした老人は、気にするなと首を振る。
小柄で白髪の老人は数々の修羅場をくぐってきたのか、余裕のある笑みを浮かべると白いあご髭を触った。
東京駅に隣接する丸の内の高層オフィスビル。
その地上四十階に位置する部屋には、大きくて黒光りする黒檀のデスクが置かれ、その前で革張りの椅子に座った老人が資料を読んでいた。
「字が細かいのう。もう少し読む人間に配慮して、フォントを大きくしてくれんかな」
老人のぼやきを聞いた黒髪の女性が、そっと老眼鏡を差し出す。
「副社長にお一人でご訪問いただくコールセンターですが、内々で調査したところまともな人事評価制度が確立されていませんでした。実力による人材の重用ができていないようです」
「我々のグループ会社へ経営統合したからには、そこらへんもテコ入れをせねばな。まあ、任せておけ。私が直々に現場の奴らにガツンと言ってやるから」
そう言って老人はかっかっかと笑ったが、黒髪の女性は少し困ったように眉を寄せる。
目鼻立ちがハッキリとしている彼女は、ポイントメイクだけでも女優のように綺麗なのだが、なぜかその整った表情を崩すと物憂げな様子で頬に手を当てた。
「私は副社長がやり過ぎてしまわないか、それが心配です」
「だ、大丈夫だ! 加減くらい私にもできるぞ!」
ムキになって反論した老人に対して、黒髪の女性が優しく微笑みかける。
「フフ、半分冗談ですわ」
「半分は本気なのか⁉」
冗談めかした会話に笑みを浮かべた老人が、上機嫌で席を立つと黒髪の女性がうやうやしく部屋の扉を開けた。
杖を突いた老人が意気揚々と部屋の外に出る。
「さあ、私が直々に職場環境を改善しに行くかの」
次話は過去に投稿された以下の短編です。
『月末で派遣契約打ち切りと宣言されたけど、辞める間際に受けさせられた一斉業務能力テストでトップの正答率だった。今更延長して欲しいと言っても、もう遅い。』