パズルの形がわかるなら
お昼近くになるまで誠君を雪遊びに付き合わせた後。
冷え切った体をお出汁の味がしっかり染み込んだ雑炊で温めてほうっとひと心地着いていると、やがて何度目かの時計の鐘が音を奏で始める。
「あれ? もうこんな時間?」
「ん? ほんとだ。まだ昼くらいの感覚だったのに」
コタツの魔力とやらに魅入られてしまっていたのだろうか。
特に何をするでもなく、取り留めも無い話をポツリポツリとしているうちに、時計の針はもう既に昼の三時を指し示していた。
「…………なんだか、勿体ないことした気がする」
「そうか?」
「うん。せっかく、二人で遠出してきたのに」
海の家に、川遊びに、花火に、バーベキュー。
夏の記憶が様々な想い出で彩られている分、余計にそう感じる。
とはいえ、真昼間から酒盛りをして隣で寝息を立て始めてしまったハル姉が車を出してくれなければ、歩きで行ける場所なんてたかが知れてしまっているというのが実際のところなんだけど。
「誠君も、できればどっか行きたかったでしょ?」
「んー、別に俺はこのままでもいいよ」
「ほんとに?」
「ああ。楽しい……とはちょっと違うか。居心地良いからさ、この家」
「…………そっか」
その言葉に、穏やかな笑みに、嬉しさと同時に感じた僅かな安堵はどうしてなのだろうか。
ふと、そんなことを考え始め、やがて見つけて過去の記憶――私を形作るピースの一つによって引き戻されかけた心を、誠君の手をそっと握りしめて今に繋ぎ止める。
「ん? どうした?」
「……居心地いいなら、よかった」
「へ? まぁ、そりゃな?」
思い出したのは幼い頃、親戚が集まってきた際に、同い年くらいの子達と一緒に遊んだ時の記憶。
それは、正直に言うと私の中では少しショックで、だからこそ他のもの以上に簡単に見つかったのだろう。
でも、別に誰かが悪かったわけではないのだ。
むしろ、あの子達は精一杯私と仲良くしようと、頑張ってくれていたと今はそう思える。
たとえ、両親にそう言われたからというのが一番の理由だったからだとしても、その心の中には確かに、私への優しさがちゃんとあった。
「…………ほんと、小さい頃ね。たまたま夏休みに親戚が集まった時、都市部の方から来た同い年くらいの子達と一緒に遊んだことがあったんだ」
「……ああ」
「でも、こんな田舎でしょ? だから、子どもが行ける範囲は数日もあれば全部行き尽くしちゃって。それに、私もハル姉くらいの年が離れた人との遊びしかわからなくてさ。すぐに飽きさせちゃったんだよね」
つまらないと、そんな言葉を面と向かって言われたわけではない。
でも、私は知ってしまった。覗いてしまった。
そして、勝手に傷ついたのだ。自分の大好きな場所を悪く言われたような気持ちになって。
(…………私も成長して、外にある刺激に満ち溢れた世界を見て。もう気持ちの折り合いはついたことなのに。それでも、私は忘れられない)
それこそ、あれくらいの年頃なら、誠君だって同じことを思ったかもしれない。
理性はそう囁くも、他のものと同じように、一度記憶に刻まれたものを消し去ることができなかった。
「………………ごめんね、つまらない話して。ちょっと、思い出しちゃってさ」
ほとんどのことを忘れられない私には、どの場所にだって、いろいろな記憶が入り混じっている。
でも、幼い頃は今より繊細で……ちょっとしたことで傷ついてしまうような子で、なおさらそんな想い出も多く刻まれている。
本当は、いらないものは捨てていってしまえればいいのにと、そう思うけれど。
「……つまらなくなんてないさ。俺は、聞けてよかったっていつも思ってるよ」
「…………ほんとに?」
「ああ。透は優しくて、我慢強くて、全部自分で抱えようとするらさ。最近は特に、俺に頼ってきてくれてるのがわかって、本当に嬉しいんだ」
「…………誠君は、言わなくても察しちゃう時あるけどね」
心の壁が薄くなる場所、そこに冬の静けさが加わって、つい顔を出してしまう心の暗闇。
でも、向けられた笑顔は、愛し気で。
自分の顔の火照りが、だんだんと増し赤みがかってきているのが鏡を見なくても分かる。
それこそ、口にした言葉は照れ隠しのようにしか聞こえなくて、誠君が余計に笑みを深めたのが見えた。
「……それでもやっぱり。察せるのは、透が教えてくれたからだよ」
「………………」
「……今はもう知ってるんだ。意外と嫉妬深いとこも、面倒くさいとこも、頑張り屋なとこも、家族想いなとこも。隣の席の蓮見さんじゃなくて、ただの友達の透でもなくて、俺の大好きな彼女のことを、ちゃんと」
「っ…………」
「だから、ありがとう。勇気を出してくれて、頼ってくれて……心の中を見せてくれて、本当に嬉しいよ」
その言葉に、なんとなく。
以前瑛里華さんに言われた言葉を思い出す。
『心の内というものは容易く見せるものじゃない。積み重ねられた信頼の中で、自分にとって大事な人だけに見せるものだと思うから』
当然、それはわかっていたし、だからこそ私は自分の力を自己嫌悪していたはずだった。
でも、家族にも言えなかった秘密を人生で初めてさらけ出して、ちゃんと等身大の自分のままで向き合って。
ようやく手に入れたこの関係に、改めて体の奥がキュッと締め上げられるような喜びがこみ上げてくる。
「あれ? 透、泣いて――」
「あーっ、もうっ!」
「うぉっ、どうした?」
この人は、どうしてこれほどズルいのだろうか。
どれほど心臓をハチャメチャにして、感情をグルグルにして、わけがわからなくすれば気が済むのだろうか。
「ズルいっ、ズルいっ、ズルいっ、ズルいっ!」
「えっ、と? あれ?」
そして、コタツに阻まれているせいで抱きつけもせず、そう叫びながら足をバタつかせる他ない私とそれを見て呆れ混じりの苦笑を浮かべ始める誠君。
後で思い返すと冷静じゃなかったとしか言えないその光景は、やがて、おばあちゃんが煩いと叱りに来るまでしばらく続いたのだった。
ちょっとタイトルはいいの思いつきませんでした。
それと、透ちゃん視点だとなんか暗い回想モドキが何故か毎回出てきてしまうんですよね。
本当はもっと明るい話にしたいとは思いつつも、ある意味この物語の根幹なのでおざなりにもできないというジレンマを勝手に感じています(笑)
まぁ、作り手側の拘りですね、これは。
P.S
時間が開いておりすみません。
聞かされていない新規事業やらプロジェクトやらに、とりあえずほぼ毎回名前が追加されているというビックリ箱采配で殺されており、なかなか時間が取れていない現状です・・・。




