真冬のくっつき虫
断続的に鳴るシャッター音のようなものが聞こえてきて、意識がゆっくりと浮上していく。
同時に、冬の凍てつくような寒さを思い出してしまい、体を絡ませるようにして温かい何かに引っ付いた。
「んー、寒い」
「あははっ。子どもかよ」
「……………………あれ?ハル姉?」
「おう、久しぶり」
「…………おはよう」
「はよ。まぁ、もうすぐ昼なんだけどな」
そう言われると、確かに周りが明るい。
とはいえ、なんだか外では雪が降っているようで、雲を隔てた控えめな明るさだった。
「……………………誠君も、おはよう」
「あー……おはよう。いろいろと、聞きたいことはあるけど……とりあえず、離してくれるか?」
そして、何故かすぐ横にあった誠君の顔。
一瞬驚くも、次第に寝る前の記憶が蘇ってきて、自分の置かれた状況を理解し始めた。
「……んー、もう少し」
「まぁ、いいけど。少しって、どれくらいだ?」
「……九十年くらいかな?」
「………………前言撤回。やっぱ無しだ」
どうやら、さすがの誠君もそれは許してくれなかったらしい。
やんわりと私の手を握ると、痛くない程度の力で、それを引き剥がそうとし始める。
でも、頑強に抵抗する私が思った以上に力を込めていたからだろう。
やがて、諦めたようなため息を吐くと、笑い声を押し殺しながらこちらにスマホを向けているハル姉の方に助けを求め始めた。
「…………遥さん。動画撮るのやめて、手を貸して貰ってもいいですか?」
「ぷっ、くく。だってよ。どうする?透」
「ダメ」
「悪いな誠。お姫様のNG出ちまったわ」
ハル姉は基本、面白い方の味方だ。
ぜんぜん悪いと思っていなさそうな声でそう返すと、再び誠君がため息を吐くのが聞こえてきた。
「……そろそろ、最終手段取るぞ?いいのか?」
「……最終手段って?」
「これだよ」
「あ、あははっ。くすぐったいって」
「………………じゃあ、手離してくれるか」
「やだ」
「じゃあ、続ける」
「あ、あはっ。ははははっ」
なんとか耐えようとするも、背筋を通り抜けるかのようなくすぐったさに、堪らず手を離してしまう。
すると、その時を待っていたかのように誠君は布団の外に転がっていき、寒そうに震えながら体を起こし始めた。
「……う、さすがに寒いな」
「お客さん。隣、空いてますよ」
「……行かないからな?」
「ふふっ。残念」
とうとう逃げられてしまったので、私も観念して起きることにする。
でも、これほど遅くまで寝ていたのはいつぶりだろうか。
本当は、ほんの少しだけ寝たら、誠君が起きるまで眺めているつもりだったのに。
まぁ、それだけ居心地がよかったということなので、それはそれで仕方がないことなのだけど。
「おはよう、寝坊助のお二人さん。しっかし、ばあさんのいる家で同衾とは恐れ入るぜ」
「………………昨日の夜は、別々だったはずなんですけどね」
「あははっ、そうなのか? じゃあ、寝込みを襲われたわけだ。やるなー、透」
「襲ってないよ。ただ、寝ぼけて一緒の布団に入っちゃっただけ」
「あはははっ。いや、お前の部屋から客間までけっこー距離あるぞ。お前にしちゃ、雑い嘘だな」
正直、ただ言ってみただけで、隠すつもりもなかったことなのでそのまま笑って流す。
それに、誠君もそれをわかっているのだろう。
苦笑交じりに肩を竦めると、特にそこには言及せずに布団と枕を簡単に整えていた。
「とりあえず、暖かいところに行きましょうか」
「そうだな。そういや、蟹好きか?知り合いに貰って来たんだが」
「はい、好きです。ありがとうございます」
「あっ、私が剥いてあげるよ。そういうの、けっこー得意なんだ」
「おっ。じゃあ、ついでに私の分も頼むわ。ほんとお前器用だしな」
「……ハル姉、途中で飽きてやめちゃうもんね。お酒入ると特に」
「まぁな。なんで、蟹って殻まで食べれるようになってないんだろうな」
大雑把なハル姉は、たまに残っている身に気づかないまま終わらせようとするので結局私が剥くことが多い。
特に、我が家はおばあちゃんがそういう勿体ないことに厳しいので、私もついつい気になってしまうのだ。
「そういや、いつまでいるんだっけ?」
「三が日までかな」
「へー、誠の方はそれでいいんだな」
「はい。距離的に、あんまり透は帰れないので。それに、クリスマスは家でやりましたし」
「……そっか。ばあさんも、喜んでるよ、きっと」
普段とは違う、穏やかな笑み。
そこには、ハル姉の優しさが詰まっていて、嬉しくなる。
本当に、出会った時からいい人なのだ。
それこそ、まだ心を覗くことをやめられなかった幼い頃の私がついつい背中に隠れて甘えてしまうくらいには。
「………………いつも、ありがとうね。ハル姉」
「ん、なんだ?カニ味噌はやらないからな?」
「ふふっ、そんなつもりじゃないよ。ただ、色々と助けられてるなってそう思っただけ」
「…………前にも言ったろ?私は、お前の姉貴分だって。だから、気にすんな」
「……うん」
頭にそっと乗せられた、昔から変わらない、大きな手のひら。
ハル姉はそのまま、照れ隠しのように私の頭を揉みくちゃにすると、やがて、いつものような温かい笑みをこちらに向けてくるのだった。




