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その鍋は、ぐつぐつと


 毎年冬が近づくと、ハル姉が持ってくる少し大きめのコタツ。

 そこに足をゆっくり入れていくと、帰ってきたんだな、という実感が温もりとともに訪れる。



「ははっ。なんか、コタツっていいな。ウチは置いてないからさ」



 あまりの居心地の良さに、ほうっと出ていったため息が聞こえてしまったのだろうか。

 楽し気な笑い声が対面側から聞こえてきて、少し恥ずかしくなる。



「………………」


「あっ、おい。くすぐったいって」


「……私の足じゃないよ」


「じゃあ、誰の足だ?」


「さぁ?」



 仕返しとばかりに伸ばした足は、逆に楽しくなってきてやめられなくなってしまう。

 それに、なんとなく。

 抱き着くのとはまた違った触れ合い方に、高揚とも興奮ともいえるような感覚が体の中を駆け巡っているのがわかった。


(…………誠君は、どう思ってるのかな)


 手を繋いでくれて嬉しかった。

 抱きしめてくれて嬉しかった。

 でも、私は欲張りだから。もっと、その先をと求め続けてしまう。



「ほら、降参だ。笑って悪かったよ」


「…………うん」



 きっと、自分が一番自分らしく、ずっとありのままでいられ続けた場所にいるから、余計にそう思ってしまうのだろう。

 姉と祖母。ここではその二人が、これ以上ないくらいの愛情で私を包みこんでくれていたから。



「ほら、あんた達。じゃれつくのは後にして鍋の蓋あけな」



 そして、そんなことを考えていた時に、丁度具材をこちらに運んできたおばあちゃん。

 目の前で少しずつ沸き立ち始めた鍋を見計らったかのようなタイミングは、やっぱりさすがだなと感心してしまった。



「あんまり、向こうでは羽目を外すんじゃないよ?特に透。たまにあんたは極端過ぎるくらいな時があるからね」


「……はーい」


  

 目の前にある色とりどりの野菜、それに白身魚と鶏肉。

 帰ってきた時の初日はだいたいそんな栄養のたっぷりあるもので、おばあちゃんらしい気の使い方だなといつもながらに思う。

 

(絶対に、口では言わないけど)


 意地っ張りで、頑固。

 それでも、私のことを私以上に考えてくれる人で。

 自分の死んだ後、ハル姉が家庭を持った後、一人寂しく残されてしまうのではとずっと気にしていたことは知っていた。

 

  

「なんだい。その不満そうな返事は」


「………………誠君が絶対止めちゃうから、大丈夫だもん」


「ん?…………は……あっはっはっは」


「………………もうっ、そんなに笑うことじゃないでしょ?」



 何がそれほど楽しいのか、らしくないほどに腹を抱えて笑うおばあちゃん。

 私のジト目なんて関係ないというようにそれはしばらく続き、やがて、息切れしたような掠れた声が、静かに響いた。

 


「ふっ。そうだね……そうだったね。その堅物なら、確かにそうなるだろうよ」



 緩やかに弧を描いた目は、こちらではなく鍋の方に向けられている。

 そして、煮立ってきた具材を、それぞれ丁寧に器に盛ると、誠君にそれが差し出された。



「ほら。笑わせてもらった礼じゃないが、たくさん食べな」


「ありがとうございます。でも、俺は別に――」


「これからも、頼んだよ」


「…………はい」


「ダメだよっ!誠君。ちゃんと私の味方をしてよ」


「ははっ。いつもしてるだろ?」


「してるけど……してるんだけど、してない」

 

「どっちだよ、それ」



 いつも私のわがままを聞いてくれる誠君が、絶対に踏み越えさせない一線。

 何度も何度も、試みてはみたけれど、それでも。


(……大人になったらって言ってたけど)


 ずいぶん遠くに感じてしまうのは、私がまだ子どもだという証なのだろうか。

 周りからは、よく大人っぽいと言われるけれど、全く当てにはならなかったらしい。



「まぁ、諦めな。死んじまった爺さんに似て、この男はある意味あたしら以上に頑固者だよ」


「……ちなみに、おばあちゃん的には、どこまでなら許してくれる?」


「そうさね…………いや、これについては坊主――誠と透の二人で決めな。きっとそっちの方が、透もいうこと聞きそうだろうし」


「は、はは。頑張ります」


「ああ、頑張りな。あたしにここまで言わせたんだからね」


「……わかりました」



 そして、小さく呟かれたいただきますとともにおばあちゃんが汁を啜り始めると、誠君がそれに続き、やがて私も渋々ながらに箸をつけていく。



「そういえば、ハル姉は明日の朝来るって連絡入ってたよ」


「そうなのか?」


「うん。なんか、知り合いの漁師さんに蟹貰ってくるって」


「ははっ。そりゃ、楽しみだな」



 恐らく、明日はまた賑やかになるだろう。

 それに、一人だけでも酒盛りを始める人なので、泊っていくこともぜんぜんあり得るかもしれない。


(……ハル姉でも、あんまり許してあげないけどね)


 少なくとも、誠君へのお触りはNGだ。

 たとえそれが、本当の姉のように慕っている人だとしても、絶対に。



「…………今日は、遅くまで起きてようね」 


「え?」


「……ね?」


「あ、ああ。まぁ、いいけど?」


「はい、決まり」


「……はぁ。うるさくするんじゃないよ」



 伸ばした足を絡みつけるように。

 両足で、抱え込むように。

 どうせまだ大人になれないならと、私は胸いっぱいの子ども染みた感情をぶつけることにした。




 





3月は異様なスケジュールの詰まりで申し訳ありません。

また、適宜進めていきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] おばあちゃんも幸せそうでなにより、透ちゃんはもう一人ぼっちにはならないよ…心配しないで むしろ、氷室家なる面白家族ができました♡
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